加藤は、カクナカ神戸支社にやって来た。先般の、消防検査前の加藤のチェックと助言で、なんとか危機を脱した神戸支社主任の小林などの提案もあって、神戸支社の忘年会に呼ばれたためだ。吉崎としても、加藤を呼びたいのは山々であったが、他の神戸支社のメンバーのこともあり、なんとなく加藤を特別に呼び寄せる事は控えていたのだが、小林や部長から加藤を呼ぶ話を切り出され、喜び勇んで加藤を神戸支社に呼びつけた。 加藤は、時間より前に神戸支社に到着し、吉崎の仕事場を見て回った。こじんまりしていたが、アットホームな雰囲気で、事務所の中のメンバーも明るい印象を受けて、加藤はホッとした。部長以下、神戸支社のメンバーは、港湾計画を忌み嫌っていたから、倉田の勢力がここには及ばない。事務の女性が二人もいる事もこの事務所に華を添えていた。 吉崎は、このカクナカ神戸支社を、倉田の勢力の及ばない、港湾計画とは無縁の所として、独立採算の取れる会社にする事が夢だった。もちろん、港湾計画が首尾よく計画通りに事が運べば、それに越した事は無いが、万が一港湾計画活動が無駄な徒労に終わった場合、港湾計画への依存度が高いカクナカ大阪本社に引っ張られ、まっとうな業者としての存続も危うい。そうなった場合のことを考えて、神戸支社は、カクナカの名前を使いながら、神戸支社は独立した形態を取る、という方向性を吉崎は打ち出しており、神戸支社の社員たちも賛同している。 吉崎も、もともと営業活動という名目でカクナカに入っているが、やはり自分の部下になった者たちの事を第一に考えていた。 部長は、吉崎を崇拝に値するくらいに付いていっていたが、そう遠くない将来に、吉崎はカクナカ神戸支社を去る日が来る事を知っている。それまで、なんとか自分でこの神戸支社を切り盛りするくらいになりたいと考えていた。 そんな部長の目に、部屋の隅でゴソゴソ動き回る加藤の姿が映った。 「加藤さん、何をしてますの?」 「おそらく、どっかに電源の入れっぱなしのパソコンがあるはずなんです。それを探してるんですが。」 「大阪本社のOA部門の連中が置いていったパソコンでっか?それなら、ほこりかぶって倉庫にありまっせ。」 「そうですか、ありがとうございます。そのパソコンは今でも電源が入っているんですか?」 「カクナカが潰れた時に、神戸支社は引越しましたんや。それ以来、そのパソコンは倉庫に眠ったままでっせ。スイッチも点くんかどうかもわかりません。」 「やっぱり今は使ってないんですね。そのパソコン見せてもらって構いませんか?」 「存分にご覧になって下さい。案内します。」 加藤は、そのパソコンを見つけると、結線して電源を立ち上げてみた。予想通り、OS/2の入った、ネットワークのサーバ機である。 「こいつに灯を入れてないとすると、ネットワークは、大阪本社と東京支社だけだ。この前カクナカ本社に呼ばれた奴は、神戸支社も繋がってると言っていたが、この状態じゃ無理だな。」 「どうした?」 いつの間にか、吉崎が後ろに立っていた。 「このパソコンを事務所において、ネットワークを組まないと、神戸支社は大阪本社の経理システムに接続しないんです。ここは、今までこの神戸支社は独立して動いてた見たいなので、今さら接続しなくてもよいかと思いますが、どうします?」 「そうだったのか。今まで経理をやっていた女性が、これまでの経理のシステムが使えないって言って、辞めていったんだよ。こっちはワケがわかんないからさぁ。新しく来た人は、そんなの関係なしに経理やってるから、今さら繋ぐのもねぇ。それにおれは、大阪本社と、この神戸支社は切り離して考えたいんだよ。」 吉崎は、加藤に自分のカクナカ神戸支社に対する夢を語って聞かせた。 「本当は、港湾計画の営業活動で来てるから、関係ないことなんだけど、この神戸支社がかわいいのと、どうも港湾計画が胡散臭くてねえ。」 「東京支社の金は、カクナカとして大阪本社で決済してるらしいんですけど、神戸支社はどうなってるんですか?」 「神戸支社は、独立採算として、収支の報告以外、大阪本社は関係ないよ。近く、法人としても分けたいと思ってるんだ。」 「であれば、倉田社長は、別に神戸支社の経理がどうのとかは眼中になさそうだし、引越しのゴタゴタでパソコン無くなったことにしとけば、あのパソコンは、他の事務処理とかにも使えますよ。」 「え?それは助かるな。事務の女の子に、パソコンがあれば便利なのにってブータレられてたところなんだ。使える?」 「はい。設定資料集があのパソコンに入ってたので、バックアップをフロッピーにとって、パソコンをフォーマットしてWindows95を入れます。ワープロと表計算を入れておけば、誰でも使えますよ。プリンターもここにあるので、書類の打ち出しも出来ますから。」 「なんかよくわからないけど、よろしく頼む。こんどメシでも奢るからさ。」 「金なら、まだ余ってますよ。」 「なんだ、最近早川さんとデートしてないの?」 「オウクに行った時は、決まって晩飯に連れ出してますけど、早川さんから出る情報って、もう無いんじゃないすか?」 「加藤、そうじゃないよ。情報が欲しい時だけデートしたって、情報は引き出せないよ。普段から仲良しじゃなきゃ。うまいもん食わせて、酒もホドホドに飲んで、いい子いい子してなきゃ。だが、ヤるなよ。」 「そこが一番の問題なんすけど。なんか、騙してるような気になってきたし。」 「おまえ、ホれたんじゃ無いだろうな。」 「いやぁ、ギリギリとどまってますが、なんかこれ以上はセツないかなと。」 「う〜ん、ま、彼女だけが女じゃないし。」 「無責任だな。」
三宮駅に入っている、海鮮鍋料理屋が今日の忘年会会場だった。みなたらふく食って飲んだ。吉崎など、前後不覚になるほど酔っている。女性人二人でさえも飲むわ食うわの大盛り上がりだった。そう言えば、早川さんもよく飲んでたな。神戸の女性は呑ん兵衛なんだろうか、と加藤は、また早川ひとみを思い出していた。 三宮は、週末でしかも冬の祭典ルミナリエの観光客もあって、この上ない混雑ぶりだ。酔っ払いの数も半端ではなかった。当然と言えば当然の成り行きだったが、このメンバーでルミナリエを見に行こうと言う事になった。みな足元もフラフラで真っ直ぐ歩く事もおぼつかない。吉崎は、例によって使いきりカメラを買ってきて、みなの醜態を写して回った。 「ルミナリエも来るメンバーによって、こうも印象が違うのか。せめて早川さんと来たルミナリエを最期にしたかったな。」 加藤は、ボヤきの独り言を吐いた。 見回すと、いつしか回りに誰もいない。顔見知りのメンバーを探すと、主任の小林と後輩は、楽しそうに女の子のグループに声をかけていた。部長も事務の女の子もどこを探してもいない。一足先に、付き合ってられない、と帰ったのだろうか。 「なんなんだ?流れ解散か?」 後ろを振り向いたら、遠いところで、ヨロヨロの吉崎が、もう一人のヨロヨロの事務の女性を介抱していた。 「酔っ払いが酔っ払いを介抱してるよ。大丈夫か?」 手伝いに行こうかと思っていたら、吉崎は大通りに行き、タクシーを拾って女性を押し込んでいた。そこまで酔っ払うか?と思っていたら、タクシーは、吉崎も乗せて走り出した。加藤は、呆然としてそのタクシーを見送った。
ラーメン屋でラーメンを食った。いつしか加藤は一人になり、ホテルに向って歩いていた。酔っ払って一人で食うラーメンは格別だ。 「でも、東京のラーメンの方がうまいな。」 外の寒さが、酔い覚ましにちょうどよく、気持ちがいいくらいだ。 「おれには、ヤるなだの、ホれるなだの、よく言うな、あの人も。」 半ば、恨み節になっていた。 「ホテルに帰って、エロビデオ見て寝よう。」 加藤はホテルの自室に戻ると、なにやら隣の部屋の扉が開けっ放しで、大音響のいびきが聞こえた。見ると、コートを着たままの吉崎が、うつ伏せで倒れ込むようにして寝ている。 加藤は、旅の恥は掻き捨て、とばかりコンビニに行って、女性モノの下着を買ってきた。そして、吉崎のズボンを脱がし、パンツも脱がし、その後、買ってきた女性モノの下着を吉崎に握らせた。加藤も、 「我ながら、おれも酔っ払ってるぞ。ここまでするか?フツー。」 加藤は、自室に戻ると、満足げに缶ビールを飲み、そのまま寝た。
「ああ、まだ頭が痛い。」 二人は、ホテルに入っている和風レストランで朝食をとった。吉崎は、目まで赤い。 「昨日は、えれえ飲みすぎたよ。」 「昨夜のことは、覚えてるんですかあ?」 加藤は、わざとトボけて吉崎に聞いた。 「ルミナリエにみんなで行ったのは覚えてる。どうやって帰ったのかはわからん。加藤が運んでくれたのか?」 「いや、ルミナリエの会場から、吉崎さんがタクシーを拾ってるのを見ました。おれはそこから歩いて帰ってきましたけど。」 「タクシーに乗ったのは覚えてるな。隣に事務員の中島さんがいたような気がする。」 吉崎は、昨夜の出来事を、必死に思い出しているようだった。 「なんかあったんすか?」 吉崎は、加藤にグっと顔を近づけると、声を潜めて聞いた。 「加藤、何か見たか?」 「さあ、おれも酔っ払ってたし、ルミナリエでは吉崎さんがタクシーを拾ってるところまでしか見てませんね。」 「そうか。」 「まあ、強いてあげれば、その拾ったタクシーに乗ったのは、吉崎さんと中島さんの二人だったですけど。」 「なっ、なんだとおぅっ!」 ガタっと吉崎は立ち上がり、叫んでしまった。不覚にも吉崎は取り乱している。 「み、み、み、見たのは、加藤一人だけか?」 「それもわかりません。おれはみんなを見失って一人になっちゃったんで、みんなを探してる途中で吉崎さんがタクシーに乗るところを目撃したんです。」 「うう、それは誰にも言っちゃいかん。誰にも言うなよ。」 「はい、滝川支店長にも言いません。吉崎さんは、中島さんを送って行っただけなんですよね。」 「・・・そうだ・・・・・・多分。」 吉崎は、力なく答えた。 吉崎は、そこまで前後不覚になっても、一応滝川の教えを守った。それはそれで、大したものだ。そう加藤は思ったが、同時に、そんな状況で記憶無くすなよ。とも思った事は確かだった。
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