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作品名:700年後の恋 作者:兵藤 順一

第49回   二俣橋
石匠館の中に入ると石井は時間を惜しむように話し始めた。
“御存じのように阿蘇山は約30年前から9万年前まで4回大噴火をしています。その火山灰が熊本県中につもり何万年もたった後、凝灰岩となり石橋の原料となる石が熊本中にはたくさんあります。その石を使って石工達は石橋を作ったのです。”
“種山石工の元祖とも言うべき人は、1765に生まれた藤原林七です。林七は長崎に行き、西洋の数学で円周率を学び、石橋のアーチ式基礎を学んだと言われています。個々の石橋の写真がありますが今日は実物を見るので石橋の模型の構造を見て九州全体の石橋の在り処が最近完成しましたのでそれをながめたら、早速石橋を見に出発しましょう。”
涼達は木で作った石に見立てた模型を組み立てるとアーチ状の石橋になるのを確認し、別室に行くと館長達石橋の会の人が作り上げた巨大な九州の地図の上に石橋の絵もしくは写真が見事に作り上げられていた。涼は
“九州にこんなに石橋が多いのか。”
を知ってびっくりした。
“九州全ての石橋は阿蘇山の噴火による石を使ったんですか?”
涼が思わず尋ねると、
石井館長は、
“鹿児島はおそらく櫻島でしょう。その他にも火山がありそこの火山の活動によってできた石を使っているのです。それでは皆さん又バスに乗り込んで下さい。最初は二俣橋に行きます。そこは私の好きな橋の1つです。”
奈津は涼に、
“楽しみだね。私は二俣橋の写真は見たことあるが見るのは初めてよ。”
と言ったので涼も急に楽しみになった。
“じゃあ小野さん。後の事は頼んだよ。”
小野さんと言う女性を石匠館に残して、全員バスに乗り込んだ。
バスは東陽町から熊本の方へと逆行していった。30分くらい行き、細い道を右に曲がると川のそばに石橋が見えた。2つの川が合流し1つの川となり、その二つの川を跨ぐように橋がかかっていた。
“なんとも美しい橋だ。気品があって、歴史を感じさせる橋だな。”
涼は思った。
石井さんは、
“小筵橋が近くにありますが、本日は時間の関係もあり代表的な橋を見ていこうと思いますので、ここを最初にしました。この橋は林七の子、嘉八らによって作られたと言われています。新しく立った橋3つを足して二俣五橋とも呼ばれています。”
説明が終わると、皆橋を渡って対岸へ行くもの、河原に降りていって写真をとるもの様々だった。
涼は奈津について行き対岸に渡り、橋の説明文を読み、釈迦院川の上流の方から橋をながめカメラで写真を撮った。ふと涼は奈津の写真をとりたいと思い、
“奈津さん。そこに立ってごらん。”
と言って1枚写真を撮った。橋は後ろに入れ奈津の半身写真が見事にとられていた。なんだかどきどきした。その時後ろから田島が、
“カメラかしてごらん。二人を撮ってやるよ。”
と言った。涼は感謝してカメラを田島に預けて奈津と並んだ。
“はい。チーズ。”
“よしもう1枚。”
と言って二枚写真を撮ってくれた。奈津が橋を詳しく見ている時涼の横に田島が来て、
“彼女美人だよな。石橋とよくあうよ。”
と言って河原に降りていった。
涼はなぜか真っ赤になった。
奈津はいろんな角度から石橋を見て回っている。そして他の人とも活発に話す。石橋が好きと言う興味でつながっている為会話が弾むようだ。涼にも何人かが話し掛けてくる。
“学生さん?”
“ハイそうです。”
“若い人には珍しいわね。”
数人の高年齢の女性達がにこやかに話し掛けてくる。挨拶程度に話し、すぐ皆石橋を見て回る。
“皆さん!バスに戻って下さい。次に行きます。”
バスガイドの長野さんが大声で呼ぶ。奈津は名残惜しそうにバスに戻った。皆元の席に戻る。涼は奈津のとなりの席を奪われなくてほっとした。
“次はすぐ近くの馬門橋に行きます。馬門橋は、橋本勘五郎。先ほどの嘉八の三男として生まれ、若い時の名は丈八が立てたと言われています。この橋本勘五郎が通潤橋を立てた人です。”
バスは五分も立たずに止まった。佐俣の湯の少し通潤橋側に行った場所だった。
“少し道が悪いので気をつけて下さい。”
そう言って、石井さんは道とも言えない草の中をどんどん下っていく。薄暗く木がうっそうと茂っている。朝露で靴がぬれる。涼は皆運動靴なのだが自分は革靴なのを後悔したがすぐに川が見られ、なんとも厳かな古めかしい石橋が目の前に現れた。津留川の上流に当たる川にかかる眼鏡橋である。涼と奈津が見とれていると、後ろの方で話声がした。
“この橋はね、安達裕美のテレビ番組のロケ地に選ばれたのだけど、地元の人が殆ど初めて知ったそうよ。”
“ええっつ!こんないい橋を地元の人達は知らなかったの。”
“そう言えばひと気が全然ないわね。”
涼も孤立された世界に厳かに屹立する歴史の産物に心を打たれた。
“奈津さん。とても二俣橋より新しいとは思えないね。”
“そうよねとても古そうに思えるわね。”
この橋には37人の人間は多すぎた。一人か二人で来るととてもよいように思えた。それを見すかすかのように後ろからバスガイドが声をかける。
草むらから下の方には降りてこないで、
“皆さん! 次に行きますよ。”
涼は奈津に、
“今度は二人で来ようね。”
と言うと、
“うん!”
と力強くうなずいてくれた。おおくの人はまだ見ていたいようだが、せかされて、皆バスに乗り込んだ。
石井さんは、
“ここはバスを長く止めていられないんです。今から見る橋もまだたくさんありますから、期待して下さい。次の橋は大窪橋です。この橋は桜の季節になると写真家がたくさん集まる橋です。橋と桜の組み合わせがとても綺麗です。この橋は新助という、城北の職人によって立てられたものです。それでアーチの角度が違います。いわゆる種山石工の作ではないので、この地方では珍しい橋です。”
又バスは五分も立たない間に止まった、本当にこの地域には橋がおおい。美里町は石橋が溢れている。バスは国道218号線から少し右にはいったところで止まった。止まった目の前に大窪橋があった。橋は小さかった。橋の角度が盛り上がっているような気がする。構造もやや中国の石橋の建築法が入っているような気がした。10分くらいの後バスガイドさんが、
“次はいよいよ霊台橋です。霊台橋では比較的長く時間をとりますので、よろしく御協力ください。”
涼は大窪橋の事で石井に聞きたいことがあったが、石井は次々と質問を受け答えているようで、聞くのを諦めた。バスには皆が乗り込むまで時間がかかったが、細い道を国道に戻り山都町方面に218号線を進んでいった。


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