加藤は、言ったとおり、言われたとおりに益田のところへ挨拶に行った。当の原田から予定を聞きだすよりも、理性的な益田と話した方が打合せとしてははるかに成立すると思ったからだ。ところが、 「こんちはぁ。益田さん、原田さんから聞きました。引越しを手伝えってんで益田さんの所に来たんですが、どうすればいいんですか?」 「え?おまえも行くのか?ヤツは何を考えてるんだ?」 と、頼りの益田もこんな調子だった。 「原田さんは、何を考えてるのかよくわかんないんで、益田さんの所に来たんですが、二人ともその様子だと計画倒れってことっすかね?」 「原田ンとこに行くから、加藤も来い。」 「あ?はぁ。」 行ったり来たり。この人たちは、一体どれだけおれに無駄な時間を使わせるんだ?加藤は思ったが、そんな事はオクビにも出さずに益田について行った。惚れた女の引越しくらい、手際よくまとめろよ。とはなるべく思わないようにした。
「おい原田、どういうつもりだ?本当に引越し、手伝うつもりか?」 「キョコタンが困ってるのにほっとけないだろう。」 「加藤まで巻き込むつもりらしいじゃないか、それでいいのか?」 「大丈夫だよ。いざとなったら、おれが何とかするから。」 益田と原田の間では、何やら物騒な話まで出ている事を、加藤は聞き逃さなかったが、加藤も楽天的だ。 「何だかよく分らないっすが、引越しで手が必要なら行きますよ。別に何てこた無いでしょう。」 「ほら、加藤もそう言ってることだし。まあ、次の土曜日ね。頼むわ。」 原田は、そう言うとそそくさと帰り支度をしている。 「今日もキョコタンちに行くのか?」 「ああ、見回りしないとね。おれしかいねぇだろ。」 「ゴクローなこって。」 益田は、原田にイヤミを言うと、原田を送り出し加藤に向き直った。 「金曜日にオレのトコに来いや。土曜日になったら一緒にキョコタンの家に行こう。」 「なんか、事情がおありのようですが、やっぱ行くんですか。」 「行きたくはないけどね。」 何も分らない加藤と、どうも話したがらない益田の、チグハグな会話はそこで終わった。 しかし加藤は、原田と同じ独身寮に住む益田の所に前日泊まって、土曜日に「キョコタン」とやらの人の家に行き、引越しの手伝いをする事だけは確定したようだ。
益田は、先週の出来事を思い出していた。 先週のその日も、飲み屋で暴れ回った。酒を飲んで歌を歌って女の子に絡んでバカ話をして、本当に楽しい。最高だ。 もっとも、暴れまわるのは、酒飲んですぐ酔っ払うトラの原田で、益田はそんな原田を尻目にコンコンとグラスを空けるくらいだ。 そこは会社のご用達とも言える飲み屋で、来る客は原田の会社のメンバーがほとんどだが、酒を飲めば、原田にとって先輩も後輩も関係ないのだ。その日も気兼ねなく騒いでいた。 「相変わらずスカして飲んでんなぁ、益田。騒げよ。」 「おれは、おまえが酔えば酔うほど醒めるんだよ。いい加減に帰ろう。」 「こんな宴もたけなわで帰れるかっ!金だってこんないっぱいあるんだ。おれに任せろ。」 「任せろって、おまえ、それ、昨日出た給料全部財布に突っ込んで、それで飲んでんのか?おまえはどうしてそうアホなんだ。」 原田は、宵越しの金など持っているもんかってな勢いで飲んでいる。まったくのバカ丸出しである。 そんな所へ、やけに恰幅のよい女性客が入ってきた。 本社の庶務課に勤務する伊庭だ。ヘヤースタイルも短髪で、男のような迫力を出している。 伊庭を慕う女子社員も多く、アネゴというのを通り越して、肝っ玉母さんのオーラを身に纏っている。 「あ、伊庭さ〜ん。」 原田が入ってきた女性客を見るなり絡み始めた。実は、伊庭と呼ばれた客も原田と同じ会社の大先輩なのだ。 「お〜原田、飲んでるか。」 「もちろんっすよ。いっしょに飲みましょう。」 伊庭は、何やら扉の外側に話しかけると、もう一人女性客が入ってきた。地味な感じの女性だが、顔立ちが整って、育ちの良さそうな雰囲気をかもし出している。とても夜こんな時間から飲み屋に入って騒ごうか、という感じには見えない。 「おっ、二人連れっすか。合コンが出来るぞ。おい益田、喜べ。二対二だ。」 「おまえらは、あたしもカウントするのか?」 伊庭は、自分を分ってるんだか、誇示してるんだか、なんとも言えない発言を原田と益田にぶつけた。 益田も、帰りたい気持を抑えてシブシブ場の雰囲気に合わせるように、水割りをおかわりする。実は、このまま一人でコッソリでも抜けて、寮に帰って寝たかった。
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