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作品名:700年後の恋 作者:兵藤 順一

第29回   29
会社に戻ると、美千代がやってきた。
“大丈夫だった?”
“ああ。”
そして美千代を後に残し、部長への報告が先だと思い、部長のとこに行った。
“すいません。人身事故を起こしてしまいました。最初は骨折だと云われ入院になったのですが、後で間違いと分かり退院となりました。被害者を家まで送っていたので遅くなりました。”
“軽症だったのならそれでいい。早速仕事に戻ってくれ。水前寺の川崎工業の空気清浄機の設置のための見積に行ってくれ。あそこは厳しく言ってくるが値段を下げたらいかんぞ。成るべく高めにな。”
川崎工業の見積は大変な仕事である。成るべく高めなんてとてもできない。しかし部長の命令に逆らう訳にも行かず、水前寺へ行こうとしていた。
美千代が付いてきた。
“どうだったの?”
“うん。川崎工業の見積に行かされるんだ。”
“それは大変ね。でもそうじゃなく、事故のほうよ。”
“まあ、大事なくて済んだようだ。”
“ふーんよかったわね。”
美千代は何か女性独特の感で違和感を感じていた。しかしそれがなんであるかは具体的に分かっていない。
“後で寮に行くね。何時頃伺えばいいかしら。”
“いや、保険会社に電話したりいろいろあるから今日は来ないでくれ。又今度な。”
“今度って、何日よ?”
“御免。急ぐから。”
もう夕方近くなっているので早めに行かねば見積がとれない。慌てて会社の車に乗り込んで水前寺へと向かった、駐車場の自分の車を見ると、左のバンパーが少しひしゃげていた。
“あれもなおさなければな。”
信次は呟いた。

奈津は、信次が帰った後、少し後悔した。
“体を許したのは軽率だったかしら?”
ぼーっと干してあるシーツを見ながらそう思った。丁度、授業がない時間だったので奈津は芳子に電話をかけた。
“もしもし。奈津だけど。”
“はい。芳子です。具合はどう?”
“うん。実はね、骨折ではなく、以前からの病気で有痛性分裂膝蓋骨という病気だって。もう退院してきたのよ。”
“じゃあ。私クラブさぼってあんたの下宿に行こうか?”
シーツが干してあったので、
“だめよ。今日は足も痛むし。明日学校にはいけるから明日会おうよ。クラブには行ってよね。私が足が痛むので休むって言ってもらわなければならないし。”
“分かった。行くよ。夏の大会も近いしね。”
“明日は必ず行くから、じゃあね。”
と言って電話を切った。それから山口涼にメールを書いた。
『 山口涼様。
  御免なさい。何も理由は聞かないで、お別れしましょう。
  いろんなところに連れて言ってもらってありがとう。
  今度からは別の人を連れて行ってあげて下さい。 』
何故だか分からないがひとすじの涙が奈津の目から落ちてきた。

山口涼は解剖実習の真っ盛りであった。一体目を終わったら、9月からは2体目にはいる。1体目は下半身であった。
涼は膝関節を解剖して膝蓋骨を外し、関節腔の中の半月板を観察していた。
“おい山口飯食いにいこうぜ。どうせ今日は夜中までかかるだろう。”
“そうだな。膝関節も大体見終わったし。ひと休みするか。”
サッカー部、野球部、ラクビー部は5時前後にクラブに行ってしまっているが、テニスは解剖のために休んだ真面目で勉強熱心な山口と、部には入っていない吉田は夕食を食べに近くの食堂まで行った。早めに食べて再び解剖をしに行こうと思っていたのだ。7時を過ぎるとクラブに行っている人達も終わって解剖しに来る。
山口は携帯電話を見てメールがはいっているのに気ずく。奈津からだ。
メールを見て驚いた。慌てて電話をするが電話は出ない。
“どうしたつや。山口。女にでもふられたつや?”
“女にふられた。”
“ほんなこつや。冗談やろ。俺は冗談で言ったつばい。”
“本当にふられた。電話にもでらん。あぎゃん大切につきあったのになんでやろう。”
“理由ば聞いてみらんね。”
“理由は聞かないでってメールに有るとたい。この忙しい時に困った事が起きた。”
“頑張らんと終わらんけんが、解剖が終わってからにしろよな。面倒な事は。”
“うん。しょうがないだろうな。みんなにも迷惑がかかるし。”
食事後山口はとぼとぼと解剖室に向かった。1体目の解剖が終わるのは後1週間かかる。



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