着港したダンジョー号からコンテナが外されると、中から着脱式のいわゆる小型コンテナ、スタックコンテナが取り出された。個別依頼を受けた、エリア#502に運搬予定のコンテナである。ダンジョー号コックピットでは、そのコンテナに何やら装置のようなものを連結している光景が見えた。三人は補給後直ちに出航のため、ダンジョー号にそのまま待機をしていたのだ。 「おいスタン、あれは何だ?」 ハンがスタンガードに聞いてみた。ハンも勿論スタンガードが明確に答えるとは思ってもいなかったが、なにかそんな言葉を切り出さずにはいられない違和感があった。 「おかいしいな、この期に及んで、積荷を増やすってか?」
エリア#502へ運搬する積荷は学術調査用物資となっているが、運搬中も調整が必要な為、コンテナに必要機材をドッキングさせた上、技師一人と、助手二人がこのムーンステーションからダンジョー号に乗り込む事になったようだ。 ハンは、現地積載担当者にくって掛かった。 「聞いてねぇーぞ、そんな話。まぁ機材は百万歩譲って目を瞑ってやるが、そもそも、生き物は運搬できねぇー決まりだろ。技師の先生とかって人も、助手ってのも遊覧船かなんかであとから来いと伝えろ。」 管制塔から、現地積載担当者は内線ごしに反論してきた。 「おれも、わかっちゃいるがね、特例事項だ。伝票も確かにそう流れてる。いい金取ってるんだろ?専務から直接降りてきた物件みてぇーだぞ。」 「専務から直接って、専務がとってきた仕事か?お偉方は、ルールを曲げてまで仕事とってくんのか?節操がねぇ。」 「いつの世も、営業と現場のギャップは埋まらないのさ。最近営業は、どんな無茶な仕事も取ってくる。請負金額がでかけりゃ現場は多少の無理はしろよ、ってな仕事の内容だ。文句を言うんだったら、専務に言ってくれ。不審船がそこらにいて、時間も無いから、先生方お三人さんには、そのまま乗ってもらうよ。」 「食料も載せろよ。」 3人が増えた事で、食料が不足するのだけはゴメンだった。
「あたしも、初めて聞いたわ。ハンたちが出航してから再契約があったみたい。今ダンジョー号にインストールされてるロム・カートリッジは、バージョンが古いわ。」 ハンは、念のためサリナに確認をとったが、会社側から見たら、再契約して、正式な仕事として流れているようだ。 再度、サリナに仕事内容を確認したら、ダンジョー号のロム・カートリッジを見るまでも無く原因を突き止めた。新しいバージョンのロム・カートリッジには、新契約約款と、ダンジョー号を目的地まで航海させるプログラムが納められている。
再契約内容は、ここムーンステーションで、既存搭載のコンテナにラボをドッキング、それに伴う技師たち三人を運搬する事になっている。わざわざ積載担当者がダンジョー号コックピットに来て、再契約のロム・カートリッジを手渡していった。 まったく、営業の仕事の取り方はひどすぎる。計画性も何もあったモンじゃないが、営業と現場のアツレキは、サラリーマン社会において必ずといっていいほど存在するものなのだ。
技師が一人、ダンジョー号に乗り込んできた。白髪の上頭髪の本数が少なく乱れている、眼鏡もちょっとずり落ち気味の冴えないじいさまだった。その怯えた表情と態度が、神経質さとスケールの小さい人間を物語っているようだ。 「は、は、はじめまして。ぜ、ゼンダです。」 見た目じいさんのようだが、言葉遣いは低姿勢だ。スタンガード、ハン、クウガの三人もそれに倣って自己紹介をした。 助手と名乗る二人は、そんなゼンダとはまったく別の屈強な男達だ。名乗る事もせずにギラついた目でダンジョー号に乗り込んでなお、辺りを警戒するように見回していた。 「助手だって言うから、学生さんみたいなのが乗ってくるかと思ったんだが、見るからにおかしな連中が乗ってきたねぇ〜。」 クウガが休憩室に案内した後にコックピットに戻ってくると、ハンとスタンガードに感想を述べた。 ダンジョー号は、もともと輸送船だから客を乗せる気の利いたスペースなどない。これから目的地まで3日間ほどの間、休憩室でガマンしてもらうつもりだ。がしかし、学術調査用装置を積んだコンテナに、作業ビットを取り付け、そこに居住スペースが多少なりともあるようなので、3日間の缶詰仕事だと思えば、あとは会社に任された不運をそれぞれ呪うだけだ。 補給も終了し、速やかに出航したダンジョー号は、急ぎエリア#502への進路へ乗せた。
「あの・・・早速で悪いが、ドズルの調整に入りたいのじゃが・・・」 「あの積荷は、ドズルってのか?ユニックを伝ってコンテナに入れば、手前から、ドズルにドッキングしたラボに入れますよ。案内します。」 クウガは、コックピットから出て、ユニックへの通路を差し掛かったところで、助手の一人を見た。ここで、クウガとゼンダが来るのを待っていたようだ 「みんなでラボに行くの?」 クウガはあくまで、のんびり見かけた助手に向って聞いた。 それと同時に、背中に当る固いものを認識した。クウガの背中には、もう一人の助手と名乗った男がクウガの背中に何かを押し付けている。 「騒ぐんじゃねぇーぞ。これからこの船は、エリア#405に進路を取る。コックピットにいる二人に、そう言え。」 両手を挙げながら、クウガはその背中の男に聞いた。 「ほう、輸送船ジャックかい。よく武器を持ち込めたな。まったく検閲は何をやってんだ。」 言った瞬間、クウガは首筋に鈍い激痛が走り、壁に向って吹っ飛んだ。 「ゴタクを並べてねぇーで、早いトコ進路を言われた通りにとらせろっ!」 吹っ飛ばされたクウガを、もう一人の助手の男が蹴り上げた。 「グェっ!」 首筋を棍棒で殴られたうえに、横っ腹を思い切り蹴られ、一瞬クウガは呼吸困難に陥り、むせた。 とっさにゼンダがクウガに駆け寄り、二人の助手に向って叫んだ。 「待てっ!乱暴はするなっ!ドズルがエリア#405に着けば目的は達成されるはずじゃろっ!」 「口答えせずに、先生はラボへ行って、ドズルの調整に入ってくださいよ。エリア#405ではお嬢さんがお待ちですよ。」 「孫達の無事を保証しろ。それが先だ。」 「先生もここまで来たんですよ、それとも、この男のように力ずくにでもしないとドズルを動かせませんか?」 「くそお。」 ゼンダは、クウガを抱き起こしながら歯噛みした。 「さて、まずは進路を変更するんだな。エリア#405へ。」 うずくまって、咳き込んでいたクウガは、何事もなかったかのように立ち上がると、助手の一人に向き、またも聞いた。 「おまえら、先生の孫を人質にとった後、またおれを人質にとってこの船の針路を変えるって魂胆か?」 確かに首筋に棍棒を叩き込んだし、蹴りもクリーンヒットした。実際に、ここで苦しそうに体を丸めて倒れていたではないか。それなのに、この男はケロっとしてこの状況を分析している。助手二人はこのクウガを見て一瞬ひるんだ。が、すぐに一人が棍棒をクウガ目掛けて振り上げた。 同時にゼンダが叫んだ。 「やめろっ!」 助手の男は、ゼンダの悲鳴を聞いたのは、明確な記憶としてあるのに、次に見たものは通路の廊下だった。自分は廊下に倒れている。記憶が一瞬飛んだ。体中に激痛が走っている。もう一人の助手に目をやると、助手は振り回していた棍棒の動きが止まり、その顔面にクウガのケリを文字通りメリ込ませているところだった。 「こ、こいつ、何者だ。特殊部隊であるおれ達を・・・」 激痛を圧しながら、クウガに向って棍棒を構えた。助手は、戦う事を本能にまで刻み付けられたコマンドーである。肉弾戦においても負けは許されなかった。しかも先手を取って背後から襲った相手だ。 「このっ!」 助手を名乗る男は、掛け声と同時に棍棒を振り上げ、プロのスピードを見せ付けるほどにクウガに向って撃ち下ろした。 クウガは、涼しい顔でその男に向かい体を傾けると、スルスルと男の懐に入っていった、と思ったら、左足を軸に体全体を回転させ、右足のかかとを男の右肩に当てた。ゼンダは、クウガのあまりにも緩慢にして的確な身のこなしを唖然として見るばかりだ。 次の瞬間、男から、断末魔のような悲鳴が搾り出された。 「おおおお、き、きさまっ!」 男の右腕は、異様な角度に曲げられた上に、肩は伸びきってしまっている。肩甲骨から上腕骨の上腕骨頭にかけて、すなわち肩関節部分が粉砕されてしまっていた。 ゼンダは、そんなひざまずき、倒れていくコマンドーの後ろに人の気配を感じた。 「で、#405に行くってか?」 背後にいつの間に立っていたのか、ハンがゼンダに向って聞いた。 「人質がとられてるんだろ。どういう経緯か知らねぇーが、聞きだすために棍棒一発と蹴り一発サービスしたんだ。面白い所に連れてって下さいよ、ゼンダ先生。」 ハンは、いたずらっ子のようにニヤっと笑った。 それを見て、首をさすりながらクウガがハンに向って言った。 「おいおい、サービスしたのはおれだ。めんどくさい事はゴメンだよ。」 ゼンダは、新たな身の危険を予感して身が震えた。
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