下島先生は奈津の左脚を丁寧に見ながら尋ねた。 “前からこの足は痛まなかったかね?” “そう言えば時々痛みました。” “君は入院の必要性はないよ。これは膝蓋骨が折れているのではなくて、有痛性分裂膝蓋骨と言う病気だよ。さっきのドクターは研修医で、整形外科ではないので骨折だと思ったんだろうけど、骨折にしては骨折線が新しくないからね。外来で超音波治療をすればいいよ。交通事故で起こったのはただの打撲症だけだよ。立ってごらんきっと歩けるから。” 奈津が恐る恐る立つと、普通に歩けた。事故のショックで一時的に立てなくなっただけだった。そこに丁度奈津の入院の用意をして、信次が現れた。 二人ともじっと見つめあう。 下島先生が、 “ほらほら何十年来の恋人同士じゃないんだから、そんなに見つめ会わないで。彼女は入院が必要無くなったから彼女の家まで送ってあげてくれ。” “えっつ。どうしてですか?” 面倒そうに、 “彼女に説明しているから彼女に聞いてくれ。事務には私から連絡しとくからね。” と言って慌ただしく出ていった。 “下島先生が言うには膝蓋骨骨折ではなくて、有痛性分裂膝蓋骨と言う昔からの病気だって。” “なんか良く分からないけど、事故の結果があまりひどいものではなかったようだね。良かった。良かった。事務にお金を払ったら君の下宿に送ってあげるよ。” と言って二人で事務の会計まで歩いていった。奈津は普通に歩けた。痛みも余り感じなかった。 “保険は効きませんから1万7千円です。領収証を持って保険屋さんに請求すると対人保険に入ってるでしょうから全額でますよ。” と教えてくれた。 その後、奈津を下宿に送っていき、奈津と二人きりになると、もう二人とも我慢ができなかった。700年越しに二人の体は結ばれた。言葉は何もいらなかった。この世界では奈津は初めての男だったので、奈津のふとんの敷布は赤く濡れた。しばらく抱き合っていたかったが、ナイーダの時の記憶が蘇り、敷布をすぐ外し、共同流しで洗い、部屋のなかに干した。誰か見ていないかひやひやしていたが、皆講義に出ていて学生下宿は誰もいなかった。信次はその間服を着た後、部屋のなかで手持ち無沙汰にしていたが、 信次が話し掛ける。 “ナイーダ、いや奈津さん。本当に久しぶりだね。” “シャルム、いや、お名前なんだったかしら?、まだ聞いていないみたい。こんな関係になった後だからこの世界ではおかしな質問かも知れないけど?” “御免ね。事故の衝撃で言い忘れていたみたいだけど、小島信次といいます。” “今から奈津って呼んで、私は信次と呼ぶから。” “奈津、これからどうしよう。結婚したいと思うんだけど、今つきあっている女性がいるんだ。別れるのが難しいなあ” “私もつきあっている人がいるの。別れようとは思うんだけど、私も難しいと思うわ。” “結婚していつも一緒にいたいと思うが、今からの仕事も問題だな。今の仕事は空気浄化装置の販売をしているんだけど、とても二人が食っていける給料ではないので考えないとな。” “私は今、大学の2年生なんだけど大学は卒業したいわ。いつも一緒にいたい気もあるけど、大学生活は楽しいし、貴方とはつながっている気持ちがあるから、もっとお互い生活を楽しみましょうよ。貴方も、今すぐ今つきあっている女性と別れなくてもいいわよ。私と比べてそっちの方をとってもいいし。” “それはあり得ないよ。僕は永遠に君を愛しているんだから。” “私も永遠に貴方を愛しているけど、今のこの世は女性にとっては最高よね。 自由に満ちあふれているわ。あの時代はああいう生き方しかできなかったけど、今は何としてでも生きられるから。“ それはシャルムいや信次にとっては意外な言葉だった。今の日本の世は女性にとって生きやすい世界と言われているが、ナイーダいや奈津がこんな事を言うとは思ってもみなかった。しかしその言葉で佐古田美千代との関係も今すぐ解消しなくて済むと思い少し気が楽になった。このへんは優柔不断なシャルムの性格が多少残っている事を示している。時間は3時を過ぎ信次は空腹を感じ、 “食事に行こうか?” と誘った。 “いろいろ用時があるし、私も友達とかに連絡する事があるから今日の所は帰って。” “じゃあ電話番号とメールのアドレスを教えて?” と言って電話番号、メールの交換をして信次は会社へと向かった。 途中でそばうどん屋の黒田藩に寄り、ざるそばの大盛りを食べた。
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