ダンジョー号のコックピットは、ゆったりしたスペースの中に、シートが二つ両サイドにあり、デスクの上にパネルとキーボード、ジョイスティックと、シンプルな装備が並んでいる。その両サイドを分断するように角ばった筒状の、ちょうど柱を寝かせたようなアームが前方に伸びている。その部屋は、前方半分が途中で途切れ、その向こうには、宇宙の光景が広がっていた。中から見たら、まるで部屋が半分に途切れているかのような錯覚に陥る。途切れている向こう側は、宇宙が広がっているのだが、光をより強調した景色に見えるのは、画像処理が施されているからで、注意深く見れば、高精度なモニタになっていることがわかる。 その上には、かなり横長のいびつな四角形が左右対称に並んでいるが、リアルな暗さの宇宙の景色が広がっている。ガラスの向こうは、紛れも無く宇宙だ。 分断しているアームは、画像処理された宇宙の中に伸びていき、先にはシートが設置してあった。ダンジョー号の操舵席は、さながら宇宙の中に、一人浮いているような感覚になる。 スタンガードは、そのコックピットのサイドシートで、ひとり腕組みをしながらパネルを睨んでいた。 ハンは、コックピットに入ってくるなり、スタンガードに聞いた。 「どうした?核運んでるってバレたか?」 続いて、クウガが、その事とはまるで関係のない話を同時にスタンガードに切出した。 「おう、スタン、聞いてくれよ。ハンが#405に行くって聞かないんだよ。スタンからも何とか言ってくれ。」 「クウガ、休憩室のモニタで聞いてたよ。それよりも二人とも見てくれ、コレ。」 スタンガードは、二人に向ってパネルを見せた。そこには、異様な物体が映っている。光を反射しない黒い影、一見戦艦に見える特徴、左後方のパネルがむしりとられたようになっている。故障中なのかも知れない。 「距離にして500キロって所だ。どう思う?」 「ひょっとして、核を運んでる船か。後ろの傷は、連邦警察とヤリあった痕じゃねぇーか?」 「恐らくな。縛ってる奴らの仲間だとすると、ここに来るぞ。どうする?」 「う〜ん。良きに計らってくれえ。」 あくまでも、クウガはめんどくさがりだった。
地球から見た月の裏面。すなわち、常に地球の外側を見ている月面には、その土地の利を利用し、地球では蝕に当る宙域の警戒に当るための地球連邦警察の基地が設置されていた。 外洋から入りやすい、ここ、月面のクレーター、ダイダレスには連邦警察艦艇の大型ドックを完備し、先般、被害を受けた「はたご」、「やしち」を補修のため収容している。さらに、発着ポートには、リードが艦長を務める「はたかぜ」が整備点検を済ませ、出航準備に追われていた。 「なんでも、軍の可能性があるって言うじゃないですか。そんなのとまともにやり合って大丈夫ですか?」 「はたかぜ」内、CICで指揮管制システムの整備に当っている技術官が、会議を終えて物思いに耽っているリードに聞いた。 「わからん。なにせ、ジミー中尉が手玉に取られたくらいだからな。だが、月を素通りしていった情報が入っている。補給なしのところで遭遇すれば、勝機はある。」 「ジミー中尉は、あれから部屋に篭りっきりです。ですが我々は信じてますよ、リード大尉が仇をとってくれるって。」 「今回の任務は仇をとることじゃない、あくまでも兵器を輸送してるとしたら、その没収だ。もっとも撃沈する方が危険が少ないがな。」 リードはそう言うと、また顎をなでつけながら、瞑想に耽った。
「間も無く、補給が完了します。システム、エンジン共にご機嫌です、すぐに出れますよ。」 先ほどの技術官がリードに告げた。 「はたかぜ」のシステムはすでに灯が入って好調なうなりをあげていた。 「すぐに発信する。不明船の位置は捉えているか?」 言いながら、リードはパネルに目をやった。担当官が在籍していなければ、パネル上の配置図に赤くポイントされるはずだが、全てのポイントが緑色に点灯していた。回りを見回すと、みな忙しそうに各部署の状況確認をしている。 「ここから、そう遠くないトコです。ザっと4000万キロってとこかな。」 宇宙での距離計測は、天文単位AUを使うが、ことターゲットがはっきりしているときは今だにメートル法でやり取りが行われる。特に連邦警察ではポイントの特定をはっきりさせる為とは言いつつも、実情は古い体質から脱皮できないでいる現実もある。 「了解。」 リードは、一呼吸置くと叫んだ。 「発信する。」 「はたかぜ」は、ドックから一直線に不明船目掛けて飛び立った。
ポイントを決めてしまえば、航行に関してクルーの判断を仰ぐ必要はほとんど無い。不明船の動向と戦術の検討に集中する事が可能なのだ。 「どのくらいで追いつく?火星軌道を越えると、エリア#の勢力圏内に入るから、厄介だぞ。せめてその前で捕らえたいんだが。」 「過程通り#405か#502が不明船の目的地だとすれば、火星、アステロイドが遠日点になりますから、手前で叩けますよ。」 「セントリーは、不明船を捉えてるか?」 セントリーとは、警戒監視、情報収集などを主目的とされた早期警戒管制機で、不明船が中東から打ち出された時から、不明船と着かず離れずの距離を保ちつつ追いかけていた。不明船に関する情報、位置を絶えず地球連邦警察当局に送り続けている。 「画像も順調に着てますよ。その前方の貨物も捉えてる。」 「貨物?貨物、貨物ねぇ。」 リードは何を思ったか、繋がらない情報を必死でまとめるかのように口の中でボソボソと反芻した。 「その貨物の識別番号は?」 「発信してますよ。マッチングデータもあります。」 地球連邦警察では全ての船のデータを持っていて、宇宙を航行する船が発信する識別番号と符合させれば、その船のあらかたの情報が確認できる。 「ゼイムカンパニー社のダンジョー号っすね。なんかヘボい名前だ。呼びかけて退避させますか?どっちみち、不明船は危険だし。」 別になんてことは無い言葉を吐いた技術官は、パネルから目をそらすと、リードに視線を移した。とたんにギョっとなってしまった。リードは目に炎を宿し、一人立ち上がってメラメラしている。 「ど、どうしました?」 「ダンジョー号だとお。」 技術官は、そのワケの分らないリードの気迫と反応に、思わず身をのけぞらせてしまった。 「光速ドライブを発動する。」 運良く、と言うか計画的にセントリーを飛ばしている為に「はたかぜ」の航路に関して計算に必要な緒言はたちどころに手に入った。 光速ドライブに入る前には十分な航路計算が必要だ。「はたかぜ」の進路に、例え1センチ角の氷の粒があろうとも、光速で進む「はたかぜ」と接触すれば大事故どころではなく、水爆100個集めて原爆で撃ち抜いた衝撃なんてものじゃない。加えてドライブ中の「はたかぜ」は制御が利かない。光速なので当然だ。目に入る情報と一緒の速度で動いているのだ。進行方向反対にあるものも前方に見える世界で何も判断する事が出来ない。 そのため、100パーセントの進路上無障害を保証しなければ光速ドライブを発動する事は不可能である。 セントリーが発信する座標情報はそのために有効だ。 コンピューターが算出した座標は、不明船から2000キロ後方。ノーマルドライブの時間も含めて20分もあれば不明船と接触できる。 「これより光速ドライブに遷移します。総員耐衝撃体勢、繰り返す総員耐衝撃体勢。」 「はたかぜ」は、ボヤーっと辺りの景色に光を吸収されたかのように存在が萎んだ。物体が光のスピードを出した瞬間だった。
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