カクナカ大阪本社の仕事は、極めて順調に事が運んでいるように思える。かつて、約300人いた従業員は、今では45人ほどに減らしている。加藤は、現場に行く従業員がほとんどで、内勤はごく少数にすべきではないか、とイメージしていたが、この大阪本社ではそのイメージは当てはまらない。カクナカが主体とする消防設備工事、または消防設備保守の仕事は、古泉設備という業者が一手に担っていた。 今回、加藤が大阪本社に着くや、この古泉設備を紹介された。丸坊主で恰幅がよく、声が馬鹿でかく関西弁のここの社長を見るや、加藤は、まるでヤーさんを見るようで恐ろしかったが、これからパソコンを始めたいから、教えてくれ、と言う。加藤は、 「どいつもこいつも、パソコンかぁ。」 と思った。 「大阪はオモロいで〜。大阪で暮らせや、面倒みたるで。」 と、この社長は、言うことも、かなり恰幅がよかった。 従業員は、3人雇っていると言う。 「社長合わせて4人の作業員が40人以上の給料を稼いでいるって事か。」 カクナカ大阪本社では、とにもかくにも、港湾計画を武器に融資元を探している。銀行からの融資が取れれば、社会的信用も飛躍的に上がるから、本職である消防設備を盛り返す事が出来るし、その前に、港湾計画を揺るぎないものにすることができた。 「よくよく考えたら、従業員に給料を払ってないんだ。仕事があれば、それでいーんだな、ここは。」 加藤は、古泉設備に行った後、大阪本社を見回して寂しく、そう思った。
加藤が、古泉設備から大阪本社に戻ると、カクナカ東京支社の白川が経理にいた。 「おっ!こちらに来てたんですか。」 「加藤君が、大阪本社に来るって言うから、後を追っかけて来たよ。」 「光栄っすね。もう月初になりますか。」 白川は、月末から月初にかけて、東京支社から大阪本社にやってきて、経理業務を執り行う。もちろん、大阪本社にも白川の席が設けられているのだ。 「今回は、年末だし、もう2週間以上いるなぁ〜。」 「へぇ、じゃ大阪観光案内して下さい。どっかおいしい所ありませんか?」 「実は、大阪本社と、マンションを行ったり来たりで、外の世界はあまり知らないんだ。わるいねぇ〜。」 白川は笑ってそう言うと、加藤に詫びた。 カクナカ大阪本社から歩いて5分もしないところに、15階建てマンションがあり、ここの12階の1室をカクナカは借りている。 部屋としては、4LDKの普通よりは、ちょっと広めのマンションだが、倉田と、カクナカ大阪本社経理部長である、持田がこのマンションに宿をとっていた。白川は東京支社から大阪本社に来ると、このマンションに、倉田と持田と3人で滞在する。 「倉田社長が呼んでたよ。古泉設備に行ってたんだって?」 「はい。これから倉田社長に顔を出そうと思ってたところなんです。」 「社長室にいたよ。今ならいると思う。」
加藤は、白川との挨拶もそこそこに社長室に入っていった。 「加藤君、おかえり。古泉設備はどうだった?」 「4人の設備屋にしては、大きな社屋を構えてますが、カクナカの設備工事を全てやってるんであれば、あんな感じでしょうか。」 「さすが技術屋さんやね。実は、あそこにパソコンを置いて、経理財務業務をさせようと思ってね。その前に、この大阪本社の経理財務のシステムを整備せなあかんから、まだ先の話になると思うが。」 AS/400を軸にした経理財務システムは、健在と言うには程遠いシステムだった。300人から一気に45人にリストラしたことによる歪もそうだが、消防設備工事を受注して工事をして入金される、消防設備の保守を行って入金されるなどのサイクルそのものが無いに等しい。何が、この会社を動かす原動力になっているのか、加藤はそれすらも分らず、AS/400は、金の計算をする為だけに数字を入力している、巨大な電卓のような存在に成り下がっている。古泉設備の経理財務を計算し、そのデータが欲しいのであれば、古泉設備にパソコンをくれてやり、勘定奉行でも入れてデータをフロッピーにコピーしてもらえば、その方が効率的に思えた。それは、このカクナカ大阪本社に関しても言えないことではない。ましてや、大阪、東京間をネットワークで接続してるにもかかわらず、白川はわざわざ東京から呼び出されて、2週間も滞在しているのだ。効率を考えた場合に、まずやる事は、このAS/400の廃止である。であるが、加藤の目的は、最終的にカクナカ全体をよりよくすることではない。 「そうですねぇ〜。一生懸命がんばります。」 加藤は、そう口に出しながら、おれも最近しらじらしくなったなぁ、と寂しくなった。
加藤は、白川のところに行き、倉田から聞いた事を白川に相談してみた。 「ふうん、なんか問題があるとしたら、提言できるのは、2、3人だよ。その子たちに一声かけとくよ。」 との話をされた。 加藤は、AS/400の端末に向かい、データを見たが、開けっぴろげに全てが閲覧できる。東京では、これらのデータを見る事は出来なかった。恐らく白川が月毎に大阪に来るのはそのためだ。加藤は、東京でもデータ閲覧が可能なように設定を組みなおした。AS/400だけではなく、大阪にあるサーバー全てが東京で管理できるようにしたのである。大阪のデータが東京で見れないのにはワケがあるだろうが、今となっては、誰もわからないし、気付いていないのだ。 ここには、嘗ていた300人以上の社員の名簿も手付かずになって残っている。この名簿全てにおいて、給料計算が適用されていた。本当に、なんのメンテナンスもされていないままシステムが使われ続けているのだ。償却資産ですら、いつまでも計算され続けているのだ。
夕方になる頃、倉田の元に吉崎から連絡が入った。加藤の宿を神戸にとったので、神戸によこして欲しいというのが趣旨である。 倉田は、加藤をカクナカで借りているマンションに泊める為に、神戸にはやれん、という、 稚拙な言い合いに発展した。加藤は、倉田のその姿を遠目で見ていたが、かなりヒートしていた。 滝川と吉崎は、その日連絡を取っていた。加藤がカクナカ大阪本社へ行っている。 「夜は、加藤を絶対に神戸に呼び戻せよ。加藤の口から、カクナカに探りを入れてることが漏れるのは、困るからな。何より、洗脳されちまうぞ。」 これが滝川の主張であるし、吉崎も実際に、加藤が洗脳される事は一番に警戒するところであった。もし洗脳されてしまった暁には、カクナカの社員たちとまで行かないまでも、吉崎たちのことを、加藤が欺くくらいの事は、可能性として否定できない。 このやり取りの結果として、倉田が勝ちを収めた。加藤が後に知った話では、その後滝川からも倉田に連絡があり、かなりの押し問答があったようだ。 滝川は、あきらめて吉崎に電話をかけた。 「しょうがねぇ。もしもの事があったら、あきらめるぞ。加藤だって、もう子供じゃねぇえんだ。とにかく、2、3日だと言う話だから、頃合を見て、加藤を引っ張り出せ。明後日になったら、金をそっちに届ける。」 それだけ言うと、滝川は支店長室で、頭を抱えた。
その日、倉田のマンションには、若い者が集まった。総勢9人の中に、事務員の女性も3人いる。もちろん、加藤もこの9人の中に含まれている。コンビニなどで買ってきたつまみなどに缶ビールで乾杯。ごく普通の光景のように加藤には思えたし、どこにでもある小さな宴会だろう。前回の高級なご接待が異常だったのだ。ボケたら、ツっこまなくてはならないのは、関西人の鉄の掟である。生まれながらにして、踏み外す事の出来ない轍である。加藤は、久しぶりの同年代の漫才にも似た会話に、ホっと一息つけたところだったが、皆が帰り、残ったのは、倉田、加藤となったときに、港湾計画に話が及んだ。 「オウクは、ワシと小幡が作った会社なのだ。小幡の頭文字と、ワシの倉田の頭文字を取って、オウクとした。港湾計画が発動した暁には、オウクが軸になる。」 倉田が、めずらしく熱く語った。港湾計画を成功させて、会長をグローバルな世界に押し上げるのが夢だ。 「会長と言う人、お会いしたことが無いんですけど、どんな方なんですか?」 「加藤君は、会長と会ったことが無いんだっけか。そらすばらしい人や。みんな会長を慕っとる。わしも会長のためにカクナカにおるし、小幡も会長のためにオウクを盛り立てとるんだ。」 加藤は、なんとなく、背筋に冷たいものが走った。新田や岸部など、倉田を崇拝して、ついて行こうと覚悟している人間がいる上流で、倉田は自分の信念を貫いているわけではなく、会長に認められるよう研鑽努力しているということだ。本当にカクナカは、ビジネスとして港湾計画を推進しているのか、加藤にとって、はなはだ疑問となる。もっとはっきり言うと、港湾計画と言う、得体の知れないもので洗脳された人間の集まりが、周りを振り回しているような感覚にとらわれたからだ。 加藤は、滝川や吉崎に別の切り口である考え方を聞いていたために、いちいち疑問を持って倉田の話を聞くことができたが、滝川、吉崎の話しも、この倉田の考え方と相反するだけで、洗脳という観点から言えば根本的な違いはさほど問題にならないような気がする。
加藤は、日中、カクナカ大阪本社内の経理部門御用聞きに徹した。倉田から指示されている社内システム改善は、システム自体に手を入れる前にすることがある。業務の把握と、修正だ。これまで執り行ってきた業務に合わせて作られたシステムを、現状把握もなしに改善を行うことはできない。経理部門から上げられたシステムに関する意見をシステムを見ながら精査していく。そんなことが3日間続いた頃、小幡社長からオウクのデータベースに関する要請が上げられた。さらに、カクナカ神戸支社で、JR新神戸駅に入るテナント改修工事の設備検査に、検査立会い要員が不足している、との事で、吉崎より要請があった。たったの3日間であったが、加藤は慣れない仕事と、倉田と同室の宿泊で、緊張がピークに達していた。 倉田と一緒の時は、港湾計画などの話が夜半まで続いていたのだ。
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