信次は会社に通う。夏のこの時期は忙しさが半端ではない。冷房機と空気清浄気の一体となった機械が売れるのと、機械のメインテナンスの仕事で毎年の事であるが朝から夜遅くまで、働きずめである。当然経理も忙しく、美千代も一日中伝票の整理、計算、一般事務の仕事で忙しかった。あっという間に1週間経ってしまった。美千代と信次はまともに会話する暇もなかった。土曜日にデートする約束をし、夕方に加茂川という、上通りの入り口にある肉料理の店にて二人で食事をした。二人ともビールを飲む。 “妊娠しているのだったら、少し控えたがいいのではないか?” “じゃあ少しにする。先に飲んで!” 信次がビールを飲み干すと、そこに半分くらいのビールを自分のコップから注いだ。 “後はしゃくをするからどんどん飲んでね。” なぜか美千代は機嫌が良い。こうやって見てみると、信次もなかなかいい男だ。ビールを飲んでいる最中に店員がすき焼きの料理を始めた。 ラードを敷き、肉をいためる。砂糖をたっぷり使い、下地の白く濁った液をたっぷりとすき焼き鍋の上に注ぐ。野菜を全部置いて、 “肉はもう出来ています。肉を食べて下さい。野菜が煮立った頃に火を弱めに来ます。御飯はどうなさいますか?” 信次が答える。 “ひとり分だけ持って来て下さい。もう1つは後からお願いします。” 卵をといて、肉を卵のなかに入れたっぷりと卵がしみ込んだ肉を二人とも口に入れる。 “美味しいね!” 美千代が言う。 “ここのすき焼きは特別だね!” 信次も答える。 美千代は少しだけ注いだビールをちびちびと飲みながら、肉のうまさに舌鼓を打つ。信次は口に肉をほうばり、たっぷりとビールを飲む。 ビールと肉の組み合わせは最高に美味しい。それも1週間必死になって働いたから、うまさも格別である。 “今週は忙しかったな!” “来週はもっと忙しいかもよ。” “今日は由美子さんと里江さんとは食事に行かなかったのだね。” “うん!信次との方がいいから。” 信次は妊娠した子供の事は気になるが、話題はそのことには触れたくなかった。 しかしできればお腹が目立つようになるまでに結婚を決めてしまわないといけないと思っていた。それにたいして1番の障害がナイーダの存在である。700年前に永遠に愛しあうことを誓った。しかし永遠の愛とは何だろうか? ナイーダいや今の名前は奈津とはあれ以来連絡もしていない。強く結びついた絆は感じる。しかし今の奈津の事を何にも知らないのだ。どこで生まれどうやって育ったかも知らない。美千代の事は良く知っている。入社して先輩に叱られて良く泣いていた美千代。あれからずいぶん成長したものだ。その成長は自分がリードしたような気がする。高校を卒業して実社会に入って来た美千代の最初は上司には文句も言えなかった。言われるがまま素直に従い、上司の言ったことで失敗してもそのまま自分がかぶって泣いていた。それをちゃんと伝票や証拠の書類を残し、誰がその仕事に責任があるかを明確にするように教えたのは信次だった。だから今では証拠を立てにおかしいことはおかしいと食い下がっていく。 “若いのにしっかりした事務だ。” と全社員から信頼されている。 信次にとって美千代の今1つ気に食わないのは、里江の存在だ。美千代が入社してすぐに美千代と付き合っていた訳ではないが親友だと言うことで里江を紹介された。とてもはでな女性であった。確かに綺麗だが、男はみんな自分になびくというような態度が鼻についた。そして美千代に紹介された翌日に電話がかかり飲みに行かないかと誘われた。 “君はまだ18歳じゃないか?” といって断った。美千代に翌日報告すると、 “あの人はそう言う人なのよ。高校生の頃から何回か飲みに行っていたみたいよ。そして私の彼と知るとちょっかいを出すのもあの娘のくせよ。でも断ってくれて嬉しいわ。” その後も何回か美千代と供に会ってはいるが、誘ったことはもうすっかり忘れているようなそぶりだった。しかし信次はどうも気に食わなかった。それに比べて後で紹介された由美子は気にいっていた。自分の親友の安田と寺口を合わせたような頭のいい子であった。女性でこんな理知的で頭のいい人には初めてあった。由美子を紹介されて美千代の価値も上がって来た。それでも何回か美千代と供にお茶を飲んだり食事に言ったりしていたが美千代を特に付き合っている彼女とは思わなかった。直接の部下ではなかったが上司と部下の関係のようなものだと思っていた。心の奥底で何かひっかかりがあったのだろう。そしてそれは忘れていたナイーダの記憶であったのだろう。2年前美しくなって来た美千代が正式に、 “付き合って下さい。” と申し込まれ、信次も男として押さえがたい欲望を感じ、何か忘れているような気を持ったまま美千代と付き合っていた。その時信次は、 “僕と付き合っていても他の男と付き合ってもいいからね。” という言葉を言ってしまったのだ。それは忘れていた記憶への防波堤だったのかもしれない。そのことで美千代は少し傷ついたが、その言葉が美千代の遊びに結びついたのだった。しかし美千代は今現在もう男は信次の他はうんざりだった。 “私は信次1人でいいんだ。” と思っていた。 “今からうちに来ない。” 食事がひと段落終わると、美千代は言い出した。 “えっつ。美千代の家に!” 信次はびっくりした。 しかし今一つ煮え切れない自分に何か変化が出てくるかも知れないと思い、行くことに同意した。美千代も言ってはみたものの断られると思っていたので何も言ってない自宅に慌てて携帯で電話をした。
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