ユキは、テントに避難している何人かに同行を求めたが、誰一人ついて来る者はいなかった。佐渡ですら、 「わたしも、ちょっとお腹の調子が、あっ。」 そう言って、トイレットペーパーをもって、人気の無い草っぱらに隠れてしまった。 「まったく、どいつもこいつも意気地が無いもんだ。結局あたしたち二人で行く事になっちゃったね。」 「おれはロボットだ。」 「ん?何よ。」 「惚れるなよ。」 「せめて、その口だけでも破壊するぞ。」 彼氏いない歴の年数を着実に積み重ねていようとも、ロボットとお付き合いするほど落ちぶれちゃいないし、落ちぶれたくもない。 「冗談だよ。いちいち過剰に反応するなよ。しかも口わりぃーぞ、おまえ。」
二人は、森を抜けて湖の畔に出た。 「ここを飛び越せば、ネットワークの通信圏内だ。本当にユキも行くのか?」 「ここまで来て、本当に行くのかも無いでしょう。それにしても、あんた、あたしが気絶してる間に、こんなトコまで飛び越えて来たの?」 「気絶じゃなくて、寝てたぞ。寝言言ってたもん、ボートに転がしてた時に。」 「なぬっ?何言ってた?あたし何寝言こいてた?」 「食わせろ、このやろ、って。寝言聞いて、店まで食べ物取りに行った。ユキは、寝言でも口わりぃ。嫁に行けねぇーぞ。」 「大きなお世話だ。頼む、ロボットらしく、寡黙にシリアスにこの状況を乗り切ってくれ。」 「なんだよ、自分の言った寝言聞いたから答えたんだろ、人間らしく真摯に受け止めろ。」 「ひと言多いんだ、おまえはっ!て、聞いてるのか?」 怒りまくっているユキを尻目に、マモルは、隠しておいたボートを岸辺から取り出し、早くも乗り込んでいた。 「じゃーねぇ〜。」 なんと、マモルはボートに一人、というか1体で乗り込むと、対岸に向って漕ぎ出していた。 「くぉおらあーっ!あたしを置いていくなっ!戻れっ!」 ユキが叫ぶも虚しく、マモルのボートは対岸に着岸し、マモルは崖を飛び越えて行った。
テントの中では、佐渡たち数人が集まり、これからの身の振り方を話し合わねばならないのだが、その前にユキだけにマモルを押し付けたことを後悔していた。 「やはり、女の子一人に押し付けたのは、ちょっとマズかったな。おれたちは腰抜けになっちまう。」 「まぁ、圏内に入ればロボットたちが襲い掛かってくるのは当然ながら、あのマモルってのも狂っちゃわないとも限らないからな。」 「マモルが狂っても、なんとかなりそうだけどな。大人2、3人で抑えれば、おとなしくなるだろうがな。」 佐渡は、この発言を聞いても、特に何のコメントもしなかった。仮に、マモルが狂って帰ってくれば、真っ先に逃げ出そう、と思ったくらいである。 そこへ、ユキが息せき切って駆け込んできた。 「マモルに図られたっ!あいつ、一人で圏内に入って行きやがったんだ。」 「おお。今お嬢ちゃんの噂してたんだよ。マモルに置いて行かれたんだったら、危険な目に合わなくてよかったね。」 頭にも髭にも白髪が混じった恰幅のいいおじさんが、ユキを見るなり安堵した。 「問題の着眼点が違うだろ。あたしゃ、マモルを守りたいんだ。狂って欲しくないんだよ。」 「そうは言ってもねぇ。圏内に行ったら、それこそ何が起きるかわからんのだよ。」 佐渡は、意を決したように、自分のひざを叩くと、ユキに話しかけた。 「よしっ!その意気やよし。不肖、この佐渡作蔵も一肌脱ごう。」
マモルは、ロボットによって殺されてしまった人が放置されている街を歩いていた。 「いやいや、ひどくなってるなぁ。」 道に放置され、動かなくなっていた盲導ロボットのカメラアイが、ギロリとマモルに焦点を合わせた。と途端に、道に違法駐車してあった車、乗り捨ててあった車が、無人のままマモルに向って突進してきた。マモルは、突進してきた車に向って走り出すと、衝突するスンデのところで飛び上がり、ボンネットを蹴ってもう1台の車の屋根に飛び移った。車の中に乗り込むと、助手席を力任せにはずす。そして助手席の下から弁当箱ほどの金属ケースを取り出し、車のコントロールユニットである。中の結線を2本はずした。 すると、マモルが乗っていた、今まで暴走していた車は、Uターンをすると、今、マモルがボンネットを蹴った車に向って走り出し、その横っ腹に正面から突っ込んだ。 どこからふって沸いたのか、介護用のロボットが3体、マモルの乗った車に取り付いていた。マモルは、襲いかかってくるそのロボットを払いながら、走っているその車の外に半身を乗り出すと、そのままその車の屋根に上り、手近の建物の屋根に向って飛んだ。 屋根に上ると、500メートルほども先の建物の屋上に、鉄塔型のアンテナが見える。 「ここでいいか。」 言うなり、目を瞑り、一瞬でまた目を開いた。開いた目は、赤く発光していた。
「戻らなきゃダメだな。あそこに防犯カメラがある。」 佐渡は、声を潜めてユキに言った。 「戻ったら、あそこに介護ロボットが置いてあったよ。あいつに見つかる。」 「だとしたら、そこの崖を上ろう。崖を上って林の中を行けば、ロボットはいないだろう。」
高齢化社会に対応したハイテクとして、介護ロボットの数がやたら多かった。ずっと昔に社会問題になった少子化問題により、身寄りの無い年寄りが大いに増えた。その打開案としてロボットに体の不自由になった年寄りの面倒を見させると共に、年寄りが装着する事で、一般の若者が楽しむスポーツすら年寄りが楽しめるようになった。杖をついて歩く年寄りも、装着型介護ロボットを装着する事で、自由に買い物にも行けた時代だ。 ほとんど、年寄り一人に1台、この介護ロボットを所有しているし、年寄りによっては、その時々、場所場所に合わせた介護ロボットを使い分けるマニアまでいた。 重量物を運搬するロボット、道路を工事するロボット、防犯ロボット、と町にはロボットが溢れかえっているし、人を運搬する車がすでにロボットになっている。 無人のその車は、路地で手を上げた人間を見つけると、寄ってきて扉を開き、人間を中に促す。目的地を言うと、走り出し、そこへ連れて行ってくれるのだ。 「今日も、巨人負けやしたぜ、お客さん。まったく連敗はいつまで続くんでしょうねぇ〜。」 「あ?このまま、ずっと続いて欲しいよ。あと、中日ね。」 「おっと、お客さん、阪神ファンでしたか。アニキはホレボレするねぇ〜。」 などと、世間話まで付き合ってくれる。 これら全てのロボットが、ecoプログラムを擁したマザーブルーに接続されているのは言うまでも無い。人間は、そのおかげでCO2排出量など気にせず、高効率にロボットを稼動させる事が出来るのだ。
だが、このようなロボット社会の盲点が今回の天変地異によってあっけなく露呈した。全てのロボットが人間に牙を剥いている。ロボット1体に見つかったら最後、全てのロボットが執拗に抹殺しに追いまくる。 マザーブルーに接続されたシステムは、ロボットはおろか、工場、インテリジェンスビルに至るまで暴走の徒と化していた。工場では、生産ライン上の生産ロボットが人間を襲い、インテリジェンスビルは、出入り口のシャッター、扉を固く閉ざし、人間を受け入れなかったことは勿論、全ての機能をストップさせている。 ユキたち人間は、実情もわからず、こうした被害者が何人いるのかすらわからずに逃げ回っているのだ。 ユキと佐渡が向っているのは、佐渡が教授の仕事に就いている大学である。取りも直さず、マモルの生まれ故郷でもある。
「やっとここまでたどり着いた。」 大学の中にも被害者が、そのまま放置されていた。なんとも痛ましい。 「なんまんだぶ、なんまんだぶ。」 ユキは、もうここに来る頃には、そんな情景に慣れてしまっており、そんな自分が恐ろしくもあった。 「あそこの出入り口に防犯カメラがある。あそこを超えて研究棟に入れば、そんなに大型のロボットは無いはずだ。」 「ここまで来て、肝心のところに防犯カメラかよ。ぶっ壊しますか。」 「走り抜けよう。襲い掛かるロボットは、裏手においてある車がほとんどだ。来るまでに2階まで上れれば、車は階段を上がれない。っておいっ!人の話は最後まで聞けえーっ!」 ユキは、佐渡の説明を最後まで聞かずに、出入り口に向って全速疾走していた。 ウィーン。 裏手に複数の車のモーターが回りだす音が聞こえた。佐渡は、慌ててユキの後を追うように走った。もう命がけだ。 2人は2階まで階段で上ってきて、息を切らして休んだ。車のモーター音がロビーで聞こえた、と思ったら、 ガガガガガ・・・ なんと、車は階段を昇り始めている。 「6階だっ!6階まで走れえ〜。」 ユキは、ものも言わず階段を駆け上がった。実は、しゃべれなかったのだ。 「くそっ、ダイエット止めて鍛えよう。」そう思っただけだ。ここでしゃべろうもんなら、呼吸困難で死んでしまう。 2人は命からがら6階までたどり着くと、佐渡の研究室を目指して走った。佐渡は昔ながらの鍵をポケットから出すと、扉のノブに押し込もうと思ったが、手が震えてなかなか押し込めない。 「えええい、じれったいっ!」 ユキが鍵を取り上げたと思ったら、鍵穴に鍵を押し込み回した。ガチャリ。扉が開き中に入る事が出来た。 2人は急いで中に入ると、扉を勢い良く閉め、中から鍵を閉めた。 「あんた、度胸あるねぇ〜。」 「先生、あんた男でしょ、しっかりしてよ。」 ユキのハッパは、悲鳴にも似ていた。
ヴヴ・・ 耳障りな低周波の音が佐渡の研究室全体に鳴り響いていた。奥に入ると、2メートル四方程度の水の入った水槽があり、中にスライム状の緑色の物体が沈殿している。そのスライムを何層にも分けるように、電極版のようなものが、幾重にも沈められていた。どうも、この水槽から音が聞こえるようだ。水槽からは、太いケーブルが3本、沈められている電極から、水槽の外にあるトランスのようなドラム缶のような物体に飲み込まれている。そのドラム缶からさらにケーブルが3本、その後ろのパネルに設置された装置に結線されていた。そのパネルでケーブルが無数に分配され、それがそれぞれ、モニタ、マイク、スピーカーに繋がっている。 「これは何なの?」 「これは、マモルの頭脳の一部だよ。」 「えっ!?これがマモル?」 「そう。パーセプトロン。マモルが半径2km以内にいれば、こいつはマモルと共振して、マモルの頭の中身が見れるし、通信できるってすんぽうよ、どうだ、恐れ入ったか。」 「うん、恐れ入った。あんた、ただのオヤジじゃなかったんだ。でかしたっ!」 「マモルは、あのテントから直近のネットワーク圏内でマザーブルーに接続しようとすれば、この大学からもそう遠くないはずだ。運良く2km以内のところにいてくれれば、マモルと話をする事も出来る。」 「やったー、佐渡っ、あんたはエラい。」
ヴィイイーーン。 さっきの車のモーター音がすぐそこで聞こえてきた。もうこのフロアまでたどり着いたのかも知れない。 「佐渡ー、早くマモルを呼び出してくれ〜。」 「合点だ。」
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