原田は、相変わらず酒が入れば天下泰平だ。 「歌、歌いに行こうぜ、歌。」 「カラオケねぇーよ。ってコトで、今日のところはみんな疲れてることだし、解散っ!」 「そーよ、もう時間も遅いし、解散しましょ。」 益田が解散の号令をかけると、ゆかりがそれに続いた。 加藤は、もうそそくさと席を立ち始めてる。原田だけが不満そうだ。 「なんだよ、もっと飲もうよ、せっかくの引越しなんだし。」 「うるせえ、おまえだけ飲んでろ。」 「みんな帰っちゃうのかよ、つまらねぇ〜。」 ゆかりは、加藤が立ったのを見ると、恭子に声をかけた。 「まず、秋本課長を見送らないと。恭子の上司なんだから、目上の人からタクシーに乗ってもらったら?」 益田が、ゆかりの後に続けた。 「秋本課長、今日は、どうもご苦労様でした。」 みな、店の外に出ると、秋本を送り出すようにタクシーに押し込み、会釈をしながら秋本の乗り込んだタクシーを見送った。 「やれやれ、秋本がいたんじゃ話も前に進みゃしない。まず、どうなってんだか、キョコタンに説明してもらわないとな。」 店の中に各々が戻り始めた。
加藤は、秋本が乗ったタクシーをボーっと見送っていた。 昼間聞いた話が、秋本に違和感を感じさせていた。あまりにも普通過ぎる。加藤はそう思っていた。 タクシーは、大通りから左に曲がり、細い路地に入っていった。原田、恭子、ゆかり、そして益田でさえももう居酒屋に戻ってしまっている。 ゆかりは、加藤を心配して、店から再び出てきた。 「どうしたの?加藤くんも帰る?」 「いえ、解散するまでは一緒にいますが、駅は、この大通りを真っ直ぐですよね。」 「そうよ、歩いて10分ほどかかるけど。」 「秋本さんは、乗ったタクシーで駅に行くはずですよね。」 「ええ、帰るには電車に乗るはずよ、タクシーで帰るとは思えないけど。」 「部屋に行きましょう。秋本さんが乗ったタクシー、恐らく恭子さんの部屋に向ってる。」 「ええっ?本当に?」 「あの路地を左に曲がりました。あのタクシーは駅にも国道にも行って無いっす。」 ゆかりは、店の中に取って返すと、三人を連れて店から出てきた。 恭子がその場で荷物を確認したら、不動産屋から預かった自分の部屋の鍵、2本の内1本しか入っていなかった。
「ガチャ」 恭子は、扉を鍵で開けると恐る恐る部屋の中へ入っていった。 恭子以外の四人は、万が一に備えて部屋の外で待機していた。相手はいつ狂気の行動に出るかわからない秋本だ。そのままタクシーで恭子の部屋に戻っているとしたら、そして、恭子のバッグから鍵を抜き取っているとしたら、部屋の中にいる。 だが、部屋の明かりがついていないことで、みんなが油断した。 「キャーッ!」 奇声と共に、恭子が自分の部屋から飛び出した、と思ったら、そのまま走って、闇に消えていった。 原田が、恭子の後を追いかけた。 益田と加藤は、すぐさま恭子の部屋に押し入ろうとしたが、なんと、鍵がかかっていた。 「しまったっ!キョコタン、鍵かけて走っていっちまったぞ。」 この状況から、秋本がこの部屋の中にいることは間違いない。 益田の正義感に火がついた。扉を拳で叩き、 「秋本っ!いるんだろっ!出て来いっ!ふざけた事やってねぇーで出てきて釈明しやがれっ!」 「益田くん、夜だから興奮しないで。」 ゆかりは、半ば半狂乱になって益田の行動を制止している。
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