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作品名:ファング・プライズ 作者:Sita神田

第17回   絶望の隔離部屋
「はたかぜ」は、無残な姿のエディ隊のベン機を収容するのが精一杯だった。黒の不明船まで、とても手が回らない。
「ちきしょう、ヤツら許せねぇ。何が何でも撃沈しないと気がおさまらねぇ。」
格納庫では、ベン機のハッチをこじ開け、コックピットに横たわる変わり果てたベンの姿を見て、ヘンリーは歯噛みした。
リードは、回りを見回すとうなだれてひと言詫びた。
「みんな、すまない。だが任務は遂行中だ。我々は黒の不明船を追わなくてはならない。」
「ああ、ベンの仇だ。アステロイドの連中もまとめてしょっ引いてやる。」
「はたかぜ」は一致団結して黒の不明船に闘志を燃やした。
リードは、格納庫から内線でCICへ連絡を取った。
「黒の不明船の位置は捉えているな。直接追うんだ。アステロイドベルトに突っ込んでも構わん。」

火星の外周を回る、32万個あまりの岩の塊たち。数から言ってもこの小惑星帯と言えば、ゴツゴツした岩がひしめいていて、宇宙戦艦が迂闊に突っ込めば大変危険、といったイメージがあるかも知れないが、実際の小惑星帯と言えば、小惑星と小惑星の間隔は、地球から火星までの距離を倍にしてなお、届くか届かないか程の距離がある。
リードの言うアステロイドベルトの軌道に船を入れることの危険は、自然の驚異そのものよりもそこに巣食うエリアの存在と海賊の存在による。
武装集団の海賊たちに対抗する為、エリアもまた武装し、互いに研鑽しあった結果が、地球近宙にいるヤワな武装集団とは及びもつかないような、兵器技術と戦術を兼ね備えた戦闘国家となっているエリアも存在するほどである。
加えて、地球近宙ではまだまだ珍しい光速ドライブは、アステロイドベルト宙域では当たり前の技術である。それなしでは移動もままならないため、当然のことのようにあの危険なドライブを賊が操るのだ。
事実、外洋で腕を磨いたであろう、黒の不明船に連邦警察の戦艦が、良いようにあしらわれている。
「はたかぜ」のクルーの中でも、このままアステロイドベルトに行くならば、その中で初陣を飾る者もいるくらいに、連邦警察にとっても十分特殊な宙域である。
「はたかぜ」は、再度黒の不明船を追った。もう兵器の没収などと言ってはいられない。ヤるかヤられるかのガチンコ勝負である。

リードも艦長席に着くと気を取り直し、不明船の状況と我が艦の状況を再確認した。
「ところで、大尉が気にしていた民間の貨物なんですが、どうした事か突如として黒船の前から消え去ったんですよ。こんな事ってありますかね。」
「民間の貨物って、ダンジョー号のことか。」
リードは、過去2回ほどダンジョー号に遭遇していた。そしてその時の率直な感想を言えば、「わけの分らない船」と言うことになる。そしてその時に思った。
「この船には関り合いになりたくない。」
と。
戦艦である黒の不明船が、突如民間の貨物船を襲ったこと、その貨物船が目の前から消えたこと、そして恐らくどこかにその貨物船が無事でいるだろうこと、全てがあの貨物船にあっては、それを知るリードにとって不思議な事ではない。
むしろ不思議なのは、ケンカを仕掛けていって今なお無事な黒船の方だ。
「なぜ黒船がダンジョー号にケンカを売って、そのケンカをダンジョー号が買わなかったかだ。」
リードは、顎を手で摩りながら考えると、閃くものがあった。
「光速ドライブに入る。着地点は、小惑星アイダ直近。エリア#502と#402の間に出れればうまい。」
「直近は無理ですね。航路内に障害物がたて込んでる。アイダから4万キロは離れます。」
「十分だ。着地したらホッパー射出し、ダンジョー号の識別信号を拾え。」
「了解、航路計算します。」
技術官が計算を始めた。が、計算している最中にその技術官がリードに聞いた。
「でも、どうしてダンジョー号を探すんですか?我々の目的はあくまで黒船じゃ。」
「ダンジョー号も黒船も同じエリアに行くんじゃないかと思ってね。黒船もダンジョー号も、2艘とも常識外の行動を取った。もっともダンジョー号が逃げるってのは一般的には常識だが、おれにとっては、はなはだ非常識なモンでね。」
「ダンジョー号ってのは何者なんですか?データからじゃ大尉が何を考えてるのか分りませんが。」
「今に分る。気合入れていかんと、そのダンジョー号とも一戦交えるぞ。」
「はぁ、貨物船と戦うのに気合ですか。」
「ああ。」
リードは、自分の予想が外れてくれる事を祈った。


ヴぅぅぅー。
全体的にうなりを上げている部屋に50人近くいる。なんとなく薄暗く、部屋の明かりを保っているのは、20台あるモニタの光だ。
ある者はモニタを覗き込み、ある者はプラットフォーム上のマシンのパネルを開いたり、結線をしたりといった作業に従事している。
部屋にいる者の大半の人数が戦闘服に身を包み、武器を肩から提げていた。他の者は私服であるが、働いて見えるのは私服の者だけである。明らかに、戦闘服の連中に私服が強制労働させられている構図である。
「お嬢さんは、交渉失敗したのだろうか?」
プラットフォームで、マシンを覗き込むために屈んでいた私服の一人が、隣にいたもう一人の私服に話しかけた。
「何も動きがない。察しろ、お嬢さんだって気丈に振舞ってるが、ゼンダ博士が連れ去られてから睡眠も食事もロクにとっていない。」
「そうだな、ゼンダ博士の弟子とは言え、その前に孫だ。そら心配だろうな。」
「おれ達も、#502では家族が監視されてるらしい。一体この先どうなるんだ。」
それらの会話から、二人の絶望感がわかる。それは、私服を着ている連中全体の絶望でもある。

部屋の片隅で、唸っている者がいた。もう2日も寝込んでいる。
この男、2日前に戦闘服の一人にクレームを出した。
「この騒音の部屋の中で24時間働かせられたら気が狂う。せめて休息くらい別の部屋でとらせろ。」
「それは、お偉方に言うんだな。おれ達は、オマエらを管理するだけで、そんな決定権は無いんでな。」
「おい、見張りだけ3時間ごとに交代で、おれ達は奴隷か。ふざけた事言ってないで、おまえの言うお偉方にそう伝えろ。」
全て言い終わる前に、私服は戦闘服に殴られ、蹴られた。
「おいおい、おれ達はおまえらの召使じゃねぇんだ、うるさきゃ耳でも塞いでろ。それとも耳を潰してやるか?」
そう言うと、再び顔面に、持っていたショットガンのストックで、私服の顔面を強打した。

「あいつも、医者に見せないとマズいぞ。」
「だが、ヤツらに言ったところで、おれ達もああなるのがオチだ。ここはお嬢さんに任せるしかない。」
何を言い出したところで、恐怖と絶望に支配されたこの部屋には、言われるがままに自分たちは動くしか無かった。


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