その頃加藤は、アパートの裏に周り、恭子の部屋を見上げていた。 「確か、あの窓は風呂の窓だな。格子もついて無いよ、物騒だな。」 そこへ、益田とゆかりがやって来た。 「益田さん、あそこ、窓開いてますよ、あそこから部屋に忍び込めます。」 「ああ、だが、どうやってあの窓まで行くんだ?ハシゴもねぇーし、結構高いぞ。」 「あそこに、電柱があります。電柱に昇ればあの窓にとり付けるんじゃないかな。」 「おいおい、現実的じゃないだろ。別の方法考えた方が・・・、おいっ!」 加藤は、益田の言葉には耳を貸さず電柱を昇り始めた。 電柱から、恭子の部屋の風呂の窓まで有に5mはある。加藤は、電柱から隣の家のわずかな庇に飛び移り、飛び移った反動を利用して、恭子の部屋の風呂の窓の開いているわずかな隙間に手をかけた。 加藤は、左手で窓にぶら下がる形で、右手で窓をさらに開き、懸垂の要領でよじ登り、窓から中に入った。 風呂場の扉を開けて部屋の中を見回すと、真っ暗で何も見えない。玄関からであろう、ゆかりの声が、ドンドンと扉を叩く音と共に聞こえる。 「加藤くん、ここを開けてー。加藤くーん。」 加藤は、暗闇に目が慣れるまで、警戒して動かなかった。包丁で自分の手首を切る人間が部屋の中にいる。身の危険を感じて当然だったし、それに対する警戒もまた当然である。 目が慣れたところでベッドの上を見ると、そこには秋本が半身起き上がって加藤の方を見ていた。ベッドは、窓際にあるため、加藤から見ると逆光になっており、秋本のシルエットしか見えない。 「おまえは誰だ?」 秋本のシルエットは、加藤に向って問いただしてきた。 「加藤ー、ここを開けろっ!おれを中に入れろっ!」 玄関の扉の外からは、ゆかりの声の他にも益田が怒鳴り始めた。 「ここは先輩方に任せよう。」 加藤は、真っ暗な部屋の中で、何も言わずに玄関の鍵を開けると、扉を開けて外の二人を促した。その時に、加藤はベッドにいる秋本に対して背中を向けた。加藤に油断があったことも事実である。 「キエェーー。」 突然、奇声が上がったと思ったら、加藤は背後から首を絞められた。 秋本が、背中を見せた加藤を一瞬のうちにベッドから走り寄り玄関の加藤を襲ったのだ。 加藤の首にかかる秋本の手が勢いあまったことで、打撃のように頭が振られ、正気を失って見える人間の馬鹿力が、加藤の頭への血流を遮った。頭は重く痛く、目の前が白んできた。片膝をついた加藤は、白んでいく視界の中で、後ろに足を出し、思いっきり回転させた。秋本は、その加藤の回転する足に、自分の足が払われ、思い切り転倒した。はずみで加藤の首から手が外れた。 そこへ、ようやく開けられた玄関から益田が走りより、倒れた秋本の腹を蹴りこむと、そのまま馬乗りになり、顔面に拳を命中させた。 「クソっ!おまえらは、何しに来たんだっ!おれのところへっ!」 加藤は、頭痛のするこめかみを自分で揉みながら、秋本を見下ろした。 そこへゆかりが怒鳴りながら益田を抑えた。 「ちょっとっ!ケンカはよしてっ!秋本さんと話をさせてっ!」 「こいつ、加藤の首を絞めたぞ。殺そうとしたじゃないだろうな。」 「おまえら、勝手にヒトのウチに上がりこんで、何を考えてるんだっ!」 加藤は、なんとなく馬鹿らしくなって、部屋の電気のスイッチを探して見つけると、点けた。 部屋の中は、眩しいくらいに明るくなると、秋本は鼻から血を流していた。せっかくの新居がまた血で汚れた。 ゆかりは手近にあったティッシュの箱を脇に抱えると、無数にティッシュを秋本の鼻に当てた。 それにより秋本は落ち着いたようだ。 「とにかく、わたしが秋本さんと話をする間、あなた達は外して。」 加藤は、初めから先輩方にお任せするはずだったから、黙って外へ出た。 「益田くん。1分でいいから。」 未だに怒りで拳を開けず、足の武者震いも止まらない益田をゆかりは外へ促すと、シブシブ益田も加藤の所に行った。
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