ばっと後ろを振り向くと、何もない空間に急に光に照らされた御簾が現れ、そこから灯篭が真那の方に向かうように順々に現れ、そして光を灯していく。 「やっ・・・!」 反射的に恐怖の声を真那があげると、灯篭がそこでピタッと止まった。 「どうされました?」 先ほどと同じ声音がした。見ると御簾の内側に微かに動く人影が見える。しかし、こんな不気味な場所でそれを良かったと思える人間などいないだろう。 むしろ、より恐怖が増した。パニックを起こす頭の片隅で、冷静な声が逃げろと警鐘を鳴らす。 「もしや、迷われたか?」 御簾の内側の影が動く。そして、影が御簾に触れる。 来るな、来るな、来るな――― 全身が恐怖でがたがたと震える。なのに、体のどこにも力が入らず、視線は御簾の内側で動く影から外せない。 「童が助けて差し上げようか?」 そして影がとうとう御簾を持ち上げた。 少し持ち上げた御簾から、くぐるようにして出てきた人物を見て、真那は頭の中が真っ白になった。 「あ、・・・え・・・?」 そこにいたのは、自分だった。 いや、正確には、十二単を着た自分だった。髪も背中まである真那よりさらに長く、地面の上で引きずっている。 しかし、顔はそっくりだった。そっくりという次元ではない、もはや鏡だ。 「会いたかった」 自分と同じ顔をした少女はそう言って真那の方に歩み寄る。 「いや!」 真那はまだ腰が抜けていて立てない。しかし、反射的に座った姿勢のままで後ろへ逃げようとした。 それを見て、同じ顔の少女は立ち止まり、優しく真那に話し掛ける。 「心配するな。童はそなたに危害は加えん。そなたを元の世界に戻してやろうとしておるのじゃ」 「え?」 恐怖はまだ消えないが、女の言葉に真那はピクリと反応した。 少女はにこりと笑って、真那に優しく語り掛ける。 「そなたは間違ってここに落ちてしまったのじゃ。童なら、そなたを望む場所に送ってやろう」 「ほんと・・・?」 「あぁ」 少女はそう言って力強く頷いた。 その時、真那は初めて少女と目が合った。 「?!」 少女と目が合った時、真那は言いようのない感覚を覚えた。少女の目に見られた時、体が一瞬萎縮した。 しかし、帰れると聞いてよろよろとだが立ち上がった。 それを見て、少女は嬉しそうに笑い、真那に手を伸ばす。 「さぁ、こちらへ」 真那はふらふらと少女の方へ歩いて行く。頭の片隅ではいまだに警鐘が鳴り響いているが、何かに引き寄せられるように足が動く。 真那が少女の前に立った。背格好まで全く同じだ。 少女の手が真那の頬に触れる。ふわりと何かお香のような匂いがした。 「どこに戻りたいのじゃ?」 言葉が出てこなかった。どこに行きたい。どこだっただろうか。口は必死に喋ろうとするのに、何も言葉が浮かばなかった。 警鐘はいつの間にか聞こえなくなり、頬に触れていた手が、ゆっくりと真那の背中に回されようとしていた。 少女の着物の色が鮮やかに真那の目に映る。紅い蝶が舞っている。 (紅い、蝶・・・?紅い・・・紅・・・) 何だろう。何か大事な事を思い出しそうな気がする。前にも、こんな事があったような気がする・・・。 頭の中で再び警鐘が鳴り始める。
彼が悲しむわ。私は消えては、いけない―――
頭の中で何か別の声がした。それと同時に浮かんだのは、少女の着物の柄よりも鮮やかな色の髪。 「とお、や・・・」 「真那ッ!」 暗闇に遠遣の声が響く。その声に弾かれるように、真那は少女からばっと離れる。 振り向けば、何もない暗闇から遠遣が現れた。体から炎を出しながら、こちらへ向かってくる。 「遠遣!」
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