さて意外な人も頭を抱えていた。奈津の父親だ。 “ああ、なんて事だ。シャルムより先にナイーダと会わせて欲しいと、ダリアに頼んだが、まさかナイーダいや奈津の父親に生まれ変わるとは” 奈津の父親、榊堅二は人吉市役所の水道係の職員であるが、本日は、都庁にいた。都庁で最新設備の、水浄化法の講義を都の職員から他の地区から集まってきた地方の公務員とともに聞いていたが、 “こんな汚い水をきれいにできると都の職員は自慢しているが、大体、こんなに水を汚くしたのは東京の人達で、我々の球磨川は綺麗な水で浄化する必要も全く無いのでこんな講義を受けても無駄なのだ。” と腹を立てながら、聞いていた。 “人吉市役所の課長がこんな出張を計画するのが悪いのだ。課長は東京は何でも進んでいるから、東京に学べという考えなのだ。私は中央大学の理工学部に4年間いたけど、空間も余裕もない東京が嫌になって、ふるさとの人吉に帰ってきて公務員になったのに。ああ、いっそのことこの講義を抜け出して早く帰ろうか?” などと思っていたころ、頭がぐるぐる回り700年前の記憶が蘇ったのだ。 “私はナハトム王だったのだ。” 丁度その時、隣の人が話し掛ける。 “すいません。人吉の方でしょう。私は熊本市役所から来た山里道雄といいますが、熊本県は水が綺麗なので当分はこんな講義は必要無いですな。” 堅二の胸の名札を見て話し掛けてきた。 “私もそう思っていたところですよ。” “どうでしょう。この後、懇親会があるようですが、世話人の挨拶を聞いたらどこか食事でもいって、一杯飲みに行きませんか?蒲島知事の話でもしましょう?” “ひさしぶりに出てきたいい知事ですね。どこかのタレント馬鹿知事とは違ってますよ。” “そう思うでしょう。東京都銀行なんか成功するはず無いですよね。今頃しろうとに銀行は無理ですなんて言っていますけど、最初から無理ならやらねばいいんですよ。” 堅二は奈津の親として生まれ変わった憂さをはらす為にも飲みに行こうと思って、 “では、懇親会に出て、人吉、熊本の出席に丸をした後すぐ出ましょうか?” 受付で名札の確認と、出席に丸をしたら東京出張は終わる。後は1泊して人吉に帰るだけだ。懇親会に出ても東京におべっかを言って、講義は非常に役にたちましたなど、思ってもいない事を言いたくもない。 しばらくして講師が、 “それではこれで水浄化装置の講義を終わります。皆様、3日間の東京出張御苦労さまでした。懇親会の会場にささやかな料理を用意致しておりますので、ゆっくりと御歓談、御飲食為さって下さい。” “皆さん、こちらのホールにどうぞ。” ホールの前には受付の係りの女性がいて、名札の回収をして確認の丸を付けていた。 “人吉の榊様ですね。はい。あ、熊本の山里様ですね。御苦労さまでした。” 一旦2人はホールの中に入ったが、 “もう挨拶聞くのも面倒だし、出ましょうか?” “そうですね。” 2人とも都庁から出てきた。 30分間歩いて新宿の東口近くまで歩いてきた。そこで、日本風の居酒屋に入った。途中ずっと、熊本の蒲島知事の話をしながら歩いてきたので時間の経つのが分からなかったくらいだ。2人の共通の話題は川辺川ダムを蒲島知事が工事中止を決断した事であった。それも住民や関係者と充分話し合った末の決断である。熊本の良識ある住民は殆どがダム建設に反対である。熊本の人間は熊本の自然を愛す。自然が壊されるのに我慢できないのだ。 居酒屋でビール頼んで、ビールが来た後、自分の方が年上のようなのでまずビールをついでやり、注いでくれるのを断って自分で注いで、 “では出張の終わりに乾杯!” と言って、ビールを咽に流し込んだ。 “東京でも救急態勢の不備があるんですね。妊婦が産婦人科の病院から都立の病院に拒否されてその他、大病院にも7件くらい拒否されて、結局1時間遅れで都立の病院に入院になったが手後れで無くなったそうですね。” “その事件はマスコミも悪いよ。あんなに大々的に取り上げる必要はないよ。だって脳卒中を起こした人の問題で、妊婦の問題ではないんだから。” “それはどう言う事ですか?” “実は、うちの兄は産婦人科なんだけど、兄はいつも言っているんだ。産科の医者は実際の病気については素人に毛が生えたようなもんだって。” “良く分かりませんけど。” “産婦人科になると忙しすぎて、産科の事には詳しいけど、実際の病気に関してはそんなには強くないと言う事さ。” “それはそうでしょうね。” “だから、最初の産科の先生が、都立病院の産科の先生に連絡したのが間違いで、脳外科か神経内科の先生に連絡しなければならなかったと言う事さ。” “ふーん。” “周産期医療の体制ではなくて、脳卒中の体制で動かなくてはならなかったんだ。しかしおそらく最初の先生も脳出血とは思わなかったんだろう。” “なるほどね。” “最終的には馬鹿知事と厚生労働相の馬鹿大臣が責任の擦り付けあいをしたりして。見苦しいったらありゃしない。両方ともマスコミの無知を非難した方が良かったのに、いずれもマスコミにおもねる人達つまりマスコミ出身だからああいう結果になるんだろうね。東京も熊本のように脳卒中や心筋梗塞の非常体制はしっかりしていると思うよ。ただ医師間の連絡の仕方がずれてただけなんだよ。” “なるほど。例の、東京都銀行の件もひどいですよね。僕の友達は肥後銀行に勤めているのですが、お金を貸す時の審査は相当大変だそうですよ。都銀の破綻はお金を貸す相手の審査が甘かったからだそうですが、殆ど素人が関わっていたそうですから、破綻は目に見えていますよ。さらに破綻した後にもお金を注ぎ込んでいるんですよ。もう、やめたらいいのに。” “乗りかかった船でしょうがないんだろう。やっぱり最初からやらなかったら良かったんだよね。” “そうですよ。” “今回の水の話もひどいもんですよ。自分らが汚した水を、最新の機械で綺麗にしていると言って自慢するんですから。” “本当にそうだね。” いろんな件で気があって、また熊本で会う話をして、携帯の電話番号の交換をして別れた。別れた後ホテルに戻って、堅二は奈津の親である事が残念でならなかった。 “こうなったら。ナイーダとシャルムの仲を徹底的に邪魔してやる。” ホテルで焼酎を飲みながらそう思うのであった。
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