文隆は部屋で一人っきりになった。再びウィスキーをちびりちびり飲み始めた。 すごい孤独感に襲われた。この孤独感は子供の頃両親に連れられ姉とサーカスに行き、ピエロを追って両親とはぐれ気がついた時には周りは見知らぬ人ばっかりだった時の孤独感に似ている。ライオンが吠え、サルの泣き声が孤独感をました。2才上の姉が向こうから嬉しそうに走って来た時はまるで天使が迎えに来たように見えた。 “文ちゃんいたよ!” 後ろには両親の笑顔があった。 何故だかそのシーンだけは、はっきりと覚えている。 しかし今はその姉はいない。10年前に乳癌で亡くなったのだ。 だからこの孤独感をいやすのはウィスキーしかない。飲む程に可愛かった美千代の姿が鮮明に思い出されてくる。市民病院で生まれた時、何時間も待たされたのが一瞬で忘れ去られた。 “女のお子さんです。” と言われて心の中でガッツポーズをした。 “そうですか。”静かに答えたが心の中とは正反対だった。教師なので冷静沈着さが一番大事だと日頃から思っていた。 幼稚園での運動会は朝4時から1番で会場が開くのを待ち、並みいる強力なお母さん達を押し退けて最もいい席に陣取って静かに娘の応援をした。娘の競技の後お父さん達が呼び出され、渋っていると美千代がやって来て手を引いてもらって全部のお父さんが集まった後、 “はい!象さんのまね。ウサギさんのまね。犬のまね。” などと娘と一緒にさせられた時は恥ずかしさと逃げ出したい気持ちがあったが、娘を人質に取られている為逃げ出すことも出来ず、何より娘が楽しそうだったので、顔から火の出る思いで頑張ったものだった。 小学校の入学式、授業参観。 3年生の頃、父兄会で近くに熊本刑務所からの逃亡者が潜んでいる噂が立ちその期間まっ先に集団の送り迎えを買って出て、娘の周りから一時も離れなかったことを覚えている。8人程度の集団を送り迎えする時も、握っていたのは美千代の手だった。教育者として平等に扱わなければならないのは重々分かってはいたが、どうしても娘の手は離せなかった。しかし一応全体の目配りは常にしていたのだ。しかしその犯人が遠く島根県で捕まった時はほっとしたと言うより虚脱感に襲われた。 “何に自分は怖れを抱いていたのだろうか?” 慎重190cmもあるその男が襲って来たらどう考えても自分は太刀打ちできない。しかしその時は、 “虎でも倒す!” 気概に溢れていた。虚脱感はその裏返しの感覚だった。 “美千代!” 文隆は小さくうなった。 美千代は自分の部屋でファッション雑誌を呼んでいたが父の声が聞こえた気がした。 “なんかお父さんに悪いことをしているようだわ。” そう思ったが、又、 “信次さんも騙しているようで悪かったかな。” とぺロッと舌を出したが、再び流行のファッションに目がいって我を忘れていった。 文隆はますます落ち込んでいく。 おつまみはもう無くなっているが、氷とウィスキーはたっぷりとある。 御得意の丸い氷をウィスキーに浮かべてチビチビやる。 中学の入学式は出水中学で1番輝いて見えた。否どんなに美人がいても文隆の目には美千代しか目にはいらなかった。 2年生の時、初デートで1年上の柔道部の主将と日曜日に江津湖に出かけた後、得意の女装で中年のおばさんに変装して後を追った。江津湖に散歩に来たように見える普通のおばさんで、誰一人疑いを抱くものはなく、又、美千代からも全く気付かれることなく後をつけた。文隆からは柔道部の主将のひたすらの片思いのように見え、美千代は迷惑そうだった。結局ボートに乗った後、美千代は何か不満だったようで、怒ってそのまま帰っていった。残された泣き出しそうな柔道部の主将を見て、ほっとしたような、ちょっと可哀想な気と、半々で家に辿り着いた。 女装でこそっと帰って来た文隆を迎えて、妻の美沙枝は、 “どうだった?”と聞いて来たので、 “うん、美千代が怒って帰って来ただろう!” と嬉しそうに言うと、 “克哉君気の毒ね。” と幼稚園の時からママ友である順子の息子を気の毒がった。
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