「それで、どうしたんだよ?」 益田は、原田から昨夜の出来事を聞いていた。 「探したよ、キョコタン。」 「で、見つかったのか?」 「もう、明け方さ。コインラインドリーにうずくまってた。夜通し歩いて、最後にそこにいたらしい。」 「で、そのキョコタンの上司ってのは?」 「その場で別れた。どうすることも出来ない。」 「その上司ってのは、本当に上司なのか?」 原田たちの会社は、自分の業務に関係のない部署であれば、ほとんど顔を合わせなくても日常過ごせるほどの人数である。恭子も、飲み屋で会う偶然が無ければ、恐らくそのままずっと会話を交わすことも無いくらいと言っても過言ではない。 その上司と言っても、原田が顔を知らなかったのも可能性の低い出来事ではない。 「はあん、上司はキョコタンのストーカーで、キョコタンは恐れているってことか。」 「うん。その上、その上司と関係を持っているらしい。今では無いって言ってたから、関係を持ってた、かな。」 「うそお。で、その上司は確かなのか?」 「うん。今日、キョコタンの部署に行ったら、いた。おれはどうしたらいいんだ?」 「おまえ、どうかしたいのか?」 「おれは、キョコタンを救ってやりたい。」 「そんなメラメラしても、キョコタンはどうなんだ?」 「そらあ、イヤがってるよ。で、おれは引越しを提案したんだ。月末の土曜日に引越しをするんだ。手伝ってくれるだろ。」 「はぁ?随分行動が早いな。ま、手伝わなくは無いが、場所も決まってるのか。」 「がんばったよ、おれ。」 仕事以外での原田の行動力は特筆に値した。実は、キョコタンの為に不動産屋をめぐって部屋を探し出してやったらしい。原田は、そのがんばりに自我自賛している。
恭子の前の職場で一緒だったゆかりは、未だに恭子とは飲み友達だ。よく家に言っては二人でカンビールを空ける。 最近、恭子に男が出来たとかで、付き合いが悪くり、疎遠になりつつある。 が、その恭子から、久しぶりに連絡があった。 ゆかりが受話器をとると、その向こうからはまるで言語にならない音声が聞こえる。ゆかりにはその声の主は恭子だ、と一瞬で分った。だが、電話の向こうでは興奮しているのか、何を言っているのかさっぱりわからない。 「ゆかりいいー。」 「恭子でしょ、落ち着いて、何か起きてるの?」 「ゆかり、助けて。」 苦労してやっと聞き取り、理解できたのはそのひと言だけだった。 「とにかく恭子の元に行かなければ。」 ゆかりの頭の中はそれ一色になった。20分もすれば恭子の部屋に着ける。電話のディスプレイは、恭子の部屋の番号だった。恭子は自分の部屋にいる、とゆかりは確信していた。
恭子の部屋は電気が付いていた。ゆかりは恭子の部屋のノブを回したが、中から鍵がかかっていて開かない。 扉を力任せに叩きながら、ゆかりは叫んだ。 「恭子っ!中にいるんでしょっ!開けてっ!」 ガチャリ。 鍵を回す音が聞こえて、扉が開くと、中から、目が死んだようにウツロになって、顔面の色素がまるっきり失われてしまった恭子が無言で立っていた。それよりも驚愕したのは、恭子の全身に浴びせられたような血の量だった。 「恭子!どうしたの?それ、血じゃないの?」 ゆかりが強引に恭子を部屋の中に押し込みながら入ると、そこに一人の男が倒れていた。右手に包丁を握り、全身が真っ赤に染め上がっている。 ゆかりもまた悲鳴を上げた。
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