屋根の十字架がない。ちょっと見にはその辺のアパートと変わらない。
窓を開ければお向かいの物干し台である202号室は、四つある客室のうちの一つだ。特別室は201号で、窓が二箇所についている。一箇所は202と同じ、件の物干し台に面する窓だけれども、一箇所は道路を見下ろす出窓で、日中は日が差し込む。
置いてもらっているのは202の方だ。特別ゲストではないから、という理由なのでなく、201には住人がいるのである。
去年、南アフリカから宣教師のカップルがやって来た。当座は201と202とに分かれて入っていた二人が、今年一月に階下で結婚式を挙げた。以来相部屋になった。階下というのは無論、ペンテコステ派を名乗るスギコシのカイのことだ。あちらこちら壁をぶちぬいて、ひとつながりの集会所にしてしまった。
204にも誰かいるようだが、会ったことはない。教会の関係者なのかどうかさえ不明だ。実は、宣教師夫婦もカイの信者ではない。日曜の朝はよその教会で礼拝するそうな。全体どういった物の取り決めになっているのか、聖書の教えにまるで不案内な彼には何とも言いかねる。
203は空室らしい。
最初こそ少し心配したけれども、怪しい集団とは違う。びた一文要求しない。悪いと思うから献金を申し出たところ、牧師に断られた。間代にしろタダなのである。日曜の礼拝式には一度だけ出席してみた。それも自由参加とか。もし本当に興味がおありなら、と言うのだ。だのに、あとの昼食会には毎回招待される。一緒に食べませんかと、若菜が呼びに上がって来る。
だから良い人達だ。間違っても「御職業は?」など聞かない。ただ「若菜さんのお知り合い」ということにしておいてくれる。
ああ、若菜さんのぉ!どうも。はじめまして。
ところで、そう挨拶されるのは汗がでる。食事中、隣にかけて相手になってくれる。顔を赤らめているところを見たら、本人も汗をかかないではいられないではないか。
|
|