「おかえり」 遠遣のその声と共に、自分の体に感じる感触で、真那は自分がリビングに戻ってきたのだという事を知った。 「ただいま・・・」 「疲れたか?」 「体は別に・・・」 「体は?」 「精神的に・・・」 「何かされたか?」 「あっちじゃなくて・・・、」 「?」 自分の混乱を知ってか知らずか、遠遣はポンポンと質問を繰り出してくる。真那も律儀に対応してしまっている為、終わりがない。 しかしようやく真那が口をつぐんだ事で、遠遣も黙る。 「どうして大輝に会わせたかったの?」 「真那にとって重要な者だから」 大輝との会話を思い出し、真那はそう遠遣に聞いた。先程までと同じような流れでポンと返ってくるかと思っていたが、遠遣の声は予想に反して、真那の心に重く響いた。 「私に?」 「そう」 普段ならそんな事を言われたら、もっと何か聞くはずなのに、遠遣の声が、自分をまっすぐに見る瞳が、遠遣の言葉を不思議と真那の中に何の違和感もなく落としていった。 「また会える?」 真那はそう何気なく聞いたが、遠遣は褒められた子供のように嬉しそうに笑って言った。 「もちろん」
夜の街は、昼とは姿を変える。 昼は自転車に乗った学生や、買い物をする主婦などが目立つ商店街も、夜になれば客引きの女や、犯罪すれすれの薬を扱う者などが行き交う通りとなる。 その通りを、山下と近藤は左右をきょろきょろと見渡しながら歩く。 「先輩、夕飯食べました?」 「食べれるわけねえだろ」 山下の質問に、近藤は諦めた声で答える。 その言葉に、山下が苦笑いをする。 「やっぱり。俺も無理でした。もう、肉なんか見ただけでアウトですよ」 それは近藤も同じだった。ただ神崎と親しいというだけで、2人は神崎の死体の解剖に付き合わされたあげく、それを資料として提出する為に、ずっと死体の写真とにらめっこをしていたのだ。 「本当に、神崎さんは何であれが平気なんだか・・・。!あ、先輩!あの子です、あの子!」 愚痴を言い始めた山下だが、薬屋の看板の横に立っている女性を見つけ、そう声をあげる。 近藤もそちらを見た時、山下の声で気付いたのだろう。女は2人に視線を向けた。 「何、あんた達?」 近付いてくる2人の雰囲気で客ではないと判断したのだろう。女は不遜な態度で話しかける。 「持田馨さんですよね?」 「それは、本名。ここではリカ」 「じゃあ、リカさん。この女性ご存知ですよね?」 そう言って近藤がリカに見せたのは、2人目の被害者・石田真理子の免許証だ。 「ユカリじゃん、これ」 「亡くなったのはご存知ですか?」 「え、嘘?」 近藤の言葉に、腕を組んで看板にもたれるように立っていたリカは、目を見開いて驚いた。そして近藤に掴み掛かる勢いで次々と質問をする。 「何で?どこで?死んだって、殺されたの?」 「落ち着いて下さい」 山下が慌ててリカをなだめる。山下が間に入った事で、リカも近藤に詰め寄るのは止めた。 「殺されました、ユカリさんは」 「誰にやられたの?」 「今、捜査中なんです」 「私疑われてる?」 「いいえ」 「意外・・・。私絶対怪しいじゃん」 「どうしてですか?」 リカの意外な言葉に、山下は思わずそう聞いた。自分で自分を怪しいと言うとは、どういう事だ。 「私、前にユカリと男取り合ったんだけど・・・、結構でかいのやっちゃって。それで、殺されたんなら怪しいのは私、って誰かが言ったから来たのかと思ったから」 それで2人は先程の言葉の合点がいった。 山下とリカの話が落ち着いたのを見計らって、近藤は再びリカに話しかける。 「その、ユカリさんと取り合った男性というのは、正博さんですか?」 「正博?」 「ミカエルさんです」 近藤が言い直して、リカは正博とミカエルが同一人物であると気付いたらしい。面白そうに笑いながら言う。 「ミカエルって、正博って名前なんだ。初めて知った」
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