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作品名:建設業サラリーマンの冒険 作者:Sita神田

第8回   パソコンはネットワークでいってみよう
2週間が経ち、立川の現場もそろそろ軌道に乗り始めた頃、加藤は木本建設に行くことにした。
片岡支店長のノートパソコンにセットアップした、設備で使う顧客管理のデータベースについて呼び出しがあったからだ。
何日か前に、武田恵美子と加藤の二人は、片岡の待っている支店長室へ行き、片岡が部下に指示をして買わせてきたというノートパソコンにLotusをインストールした上で、データベースファイルをコピーし、そのパソコンでデータの検索ができるようにした。
Lotusとは、表計算ソフト、ワープロソフト、プレゼンテーションソフト、データベースソフトをひとまとめにし、互いに連携をとることによってビジネスシーンにおける事務処理等の能率を上げようという魂胆のアプリケーションである。
Windows95の発売に合わせマイクロソフトオフィス95といった競合のアプリケーションが台頭し始まり、世の中はこのマイクロソフトオフィスか、Lotusかと言う選択肢を強いられるほど、同じ内容、同じ機能の分野で双璧をなしているアプリケーションである。Windows95とマイクロソフトオフィスの親和性の完成度は高く、この頃にはパソコンを買えばWindows95がかなりの確立で動いていた。そして、Windows95が入っていれば、このマイクロソフトオフィスが入っていることも珍しくないのだが、その現象は、ここ最近の動きであり、Windows95が発売される前のパソコンではLotusをもって業務に利用するというシーンもまだまだ健在なのだ。

加藤は初めに、データベースについて片岡に説明をした。それは、これから支店長という立場で、設備部が使っているデータベースを検索しても、おそらく片岡が必要なデータは無いだろう。それに、このデータベースは設備部で使うにしても、まだまだ不足し、信用の置けないデータが多いということだ。
間違ったデータが表示された事で、データベース全てを疑ってかかる者がほとんどということを、出向前にデータベースアプリケーションを組んでいた時から加藤は実感していた。
パソコンそのものの認知度が低く、パソコンを使いたくなければ使わないで済んでいた時代では、まだその程度だったのだ。
そのような状況を見て、支店長である片岡が、完成度の極めて低いデータベースを扱ったことにより、パソコンそのものの存在を否定する、といった流れになることを警戒しての加藤の事前説明である。事によっては、片岡にデータベースを渡す事を、加藤は延期しようと思っていたが、首尾よく片岡のパソコンでデータベースを動かす事にした。加藤の進言に対して、片岡の使用の目的は、データベースで過去に竣工した現場そのものを検索する目的では、もちろん無く、パソコンでできる業務を探るという目的のため、という加藤に対する説明を支持したからである。
そんなやりとりを、武田恵美子はハラハラしながら聞いていた。「このデータベースは全面的に信用を置くことは出来ません。」という加藤の説明は納得できる。加藤は決して、うそのデータを入力しているわけではなく、武田恵美子も入力間違いなどがあります、とは言っていないことを知っていた。これまで調べていた手書きのファイルを見ても、誤字や思い違いによる記録などから。信用度は100%ではなく、加藤と武田恵美子は、データベースを組んでいるときから問題視していたからだ。
武田恵美子は、「そんなデータベースだったら、いらん。」と片岡に言われることを恐れた。支店長に認められる。この事はサラリーマンに限らずOLにとっても魅力のあることだった。パソコンによりこれまでの業務を改善していく、という支店長の考えにも極めて同調できる。これは、なんとなく巡ってきたひとつのチャンスなのだと武田恵美子は思っていた。なので、自分らの組んだこのデータベースを支店長が使うと言うことに、積極的に協力した。出向してしまい、普段はよその会社に席を置いている加藤とは意気込みが違うのだ。
だが、ことデータベースのシステムとなると、加藤に説明させるしかない。武田恵美子は設備にあるファイルを打ち込むこと以外、わからないのだ。
そしてまた今回もこのデータベースのシステム関連のことを片岡は問題にしている。口惜しいが、片岡の疑問は加藤に委ねるしか方法は無かった。

この日も、支店長室には、支店長である片岡と、武田恵美子が二人でいた。
ここの所、片岡は多忙な中でも、空いた時間には必ずパソコンの電源を入れて、ローマ字タイピングの勉強をしたり、それぞれの現場の請負金を入力し、平均や偏差、合計値が瞬時に計算されるさまを自分で確かめては感嘆している。ローマ字でタイピングをする事なら、武田恵美子はうってつけだった。ビジネススクールの英文科を卒業した武田恵美子は、学生時代から英文タイプに慣れ親しんだこともあり、絶対的な自信を持っていた。
パソコンへの入力スピードは加藤には一歩及ばないが、恐らくパソコン独特のキータッチと英文タイプの特性の差が出たのだろうと思っている。加藤がいない今では、ワープロで事務に必要な書類を日々打ちまくっている事務の女性にも負けない、圧倒的なタイピングスピードであることは、自他共に認めている。
データベースの件もあり、片岡は、よく武田恵美子を呼んでは、ブラインドタッチをするにはどうすればよいかを聞いたりしながら、パソコンの前でわずかな時間を精力的に使った。
データベースの扱いについても、片岡は武田恵美子によく聞いた。どのように検索すると、いかに効率的に必要なデータを検索する事が出来るか。設備部が関係していない物件のデータを入力することは出来るか、等々。
データの取り扱いに関しては、片岡のパソコンを扱いながら目の前で操作すれば説明する事が出来る。がしかし、時に設備部で武田恵美子が入力したデータを、片岡のパソコンで見ることは出来ないか?このデータベースに書いてある住所を地図として表示する事は出来ないか?請負金などの集計などは出来ないか?など、難題も多い。そこら辺の疑問には、やはりこのシステムを作った本人を呼んで確認しない事には、迂闊な事はうっかり答えられない迫力が片岡にはあった。
今日も、二人で片岡のパソコンを覗き込みながら、そんな話をしていた。
開きっぱなしの扉をノックする者が立っていた。武田恵美子が視線を出入り口にやると、そこに加藤が立っていた。
「お疲れ様です、よろしいでしょうか?」
と、加藤は軽く緊張しているそぶりを見せた。片岡は、
「おう、よく来た。入れ。」
と、機嫌よさげに加藤に手招きをした。
「これは、おもしろいな〜。」
片岡が指差すノートパソコンを覗き込むと、加藤が出向前に作ったデータベースシステムが画面に表示されていた。茨城県にある過去の現場が一覧で表示されていた。
「工場現場の経験が多い所長など、一発でわかったりするよ。今まで、こんな風にデータを活用する方法など、とんと無かったからな。」
「今のところ、恐らく目安にしかならないかも知れませんが、誰でも入力できるようになれば、精度もおそらく上がると思っているんですけど。」
初めは、何の気なしに始めたデータベース作りなので、そこまで反響があるとは思えず、次の言葉に備える意味でも、リアルな現状を説明した。
「おお、そうだったな。公式なデータとしては使ってないぞ。ゆくゆくは、このようなものを使って業務を推進していきたいがな。」
片岡も、インストール時に加藤に言われた事を思い出し、抑揚を抑えた。片岡は続けた。
「このデータベース、設備部にあるだろ。同じものがここにもある。武田が入力したデータがたちどころにここで見れるようにはならんか?」
「フロッピーでデータを上書きすれば、その時から最新情報になりますよ。その作業を武田さんに覚えてもらわないとなりませんが。」
「そうか。その辺は、加藤でもどうにもならんか。」
「ただ、パソコンをケーブルで結ぶと、データを共有できます。そうすると、設備部で入力されたデータを、そのままこのノートパソコンで見ることが出来ます。」
加藤は、ローカルエリアネットワークという概念を知っていた。ケーブルでパソコン同士を結び、それらを設定する事により、同じデータファイルを結んだパソコンの両方で同じように扱える仕組みだ。だが、それらのパソコンに基盤を入れ、設備部から支店長室までケーブルを敷設し、接続しなければならない。それには問題があった。設備部のパソコンはWindows3.1で動作しており、支店長のパソコンはWindows95である。Windows95の方はそのまま設定をする事が可能だが、Windows3.1では他にソフトをインストールしなければ、設定をする事すら出来ないのだ。その事を丁寧に片岡に説明をした。
「おお、すばらしいじゃないか。」
それは、パソコンが何台あっても接続できるのか?見せたくないデータなどは隠せるのか?データベース以外にもファイルの共有はできるのか?など、矢継ぎ早に片岡は加藤に聞きまくった。加藤も辟易したが、このような話が嫌いなわけではなく、むしろ、自分で進んでデータベースを組むくらいなので好きな方だ。
「わたしもやった事が無いので、勉強しなくてはなりません。が仰る事は全て可能のようですよ。」
「そうかっ!じゃぁ、勉強すればいい。どうすれば加藤は勉強できる?すぐに、とは言わないから、習得してくれ。」
そんな話になるとは思ってもみなかった加藤は、適当な答えをその場で言う事は出来ず、パソコン同士を接続する環境についてを片岡に説明した。
その何日か後、支店長室の扉を開けてすぐ左に席があるのだが、そこに武田恵美子が座るようになった。支店長室はビルの9階にあり、設備部は8階にあるために、武田恵美子は片岡に呼ばれるたびに階段を上がってきていたが、その日から、片岡が大声で呼んだだけで武田恵美子は支店長室の中に入って行った。武田恵美子にも、1台のパソコンが与えられ、これにも片岡に言われた加藤は、例のデータベースをセットアップし、武田恵美子はこのパソコンにデータを入力するようになった。
加藤はそれらを見て、
「うん、これだったらケーブルも簡単に流せるなぁ〜。」
そう思っただけだった。


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