その日は暑くはないが蒸す日だった。 「なんだぁ、これ・・・?」 死体が見つかったという連絡を受け、仲間の刑事達と現場に来た近藤周助は、現場の状態に思わずそう声をこぼす。 立ち入り禁止のテープが半径50メートルの距離ににわたって張り巡らされている。 死体が散乱しているのだ。 何人もの人間が死んでいるわけではない。
1人の死体が、ばらばらになってそこにあったのだ。
「どうなってんだ?」 先ほどと同じようなことを繰り返す。 最近は異常犯罪が増えてきたといっても、こんな死体現場は見たことがない。かなりの異常者の犯行だ。 「先輩!」 立ち入り禁止のテープの所で足が止まっていた近藤を呼ぶ声がした。 そちらを見ると、山下和喜がこちらに向かって走ってきた。 近藤の後輩であり、近藤を尊敬する山下は、近藤の元に走り寄ると、手帳を開いて話し始めた。 「ひどいですよ、今回の事件。被害者はまだ不明ですが、男性だそうです。見れば分かると思うんですけど、立ち入り禁止のテープの中に被害者の体が散らばっているんです。こんなの、俺見たことないですよ」 「俺もだよ」 そう言いながら、近藤もテープの中に入った。 歩くとすぐに被害者の体の一部が落ちている場所に着いた。テープから数メートルしか離れていない。 「こんなに近くにテープ張って大丈夫か?野次馬とかにも見えるぞ、これじゃあ」 そう近藤が言うと、山下がため息をつきながら言った。 「確かにそうなんですけど、そうするとこの1.5倍の広さを立ち入り禁止にしなきゃいけないんですよ。この先に、高速と一般道路が走ってて、そこも範囲になってしまうから出来ないって上が・・・」 確かに、山下の言うとおりだった。 少し先に先ほどからひっきりなしに走るトラックや乗用車の姿が見える。ここに規制を張ったら間違いなく渋滞になる。 幸い、道路のほうからはこちらが見えないからぎりぎりの広さまで絞ったのだろうが、反対側の住宅が並ぶ方からは丸見えだ。 「狙ってやったとしたら、そうとうな異常者だな」 「異常なのはこれだけじゃないですよ」 近藤の言葉に、山下はそう返す。 驚いて振り向く近藤に、山下は目である方向を示す。 そこには、他よりも人が集中していた。 「先輩、あれ見たら夕飯は食べられませんよ。神崎さんが嬉しそうに仕事してますから、あそこで」 その言葉に近藤は一瞬嫌そうな顔をする。 しかし意を決してそちらに向かって歩き出した。 近藤が行くと、何人かの刑事が道を開けてくれた。皆、口元を押さえるか、そうでなくても青い顔をしていた。 「神崎」 近藤の言葉に、輪の中心にいた人物は勢いよく振り向いた。 「近藤ちゃん!見てよ、このこ!すっごいのよ!」 周りの雰囲気を無視してそう言うのは、神崎進。解剖医として優秀な人物だが、性格に最悪なほどの難がある。 近藤を輪の中心に引っ張り込むと、神崎は嬉々として話し始めた。 「まずはここ。左腕があった所なんだけどね、そこら辺にある物よりもっと鋭利な物で斬られてるの!凶器は何かしら?!それにね、ここは穴が開いちゃってるでしょ!これってどうやって開いたのかしら?!何よりここよ!こっちは右腕でしょ。でもね、引きちぎられてるのよ!凄くない?!どうやったのかしら?!考えただけでもゾクゾクしちゃう!」 「神崎、一ついいか?」 いつまでも話し続けそうな神崎を、手を上げて近藤を止める。 「あぁん、今からがいい所なのに〜。で、何よ?」 「これは、どうやったらこうなるんだ?」 「聞いてなかったの、わたしの話〜?どうやったのかなんて、今は分からないわ。早くこのこ達全員連れて帰って、ゆっくり解剖してあげたいわ〜」 「じゃあ、そうしてくれ・・・」 それだけ言うと、近藤もその輪から離れた。まだ終わってないわよ〜、などと神崎が言っているのが聞こえるが、これ以上あそこにいるのは無理だ。 輪から離れた近藤に気づいた山下が近づいてきた。 「見ました?」 「解説付きでな」 「すごいでしょ、あれ」 山下も思い出したのだろう、口を押さえている。 そうこうしていると、やっと全ての体が集まったのだろう。神崎と何人かが車に乗って去って行った。 まだ何人かは残って、もう少し調べるらしい。 「俺たちも行くぞ。会議だ」 「はい」 現場に来ていた刑事達は全員、会議へと向かうため戻って行った。
その現場を、遠くから見ている人物がいた。
次の日、朝のニュース番組は、どこも昨日の異常殺人のことトップニュースとして伝えていた。 『昨日未明、身元不明の男性の死体が発見されました。数十メートルの広さにわたり、体がバラバラにされていたそうです。・・・』 「うわー、こわー」 そのニュースを見て、思わず深野真那はそう呟いた。
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