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作品名:ユキとマモル 作者:Sita神田

第1回   闇の中のパニック
建築面積5万平方メートルを超える、巨大な国際見本市で、毎年開催される国際ロボットショー。
世界中のロボットメーカー、電子メーカー、自動車メーカーなどがこぞってロボットを出品し、ロボット、地球環境、そして人間社会のよりよい未来、明るい未来をきらびやかなメーカーの宣伝と共に見せてくれる。
二百万人を超えるのべ入場者数を擁するこのロボットショーの、今年の最大の見ものは、マザーブルーの演算性能を95パーセントも引き出せるアッセンブリユニットを搭載したロボット。
このロボット、ブラッキングプリンは、そこらに出展してあるモックアップ製品とは違い、ほぼ完成されたユニットで動いている。
「プログラミングをする事により、また、御社の工場のシステムと接続する事により、CO2排出量を極端に抑えた上に、生産や稼動の効率を100パーセントに近い状態にもっていく為に、自ら活動していくロボット。」
100人からの群集を収容する事が出来るブース一面に、鳴り響く説明。
「経済効率、生産効率を飛躍的にアップする事に一役も、二役も担ってくれることでしょう。」
巨大なスクリーンを前に、キラビやかなプレゼンテーションをブチたて、眩しすぎて、まつ毛もホラこんなに伸びちゃった、みたいな未来を、無責任に予言しちゃってまぁ〜す。ってなおねえちゃんが、男の好奇心を刺激するようなコスチュームに身を包み、スポットライトを浴びながら説明を繰り返していた。
壇上のブラッキングプリンは、
「わたしは、マザーブルーに接続し、そのスペック95パーセントをロードする事ができます。納品されたその日から、ワークの効率化をはかることができ、大変便利です。」
と、まるで人間がしゃべっているような滑らかな言葉で自分を売り込んでいる。

「すごいねぇ〜。」
ダイスケは、となりのススムに話しかけた。
「ああ。あのコンパニオンのおねーちゃん、ヘソまで見えてたぞ。アップで撮っちまったよ、ラッキー。」
「さっきのブースのコンパニオンは、パンツ見えてたぜ。」
「え?見逃した。言って、くれよおお、その時によお。」
ススムは、身をよじって残念がった。
「それはそうと、マザーブルースペックの95パーセントを活用できるロボットだとさ。世の中、大したモンだねぇ〜。」
通常、インターネットに接続されたユニットは、マザーブルースペックの30パーセントも発揮できれば、かなりのハイスペックユニットなコンピューターを搭載したロボットであり、自動車であり、工場である。それが、今回のロボットショーでは、いきなりスペック95パーセントのコンピューターを搭載したロボットを出展してきた。
「実際は、100パーセント効率のユニットを積んでる、って話だぜ、あのブラッキングプリンってロボット。」
「ふーん、100パーセントマザーブルーを活用すると、どうなるんだろうな。」
「噂では、神になれるって、どっかの記事に出ていたぞ。あくまでも噂だけど。」


マザーブルー。これまで膨大なデータと、それを扱った計算により、他のどんな考察も追随する事が出来ない、地球環境問題について凝縮された巨大コンピューターであり、ソフトウェアである。
すべての工業機械、自動車、家電製品はもとより、大型工場を動かすコンピューターにまで、インターネットに接続する事で、このマザーブルーの地球環境問題に関する、膨大なデータと、演算処理能力を活用する事が出来、その場で適正なecoの為の算出値によってタスクを実行する事が出来た。
接続された工業機械や、類似する機械は、さらにエラー値や、その時々の自然値などをマザーブルーに送信し、蓄積される事によって、さらにecoに対する演算の精度を上げるという、まことに画期的な地球環境問題に順応したシステムを、人間は構築したのだった。
躍起になって、地球温暖化を問題視し、CO2削減を声高に叫んでいた時代は、もう過去のものとなった。
さらに高齢化社会に対応した、介護ロボット、医療ロボットがごく当たり前のように稼動し、今、世の中は、コンピューターと、ロボットの技術によって、理想的な社会に生まれ変わろうとしている。

介護に関しては、ロボットといえども、まるで、都会に出稼ぎに行ってしまった、心優しい息子に介抱されているかのような、また、ちゃきちゃきのお転婆でいながら、体の不自由なお年寄りをホっておけない、心優しい娘に介抱されている錯覚に陥るような温度と感触を楽しめるタイプ。そう、まるで人間の肌と体温を持ったロボットまでもが登場し、人気を呈していた。
当然ながら、マザーブルーに接続され、環境を常に意識しながら自分たちを稼動させている事は言うまでもない。


「ユキ先輩、お疲れさまです。」
コンパニオン用のロッカールームに帰ると、仲間のコンパニオンが話しかけてきた。いつものジーパンにティーシャツと違う、ヒラリとしたワンピースを着ていた。あからさまに、今晩は家に帰るだけじゃねぇな、コイツ、と思えるいでたちだ。
「ああ、テレサ、お疲れさま。もう着替えたの?早いね。今日はこれからデート?」
「鋭いですね〜。これからザギンに行くんです。彼の誕生日なもんで。」
「あらそう。彼氏におめでとうって伝えておいて。」
「ありがとうございます。」
「そんなワンピースなんかより、こっちのコスチュームで行った方が、彼氏は喜ぶんじゃない?」
「そうそう。あたしなんか、商品説明の最中に、客にヘソ撮られました。マニアに違いないわ、あいつら。」
「あたしもヘソの写真撮られたわ。年々、メーカーの方も、コンパニオンのコスチューム、エスカレートするわねぇ。来年は、トップレスになるそうよ。」
「ええええっ?本当ですか?」
「冗談。」
「トップレスになったら、私、職失うわ。」
「あはは、さあ、あまりおしゃべりしてると、彼氏を待たせるわ、それじゃ、後はやっておくから早く行きなさい。」
「すいませえん。それじゃ、お言葉に甘えて、失礼します。」

ユキはコスチュームから、冴えない普段着に着替えると、先ほどのブラッキングプリンが展示されるブースに戻った。
ロボットショーは、開会時間を過ぎたと言っても、日中の人ごみとは違うが、それなりに賑わっていた。ロボット技師によるメンテナンスと、明日の準備だ。
そっちこっちのブースで何人もの技師たちが、自分のメーカーのロボットやシステムをいじり回していた。
ユキは、ブラッキングプリンの説明をした際に、ブラッキングプリンのコントロールチップを首に下げたまま、忘れてロッカールームに入ってしまった。そのコントロールチップを返すためと、明日は、開会時間早々ユキが壇上に立ち、このブラッキングプリンを説明しなければならない。その準備のつもりでブースを覗いたが、なんとなく不穏な空気が流れている。
「部長、」
「ユキちゃん。ヘソが出てなくても、キレイだね。」
ユキは、「お世辞がうまいですねぇ。」なんて言わなかった。なぜなら、キレイなのは、お世辞でもなんでもなく、見たままのユキだからだ。均整のとれたプロポーション、意識して大きくはっきりと作られたかのような目。男を魅了する為につけられた口と、それらを収めるには小さすぎる印象さえ持たせる顔、全てを調和させて美しいと感じさせる美貌が、ユキの自慢だったし、男への人気はうなぎ登りだ。
でも一応、処世術として、照れて見せて、男を魅了する態度もユキは忘れない。
「そんなあ、残業する部長も、ステキですよ。ホレボレしちゃうン。」
しかし、この美貌とは裏腹に繰り出される、頭の軽そうな発言が、哀れ、ユキの彼氏いない歴に着実に年を積み重ねていくのであった。
ユキのテンションから、早くも脱落した部長は、状況を説明する前にユキに言った。
「ユキちゃん、明日のレセプションは中止になるかも知れない。」
「何かあったんですか?」
「いやね、このブラッキングプリンにバグが見つかってね、今代わりのマシンを搬送してるんだが、さっきの連絡で、代わりのマシンが逃亡したって言うんだよ。」
「へ?ロボットが逃げたって言うんですか?このブラッキングプリンが?」
ギャグかと思った。ロボットがランナウェイ。ユキは想像して、思わず笑ってしまった。
そんなユキの想像をよそに、部長は、部下を呼んで状況を確認している。
「川崎、ブラッキングプリンはどうだ?コイツは明日、なんとか壇上に上げれるくらいにならんのか?」
川崎と呼ばれた男は、モニタから目を離して部長を見て、眼鏡を神経質そうにこすり上げながら答えた。
「いや、わかりません。ブラッキングプリンのシステムが暴走してます。今マザーブルーと切り離して、試験環境での稼動を試していますが、電源を入れた途端にシステムが接続されます。」
「川崎、言ってる事がわからんぞ。」ユキは川崎の、そのカマキリのような顔を見ながら思った。川崎は、また、ずり下がった眼鏡を神経質そうにこすり上げた。

それは瞬間的に訪れた。会場が、地獄の中に叩き込まれたかのような闇に包まれ、一瞬静寂し、ユキの目の前も真っ暗になった。
「どうしたの?停電か?」
すぐに会場の中がざわついた。悲鳴を上げるものもいる。
「バックアップをとっておかなかった。損害賠償もんだぞ、これ。」
ソフトウェア自体までもここで組んでいたブースもあり、突然の停電のために、それまでの作業がパァになった者までいる始末のようだ。
「ちょっと、部長っ!今私のお尻触ったでしょっ!」ユキは、自分の尻に覚えた感触を、防衛本能が働いたのごとく叫んだ。
「冤罪だ。おれはそんな事しとらん。」
「嫁入り前の娘なんですからね。」
なんか、企んでるのか?この女、とまで考えている余裕は、部長ほかその他の技師たちにも無かった。この停電のために、明日のロボットショーが開催できなくなる可能性すらあるのだ。
そんな会場内のパニック状態の最中、明かりが点かないのに、出展されているロボット、システムたちの灯が点った。動き出したのだ。
「あ、ブラッキングプリンも点いた。」
「ぐぇっ!」
川崎の悲鳴と共に、人らしいものが吹っ飛んだ気配をユキは感じ取った。
「ぎゃああーっ!」「うわーっ!」
真っ暗な会場の至る所で悲鳴が上がった。何が起こったのか、さっぱりわからない。身の危険を感じたユキは、本能的に身をかがめると、恥も外聞も無い、四つん這いになりながら、すごいスピードで出口を目指した。
「なんなんだ?こいつらは。」
真っ暗闇に慣れてきた目と、かすかに灯る、モニタやシステムのゲージランプに映し出された光景は、出展されたマシンどもがその技師たちをちぎっては投げ、ちぎっては投げしている姿だった。
もう、何が何だかわからないまま、ユキは出口から会場を後にしたが、廊下の中もパニック状態だ。逃げ惑う技師たちをロボットたちはケンカを売っては勝利を収めている。生身の人間がロボットやマシンにかなうわけがない。
「い、一体、何なんだ?これは。」
ユキは光景を見ながら恐怖に体を硬直させた。
「逃げるんだっ!」
非難口誘導灯の緑色のランプに照らし出され、介護用ロボットの影がユキに向って走ってきた。そのロボットは、ユキの目の前で吹っ飛び、代わりに男が立っていた。
「助けてくれたの?」
ユキは泣きながら男に視線を向けると、
「会場の中のシステムが狂いだした。マシンたちが暴走してる。真っ暗闇でどうなってるかわからんが、ここは一発逃げるに限る。それじゃあ、幸運を祈るっ!」
男はそれだけ叫ぶと、ユキを見捨てて、とっとと自分だけ出口に向って廊下を走り出した。
「ちょっとっ!」
ユキは男に向って叫んだ。
「せっかく助けてくれたんだったら、最後まで面倒みてよっ!あたしも連れてってよっ!」
「みんなが逃げてる方向に逃げろっ!それしか言えんっ!」
「あんた、こんな美人を置いて、自分だけ助かろうとして、恥ずかしくないのかっ!?それでも男かっ!?」
「うっ、後ろからロボットが来るぞ。早く走れっ!」
「ぎゃーっ!」
暗闇の中で、得も知れぬ恐怖だ。そこら辺は、耳を劈く悲鳴に混じって、かすかなモーター音が不気味に鳴り響いていた。パニック状態になっている。
ユキは、叫んでいる男に向って全速力で走った。とにかく逃げなければ、逃げなければならない。


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