最後の荷物であるダンボールを、トラックに載せると、そのトラックに恭子と原田、そして秋本が乗り込んだ。 引越し先は、歩いても30分もかからない程度のところにあるため、トラックに乗り切れない益田、ゆかり、そして加藤の三人は歩いて現地に行こうということになった。 「それじゃー、部屋開けて掃除してるわ。おまえら、道草食ってないで早く来いよ。」 原田がトラックの運転席から身を乗り出して仕切りの言葉を投げると、颯爽とトラックを出した。荷台に書かれた「レンタカー」の文字が眩しい。 三人で歩き出すと、暫くして益田がゆかりに切出した。 「どうなってんだ?あれ。」 「わたしもわからない。」 恭子は、秋本から逃げるはずだった。 「結局は、原田の出る幕なんて無かったんじゃないか?血だらけの部屋には居たくなかった、ってそれだけのような気がする。」 加藤は、今の益田の言葉に反応した。 「血だらけってどーゆーことっすか?なんか生臭い話だし、昼間っからみんなの態度はおかしいし、大丈夫じゃないみたいっすね。」 ゆかりは、そんな加藤を見て哀れに思ったのか、益田を責めた。 「益田くん、加藤くんは何も聞いてないみたいだよ。何も知らされないでここへ呼んだのはマズイんじゃないの?」 「おれも、よくわかんないんだよ。ただ、キョコタンは、秋本に纏わりつかれて精神に異常をきたしてる。ってなイメージだったんだけど、今日の引越しを見てイメージとはかけ離れてたし。」 「精神に異常をきたしてる、って、そうは見えなかったけどな。」 ゆかりが会話に割って入り説明を続けた。 「実は、秋本課長って人、恭子の目の前で手首を切ったんだよ。別れるくらいなら死んでやるってね。」 「そら、恐怖ですねぇ。で、血だらけの部屋になったんすか。で、手首切った甲斐があって、二人はヨリを戻した、とこーゆーワケですか?」 益田は、そこで首を捻ってゆかりに聞いた。 「キョコタンが秋本を見ると半狂乱になるんで、毎晩とはいかないまでも原田が護衛と称してキョコタンについてたんだよ。」 「ホントに護衛なんすかぁ?」 「まあ、それはそれ、よくわからんけどね。」
秋本には、子供を残し先立たれた奥さんがいた。荒れた秋本に同情の声をかけてしまった恭子は、そのまま秋本の思うがままになってしまったらしい。程なく秋本が恭子の部屋に入り浸るようになり、秋本の子供にも罪悪感が芽生えた頃、恭子の中では精神的な葛藤が渦巻いたようだ。 恭子が、別れ話を出した途端に、秋本が狂気の行動に出て、秋本と恐怖がイコールになった時に恭子の精神がちょっとだけ破壊された。夜に秋本をみた恭子は正常な思考は停止する。そんな時に恭子は原田と出会った。
「へえ、昼間秋本課長に会っても半狂乱にはならないんですか。」 「今日見た感じでは、そういうことね。あたしもあの時の秋本さんを見てるから、気持悪くて。」 大体、加藤も経緯をのみ込んだ頃引越し先のアパートに着いた。 2階建てのアパートの2階に全開に開かれた扉から原田が待ちわびたように怒鳴った。 「おーい、こっちだ。早いトコ荷物を運び込んでくれ。掃除は終わったからよー。」 不可解な上に、なんとなく気持悪い。加藤はさっき益田と原田がヒソヒソと分らん顔で話し合ってた意味がようやく理解できた。
部屋は、前の部屋とそれほど広さも変わりなく、荷物も全て難なく収まるだろう。何よりも家具などはそれほど多くないのだ。 とにかく荷物を運び込んで、部屋の中の配置も試行錯誤の上決めた時は、もう、大分日が暮れてきた頃だった。 「それじゃー、引っ越し祝いだ。近くに居酒屋があったんだ。そこへ行くぞ。」 「ああ、腹も減ったしな。」 「今日は、どうもありがとうございました。加藤くんもありがとう。」 加藤にもねぎらう恭子の姿を見ると、極めて普通に見えた。
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