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作品名:建設業サラリーマンの冒険 作者:Sita神田

第9回   東京へ急行だ
カクナカ東京支社。
加藤が、自席についてパソコンで書類を作っているところへ岸部がやってきた。
「ちょっと頼まれて欲しい事があんねんけどな。」
「なんでしょう?やりますよ。」
「四本商事に見積届けて欲しいねん。坂本さんが地図持ってるからな、調べて行って来て。」
「お安い御用で。」
加藤は、岸部から書類を預かり、中を確認した。
「この見積、社版も打ってないようですけど、このままでいいんですか?」
「打っといて。危なかったなぁ。気難しいおっちゃんやから、加藤君なりに書類、チェックしといて。」
なんとなく、嫌な予感がよぎったが、そのまま社版を打ちに3階に上がった。この頃には、加藤もだいぶカクナカに慣れていた。出向した当初、存在に気がつかなかった3階も、今では自由に出入している。経理部門があり、加藤より若干年長の白川と言う部長が取り仕切っており、さらに年長者の気立てのよい女性が実務を執り行っていた。宮川と言い、カクナカには、だいぶ長くいるらしい。加藤によくいろいろ教えてくれたりした。
もう一人、木内という若い女性がパソコンに数字を打ち込んだりしている。
白川の席にもパソコンが置いてあり、白川はパソコンで分らない事があると、よく加藤に聞いていた。主に表計算を使っているようだ。経理の特性上ごく当たり前のことだ。

加藤は、3階の扉を開くなり、白川に言った。
「すいません、社版を打ちたいんですけど。」
白川は加藤に答えず、隣にいる宮川に言った。
「宮川さん。社版打ってあげて。」
宮川も、加藤の言った事は聞こえていたので、白川に指示されるよりも早く社版を用意していた。
「ここの所、社版を使うの、加藤さんだけですね。前から忙しくなるのは聞いていたんだけれど、忙しいのは加藤さんだけ見たいね。」
「へぇ、長谷川部長なんかも忙しくないんですか?」
と加藤は聞いた。
「長谷川部長なんて、3階に上がってきた事、無いんじゃないかしら。3階でみた事無いわ。」
白川も同調した。
「うん。おれも、あんま長谷川さんとはしゃべった事もないなぁ。」
宮川が、社版を打った書類を白川に渡した。それを見るなり、白川は、
「あれ?これ見積じゃない。大丈夫かぁ〜?」と発した。
「何がですか?岸部さんから言われて、届けるだけで、他何も聞いてないんですがね。」
「ふーん。岸部さんか。気をつけてね。」
岸部の何を気をつけるのか、なんだかよく分らない会話があった後、さして気にかけるわけでもなく、加藤は下に降りた。
加藤も嫌な予感があることは、白川にも言えなかった。

加藤は四本商事につくと、責任者を探した。4階建ての事務所ビル。少々古めかしいビルの4階に上がり、手近の事務所に入って、人を見つけるなり加藤は聞いた。
「カクナカです。高橋さんにお会いしたいのですが、どちらへ行けばよろしいですか?」
責任者の名前は、事前に岸部から聞いてあった。行って、高橋にじかに書類を手渡すよう指示されていた。
隣の事務所に行き、高橋責任者の所に案内されると、案内した人はそのまま去っていった。
「高橋さんでいらっしゃいますね。カクナカの加藤です。」
名刺を差し出すと、書類を取り出し高橋に渡した。
「あぁ、カクナカね。これは何の書類?」
高橋は、ぶっきらぼうに加藤に聞いた。声は、不機嫌そのものだ。加藤は予感が的中したと思った。
「あの、岸部からご連絡申し上げてなかったでしょうか。」
「おれ、関係ないよ。」
という姿勢を貫こうと思った。
「聞いてるよ。見積の件だろ。おれの聞いてるのは、この見積の説明が無いのか、と聞いてるんだよ。」
「あの、はて、岸部に伝わっていないことであれば、わたしが申し伝えます。もうちょっと詳しくお聞かせ頂けますでしょうか。」
危険を察知した加藤は、極めて低姿勢に高橋の顔色を伺った。
「おたく、加藤さん?」
高橋は名刺を確認し、加藤を睨みつけた。
「カクナカは一体どういうつもりよ。なんの説明もなしに請求書を送りつけて来たから、なんの請求か説明しろとおたくの岸部に言ったんだよ。」
倒壊したダムのように、高橋の怒りが加藤めがけて押し寄せてきた。
「そうしたら、消防設備は年に1回の点検が法律で決まってるから、その点検の金だと、電話で言ってきやがった。それにしても、こんな金額、事務手続きもあるんだから、請求書だけあったってこんな金払わんぞ。見積をよこして金額の交渉をして、作業したのを確認したら請求書、と順番があるだろっ。そんな事を無視しておたくんところは、請求書だけを郵送で送りつけて終わりかっ!」
ごもっとも。
加藤は、高橋のキップの良さにホレボレとしたが、まずい事に怒りの矛先が自分に向いて来ていることを肌で感じた。
「あの、帰って岸部に確認を取りましてですね、納得の行く形でご説明に出直したいのですが、いかがなモンでしょうか。」
極めて穏便にこの場を離れたい加藤の気持ちは見え見えだ、と我ながら分ってはいるが、加藤としては、事情が飲み込めないうちは迂闊なことを口に出せない。何よりも、この高橋の怒りは収まりそうもないし、高橋の言い分が全て本当なら、筋が通ると加藤は思ってしまった。
予感的中となり、加藤は子供の使いよりまだ悪い、言われた言葉を引取って、すごすごと帰った。

事務所に戻るなり、加藤は岸部のところへ行った。なんと、岸部は事務所にいた。
「あんた、別件があって、四本商事に行けなかったんじゃないのかね。」加藤はそう思ったが、そこまでは言えなかった。
「おう、ご苦労はん、あのおっさん、見積受け取ったかいや?」
「偉い剣幕で怒りまくってましたよ。受け取りはしましたけど、その場でビリビリに破いてました。」
「ええ〜?ホンマかいな。今度は石にでも彫って送りつけなアカンやろか。」
「そんな問題じゃねぇーだろ。」と、加藤は半ば呆れ顔だった。
「まぁ、それは冗談として、高橋さんには、キチンと説明した方がいいでしょう。あれじゃ、いつまで経っても入金されないっすよ。」
「あのおっさん、なんとかならんかなぁ〜。」
四本商事の高橋の言っていたことは、間違いなく本当の事だろう。この岸部を見て加藤は確信した。
「高橋さんに、検査結果表は渡したんすか?」
「あのおっさんに渡したかて、わからんやろ。四本商事のファイルは、今年の結果表を挟んどいたらしいで。」
「高橋さんには、おれから説明しときます。四本商事のファイルは、過去分も含めて書庫にあるんすよねぇ。」
「あると思うで。」

後日、加藤は、ファイル1冊を抱え、四本商事の高橋の下へ行った。
高橋は、加藤の顔を見るなり、
「岸部はどうした?岸部には確認取れたか?」
テンションは先日より若干低めだが、それでも加藤をビビらせるには十分だった。
「はぁ、面目次第もございませんが、岸部に確認を取ったところ、高橋様の言い分がごもっともと、わたくしも感じておりまして。」
「感じたから、どーだと言うんだ?岸部が感じなきゃ先に進まないぞ。」
「はい。岸部を代弁するわけではないのですが、わたくしがご説明に上がりました。」
加藤は、深々と頭を下げてまず詫びた。かっちょわりぃ、と思ったが仕方が無い。
「まず、こちらに消防法のコピーを用意いたしまして、こちらのビルの消防設備と照らし合わせて必要な検査を抜粋しました。
この通り、年に1回の消防設備点検が義務付けられているので、築12年のこのビルでは12回の点検を行っております。記録も手前どもで保管しておりまして、全てのコピーをファイルにしてご用意しました。」
「あぁ、そう言えば、毎年やってたか?」
「これを怠ると、消防適合認定対象物にならないので、必ず高橋様の方でされていると思います。記録も残ってますし。」
「そうか。」
「点検は決められた日程で担当者が入るものですから、前後いたしました。そこで、今回は岸部の失念で、高橋様に了解もとらずに勝手に点検に入りまして、申し訳ございませんでした。」
「ほう、なるほど。」
「そこで、これから毎年法規で決まっている事もあるので、目安になる日程を表にしてきました。概算ではありますが、この日程で高橋様に事前連絡をし、こちらに書いてある日に見積を届けます。法規で決められた以前の日程で点検に入らせていただき、最期に、こちらの表に書いてある日に請求書をお持ち致します。これで、今後何とかしていきたいので、今回は何卒これで請求を飲んで頂きたいのですが。」
加藤は、付け入るスキを高橋に与えず、口早に書類を並べて説明をした。
最期は、泣き落とししかねぇーだろ。と前から加藤は計画していた。
「まぁ、法律で決められてると言われちゃ、こっちも逆らう気はないけどね。こっちだって年間予算立てて、計画的にやってるんだから、その辺も汲んでよね。」
「申し訳ございません。」
「まぁ今回は払ってやるけど、来月になるよと岸部に言っといて。」
「はぁ、ありがとうございます。」
頭を下げながら、加藤は、「営業も面白いかも知れないな。」と思った。


吉崎は、神戸から東京に向っていた。行き先は木本建設。
カクナカ神戸支社は、規模が極端に小さい。東京と比べると人数も半分以下だし、年間の売上も1/4程度でしかないが、これは、ビルの定期メンテナンスにより、売り上げは1年を通して、ほぼ約束された金額である。
吉崎は、自ら進んで、この神戸支社の支社長を志願した。これは、土木支店長である滝川との合意でもある。滝川は、何も考えていないフリをして部下に意見を求める事が多々ある。部下たちは、ここぞとばかり自分の意見を揚々と述べるが、どいつもこいつも肝心な思慮が抜けている事が多い。数字を無視した大言壮語だったり、現実的な問題がわからずに計画を立てる者もいれば、その問題を無視して計画をごり押しする意見を述べる部下もいるほどだ。それらの部下たちの意見を、次々と問答無用に切って捨てるのも簡単な事だが、滝川は、それらの意見をじっくり聞いた上で、納得のいかない部分を掘り下げ、出された意見を粉砕していく。吉崎も一人の部下である。滝川は、吉崎を神戸プロジェクトに組み込もうと考えていた時に、吉崎を呼び出して、意見を出させた。
「大阪の長は、鹿鳥建設がとるようだ。お前は、東京か神戸どっちに行く?無理して支社長にならずに、大阪で倉田を監視するって手もあるが。」
「プロジェクトが神戸中心に展開しますし、新社長である倉田さんを見ていても仕方ないでしょう。と、吉崎は滝川に伝え、この通りに事を運んだ。
吉崎は、滝川の考えている事を理解でき、また先を読むことが出来る数少ない部下だ。この時も、滝川の思った意見とぴたり一致した。
ところが、神戸に行った吉崎から状況を聞くものの、神戸の動きは今のところ、無い。という報告がほとんどだ。
神戸にハブ空港を建設し、それを取り囲むように都市を作る計画など、短期で進捗するはずも無く、気長に待たねばならない事などわかりすぎるほどわかっている。かと言っても、このままカクナカ神戸支社がジリ貧で発展しない事もその理由にはならない。吉崎にとっても、何か変化が欲しかった。
逆の立場である、カクナカ社長の倉田は、逆に遅々として進まないカクナカ発展を、焦りに似た気持ちを味わっていた。
そんな倉田のところへ来た話は、カクナカ東京支社へ木本建設が工事を発注するということだった。立川ということで、東京支社からも程よい地域である事と、何よりも好都合なのは、カクナカの人間である加藤が現場管理をすることが可能なので、カクナカは木本建設からマージンをとる理由が十分成り立つ事である。以前にも木本建設が発注した工事に、八潮工業団地内工場があったが、カクナカにそれを管理する人間が不在だった為にスルー状態な契約の取り交わしのみに甘んじている。木本建設から来た吉崎と加藤が、それなりに機能している事は明白だった。
本来であれば、三友建設から来た、東京支社長である大屋と、設備部長の肩書きでカクナカに来ている長谷川がこの役を果たさねばならない。その事を痛いほど理解している倉田の元に、吉崎は言った。
「木本建設は、それなりのシチュエーションを演出しました。本来三友が動くべきところを加藤の機能をもったいないと判断してウチの滝川が出した配慮なんです。倉田社長にもその辺のことをわかって頂きたい。」
「はい。わかってます。港湾計画が具体的になった暁には、三友さんよりも木本さんの方を優遇するよう準備します。わたしも、加藤君にはいささか心を痛めているのですよ。」
加藤の話を、倉田の方から切り出したところで、吉崎はさらに追い討ちをかけた。
「加藤の出向は、ウチにとってもかなり痛手なんです。パソコンを使って社内システムを改革するキーマンにもなってるんです。立川の現場を管理するだけなら、人材を変更する事も考えなきゃならないんですけど。」
かなりオーバーアクションで誇張し、嫌味も織り交ぜながら、若干の脅しも加えてみた。吉崎は、物事オーバーに言っても、ウソはつかない主義だ。
倉田の立場から言っても、大屋の動きの悪さは、歯痒く、苛立ちもあったのだ。
だが、倉田は、そこへは話を展開させず、加藤のパソコンの話に食いついた。
「加藤君は、コンピュータのシステムに詳しいんですか。」
そう言葉を発して、何事かを考え付いたような倉田の顔を吉崎は逃さなかった。

それから程なくして、東京にいる加藤から、神戸の吉崎に電話があった。
「おう、久しぶりだな。立川の現場はどお?順調?」
加藤からの返答は、あまり晴れやかでもなかった。
「ご無沙汰してます。立川の現場について、田口部長からなんか言ってますか?」
「何もないよ。今井がこの前、田口部長に会って立川の件を聞いたけど、普通に進捗してるって今井も聞いたって言ってたけどなぁ。」
「あ、そうっすか。週に1回じゃ、おれも掴みきれないトコがありまして。」
この時、加藤は、「おれも大人だな。」と思った。
着工時に揃えるべき書類、検討すべき図面など、設備工事に関しては一切欠落していたものを、加藤は、岸部に取り繕い現場に連続して行き、なんとか軌道に乗せていた。迫田に手抜かりがあったため、とは加藤からは誰にも話をしていない。
「ところで、加藤の方からおれに電話かけてくるなんて、珍しいな。おこずかいでも欲しいのか?」
「あ、欲しいっすね。神戸まで取りに伺いますよ。」
「あはは。三宮あたりにいい店見つけたんだ。いっしょに行こう。」
「お願いします。楽しみしてますが、その前に、倉田社長に呼ばれたんです。岸部部長通して新宿に来るように言われました。別になんてことは無いと思うんですけど、とりあえず吉崎さんの耳に入れとこうと思いまして。」
「あ、そう。いつ?」
「明後日すね。明日は会社に呼ばれてるんです。」
「へー、会社に?また片岡支店長のトコ?」
「ええ。随分やる気満々なんですよねー。あの地位で新しいものをやろうって言うんです、たいしたモンですよ。」
「それだけ真剣に改革を考えてんだよ。支店長も、平社員に言われるようじゃ立つ瀬ねぇーな。」
「部長に言われるよりは、ナンボかましです。平社員なら吹けば飛ぶんだから。」
「あはは、確かに。」
「明日は、おれも会社に戻るんだよ。支店長室の帰りに寄ってよ。」
「あぁ、わかりました。購買ですよね。」
「そう。おれがいなくても待っててよ。必ず行くから。」
「りょーかぁい。」

加藤との電話を切った後、吉崎はすぐさま土木の購買に電話をかけた。
「あぁ、今井?吉崎だけど。」
「どうしました?なんか緊急みたいな声出して。」
「緊急って程でも無いんだけど。明日、午後くらいに加藤が会社に行くようなんだよ。その帰りに購買に寄るように言ったから、捕まえといてくれないかなぁ。」
「お安い御用で。」
「あともひとつ。加藤が行ってる立川の現場について、も一回田口部長に聞いて見てくれる?特に、本当に加藤に負荷がかかってないか。」
それだけ伝えると、吉崎は、次にカクナカ神戸支社の部長である福田の所へ行った。
「明日朝一に三宮に、お客さんに会いに行くよねぇ〜。」
「あ、吉崎専務もでっせ。」
「うん。わかってる。ところで、11時頃まで長引くようなら、おれ、途中で抜け出したいんだけど。」
「あ、はい、その後はやっときますわ。でもそんな長引かない、思いますよ。」
書類から目を離し、老眼鏡をはずしながら福田は吉崎に気を使った。
「うん、その後、すぐ東京に行かなきゃならない用事が出来てね。帰ってくるのは明後日になりそうなんだけど、大丈夫かなぁ〜。」
「う〜ん。明後日は検査になりますが、担当の小林だけでなんとかなりますやろ。」
「あ、そっか。検査に立ち会いたかったんだけど、また今度にするわ。」
消防設備は、その工事が終わるたびに消防署からその設備に関する検査を受ける事になる。土木出身の吉崎にとって、そのような消防設備自体が初の経験になるので、検査などもどのように執り行われるのか興味の的であった。福田に調整を取ってもらうように頼んでいたが、今回は言いだしっぺである吉崎本人が裏切る形となってしまった。が仕方ない。吉崎は部長にその事を詫びると、
「あぁ、検査はいつでもありますから。また調整しときます。」
福田は、事も無げに言ったが、むしろ、消防検査ごときに、専務の立場である吉崎が直々に出て行くのも、どうかと思っていた。本当は、専務は社内にドンといて欲しかったし、部下を思ってもその方がよかったので、今回の申し入れは、かえって、当然のように福田は対応した。
「ところで、神戸の土産って何があるかな?神戸プリンも最近飽きられちゃったっぽいんだけど。」
「モンロワールの生チョコも有名でっせ。女性には喜ばれます。」
「お、それがいいね。」


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