美千代はお腹の中の子はおそらく信次の子ではないだろうと思っていた。しかし絶対に信次の子として育てるんだ。と強く決心していた。 もしかしたら信次の子かもしれないと言う淡い期待もあった。 その夜、父はいつものように夕食後部屋で勉強をしながらウィスキーをちびちびやっていた。 母と弟に “私、信次さんからプロポーズされて受けたから。” と言うと母は黙ってうなずき、弟は小声で、 “お姉さん良かったね!” と言った。部活でたた一人食事をしていた良枝は箸を置いてテーブルを飛び出して、 “お姉さんおめでとう!ほんとに良かったね。” と抱き着いて来た。やはり小声であった。そしてそそくさと食事をして、 “私、二階にいるからね。” と二階に逃げ込んだ。もちろん隣の父の書斎に聞き耳を建てている。 美千代は、 “お父さんには食事をとってから話すから。” といって食事を始めた。 とんかつとキャベツ、漬け物で味も分からず食べ終わるときっと二階を見つめた。戦闘開始である。 母、美沙枝が、 “何なら私が話そうか?” と言ったが、 “否、いい!” とあくまで自分で戦うつもりである。 お茶をぐいと飲むと二階へ駆け上がっていく。 隆一もついていこうとするのを美沙枝は止めて、 “貴方が口を出すと話がややこしくなるから、離れていてね。” と言い、 “自分もよっぽどの事が起きない限り口は出すまい。” と決心して美千代の後を追った。 美千代が部屋をノックする。 “今仕事中なので入るな。” いつもの父の厳格な声がする。 “大事な話があるんだけど?” しばらく沈黙していたが、 “はいれ!” と、厳かな声がした。厳かなのはそこまでで次の言葉は感情的であった、 “結婚は許さんぞ!” “さあ!ここからが戦いだ!” 美千代は意を決して部屋にはいっていく、 さり気なく美沙枝もすべりこむ。ドアは開けたままだが、ドアの外にいる隆一にも充分声が聞き取れるし、隣の部屋で聞き耳を建てている良枝にもはっきりと聞こえる程の声で二人とも話す。 “私!どんなに反対されようとも結婚するからね。今日プロポーズされて、お受けしたからね!” 文隆の目が三角になり睨み付ける。さすがにウィスキーは横はじに除かれている。机の反対側の娘に向かって回転椅子を180度回転させて娘に対している。 睨み付けながら頭の中では言葉を選んでいる。 “お前にはもっと相応しい男がいるはずだ。” “教師の同僚の安田と言うのがいるそれはすごくいい男でお前に相応しいと思うよ。” “まだ結婚は早い!もう少し社会を知ってから結婚すべきだ。” どれも適当な言葉ではないように思える。 突然美千代は戦法を変えて来た。 “私!お父さんだけには祝福されて結婚したいの。お願い。結婚を許して!私、信次さんが好きなの。必ず幸せになるわ。” 強引に来たらいろんな言葉を考えてたのがこういう態度にこられると気持ちがぐらついてくる。文隆の頭には美千代が生まれて写真をとりまくったこと、可愛くていつも抱いてみんなに自慢していたこと。幼稚園の入園式で感極まって泣いたこと。 幼稚園の運動会に朝早くから席取りに行き、運動会では娘とお遊技をして突然園長さんのかけ声で“お馬さんのまね”とか“象さんのまね”とかしたこと。 そんな過去の事が走馬灯のように頭を過る。そして信次の顔が浮んで来た。 “いや!いかん。許さんぞ!” しかし気持ちはぐらついて来ている。 “考えてみたら信次はそんなに嫌なやつではない。むしろ好感は持っている。ただ自分の娘を奪われるのが感情的に嫌なのだ。” そう思うが目つきは三角から優しさに変っている。美千代はそれを見のがさなかった。戦いは美千代に有利になって来ている。 “お父さんには本当に可愛がってもらいました。私はもう充分に育って来ました。これからの人生は信次さんと歩みたいのよ。” 文隆は黙ったままである。できればこの問題は保留にしてそこから逃げたい気がする。 “そうだ!逃げ出そう!それが一番いい。” 文隆は逃げることに決めた。 “ちょっと飲みに行ってくる!” そういってジャンバーを引っ掛け、出ていこうとする。 “このままだと娘に負けて認めそうな気がする。” 美千代は必死である。ここで逃げられたらずっと認められない気がした。 “私信次さんの子を妊娠しているの!” “なにー!”突然頭に血が上っていくのを感じた。しかし反応は母親の方が早かった、 “パシッ” 平手打ちが飛んだ。 “私貴方をそんなふうに育てた覚えはありません。” 逆に文隆は冷静になった。 “それじゃあしょうがないな。生まれてくる子に罪はないからな。” もう飲みに行く気力も亡くなり。ジャンバーを脱ぎ椅子に座って又、ウィスキーをちびちび飲み始めた。 “結婚は認めるから一人にしといてくれ。” そう言うと又ウィスキーをちびちびやって勉強を始めた。しかしいつもと違って頭には何もはいってはこない。“ 美千代は部屋を出た。美沙枝は美千代の方を抱き、 “御免ね!痛かった。ああでもしないとお父さんは治まりがつかないと思ったから。” “うん!分かってる。お父さん認めてくれて嬉しいわ。” と言ったが、 美沙枝は、 “子供の事は黙っていてもお父さんは折れる寸前だったのに。まだまだ娘は若いわね。飲みに行って帰って来たらきっと、”“お前の結婚は許す!”“ と言ったのに、これで家族4人には子供ができたことは知られたから、二人には口止めをしとかなくては。“ と思うのであった。美沙枝にとってはいかに今ができちゃった結婚とか言う時代になっていても娘の妊娠は隠しておきたい出来事であった。
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