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作品名:マンガ喫茶だより アマポラ編 作者:樸 念仁

第2回   みじかかったランデヴー


あの日、啓一はながく見ていなかった父親と対面した。七十に手がとどこうというのに、まだまだ衰えを知らないふうだった。

父親は板橋にいる。正直をいうと、会いに行くのは後回しにしたかった。ほかにも会いたい人がいたので、日が暮れてからのことにでも。

若菜と朝八時半に下北沢で落ちあい、一日行動をともにする約束だったのだけれども、町田の駅でJRから小田急に乗りかえる時に、晩の確認に板橋へ電話をすると、ああ、啓一か、ちょうど良かった、番号を聞いていないからこっちからは掛けようがないじゃないか、今日は昼飯を食うつもりで来いという。

機嫌をとっておきたい折から、いなむこともならず、いわれた時間に行った。下北沢は一時間半で切りあげて。夕方また連絡を取り合おうねと決めておいて。

それで、寿司か鰻にでもありつけるかしらと食指が動くのを覚えながら、三年と八ヵ月ぶりに実家へ足を向けたことだったが、出たのは那須江さんの手料理だった。

「何もなくて御免なさいね。急だったものですから。お口にあえば良いのだけれど」

「いえいえ、とんでもない。大した御馳走ですよ。いつも貧しいものばかり食べているから」

「お前、少し痩せはしないか」

「そうかな。自分じゃ分からないけど」

「どうだ、那須江の料理の腕前は。なかなかのものだろう」

「何を言うんですか!啓一さんが困ってらっしゃいますよ」

「何の何の、おやじの言う通りです。大変おいしく頂いています」

事実、ちょっと素人ではない、相当な料理だったと思う。御こぜとかいう魚を唐揚げにしたのがことに美味だった。(たしか御こぜと言っていた。御はぜの聞きちがいでなければ)

ビールが出た。サントリーのモルツを覚えていてくれた。同じ麦芽とホップだけでつくった飲料でも、息子はヱビスよりモルツを好むのである。

ところで、那須江さんが父親の何にあたるのかが、息子にはいまひとつ分かりかねることだった。はじめて会う人だった。


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