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作品名:700年後の恋 作者:兵藤 順一

第26回   奈津と信次の悩み
日赤のベッドの上でこの事を一瞬のうちに感じた奈津は、
“遠い昔、私はナイーダ姫だったんだ。”
と独り呟いた。
その時、携帯のベルが鳴った。
“もしもし。”
“あっ。もしもし。奈津。私。”
“芳子。なあに。”
“なあにじゃないわよ。今どこにいるの?授業もさぼって。”
“あつ。そういえば授業あってたんだ。すっかり忘れていた。今ね、日赤に入院してるんだ。交通事故にあっちゃって。”
“えっつ。それは大変。何号室?”
“何号室かな?ちょっと待ってて。”
隣でベッドに寝ていたおばさんが、
“315号室よ。”
と教えてくれた。
“315号室だって。”
“じゃあ、山口先輩にも教えとくね。”
“あっつ。ちょっと待って。山口さんにはいわないで、他の人にも言わないでね。ちょっと色々考える事があるんで。”
“うん分かった。でも私はお見舞いにいっていいでしょ。”
“それもしばらく待って。いろいろあるから。”
“何がいろいろあるのよ。じゃあ今日のテニス部の練習の時、奈津の事を聞かれたらなんて言えばいいの?”
“ちょっと風邪ひいて下宿で寝てるって言って。お願い!”
“分かった。お願いされた。”
田畑芳子は同じ文学部の同級生で、熊本高校出身である。家は桜木にあり、何回か遊びに行った事もある。奈津の下宿にもよく遊びに来る一番仲の良い友達である。奈津はナイーダの記憶が蘇ったが、山口との事をどうしようかと悩みが始まった。山口とはテニス部で知り合った1年先輩の医学部生である。医学部は3年に上がると医学部の方のクラブに行くので、現在は、奈津達とは一緒に練習はしていない。
山口とは、
今年の3月、医学部のテニス部2人、全体の硬式テニス部の卒業生7人をおくる送別会で子飼橋近くの焼き鳥屋で2次会をした後、3次会に行くのを断って、歩いて帰っていると、後ろから皆から贈られた花束を持った山口が追っかけてきて、
“送って行ってあげるよ。”
と言った。
“いえ近いですから。”
と言うと、
“話があるんだ。”
と言われた。子飼橋を渡り、2人ともしばらく黙って歩いていたら、
“この、送別会でもらった花良かったらあげるよ。僕は男の一人暮らしで花はいらないから。”
“あら。部屋に飾っていたら綺麗ですよ。”
“いや。花とか飾った事がないから君にあげるよ。”
“じゃあ有り難くいただきます。話ってそれだったんですね。”
“いや。これで離ればなれになるんで、君には会えなくなるだろう。良かったら今年から休みとか2人だけで会って欲しいんだ。熊本城とか江津湖とか水前寺公園とかを2人で散策しようよ。”
奈津は人吉から出てきて、まだ熊本市内は桜木の芳子の自宅以外はどこも行った事がなかった、今まで3人程の男性とおつきあいの申し込みがあったが、何か引っ掻かりがあって全部断ってきた。しかし、水前寺公園も、江津湖も熊本城もいずれも行ってみたい場所だった。それに、去年テニス部で阿蘇の高森で合宿があった時、山口の車で5人の部員でちょっと阿蘇火口までドライブをした事があった。その時の楽しい思いでもあり、しばらく考えて、
こくんとうなずいた。
“じゃあいいんだね。”
また、こくんとうなずく。
お互いのメールと電話番号を交換して、渡鹿交差点で、
“それではこの辺でいいです。”
“下宿の前まで送るよ。”
“困ります。”
“分かった。じゃあまた電話するからね。”
というように交際が始まった。
今年の4月から7月まで2人の時間があった時いろんなところを散策した。
熊本城、水前寺公園、竜田自然公園、江津湖、植物園、動物園、6月頃、
夕闇の近ずく泰勝寺で、山口 涼は奈津の肩を抱きキスをしようとした。
反射的に奈津は頭をそらして逃げた。
その時何故逃げたか奈津は理解できなかったが、遠い記憶の片隅にアルハンブラの情景が見えたような気になっていた。
しかし今は理解できる。
“御免。まだ早かったね。”
と言われ、こくんとうなずいたが、心の奥底にはシャルム、いや小島信次がいたのだ。
“涼さんにどうやって断わろう?まさか700年前からの恋人がいますは、通用しないだろう。”
そういう時に整形外科のドクターがやってきた。
“今日は。私は整形外科の下島と言います。ちょっと左脚を見させて下さいね。”
50代と思える少し年はとっているが、ハンサムな医者がやってきた。

信次は奈津の下宿先で、
“僕はシャルム王子だったのか。”
と全てを思い出した後、
“うわあ。どうしよう?”
と頭を抱え込んだ。
“美千代と別れなければならない。”
美千代とは、
2年前に高校卒業して3年目の同じ会社の事務員の21歳の女の子から、
“私とつきあって下さい。”
と言われ、他に彼女もいなかったのでつきあい始めた。
彼女は信次が熊本に移動してきた4月から就職し、失敗して上司に叱られた時など、よく慰めてやっていた。信次は彼女に特別優しくしていた訳ではなく、他の女性とも同じように接してきた。
2年前の5月からつきあい始め、何となく会社で公認の仲となり、時々は帯山の男子寮に食事を作りに来てくれたりする。独身寮なので、他の部屋の人たちもお相伴に預かる事もあったが、冷やかしのお相伴もだんだ少なくなってきて、去年頃から殆どは寮で2人きりになっていた。
食後にぴたっと寄り添ってこられると信次も若い男である、キスからペッティング、そして肉体関係にまで進んでいた。まだ2人とも結婚するつもりはなかったが、熊本市内の佐古田美千代の両親とも何回か会っていたし、今年になって荒尾の両親にも会わせている。どちらの両親も
“結婚資金を2人でたまったら、結婚したらいい。”
と言ってくれてはいるが、
美千代も女友達と食事に行ったり、旅行に行ったり、買い物に行ったりまだ、結婚する気はないみたいだし、信次は何かどこかに引っ掛かりがあって、結婚には踏み切れなかったのである。
“引っ掛かりが分かった。美千代とはどうしよう?”
頭を抱え込んだのだ。


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