20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:建設業サラリーマンの冒険 作者:Sita神田

第21回   買収額は、神戸プリン1箱
加藤たちが白金台のマンションに着いたのは、それからいくらも車を走らせなかったが、山川が、まだ新宿アイランドタワーの常駐先にいる、ということで、その到着を待つ事になった。そのためか、みなまとまって新田の部屋へ入ったのは、だいぶ経っての事だ。

相変わらず、怪しい雰囲気が流れるマンションの1室で、新田は、タバコの煙を口から吐き出している。すこし薄暗い部屋の中が、一層ドロドロした雰囲気になってしまっている。新田が、カクナカの職員を集めて話す内容は、いつも通り、グローバルなカクナカになるからには、職員の品格を上げる事、などことある毎に新田が口に出す内容がメインだったが、特に、倉田を崇拝する事、カクナカに忠誠を誓いなさい、などの過激な発言に対しては、そのマンションの一室の雰囲気も手伝ってか、鬼気迫るものがある。薄暗い中で、熱心にメモを取るなどしている岸部を見て、加藤は、
「なるほど、洗脳とかマインドコントロールの類は、こんなところから始まんだろうな。」
と思ったほどだった。事実、正常な精神では、3ヶ月以上も給料の支払われない会社にい続けるのは、困難なことではないだろうか。
これで3回目の講習会という話を聞いていたが、恐らく前回も、前々回も、内容はさほど変わらないことを新田はしゃべっていただろう。これこそ洗脳ではないだろうか、と加藤は考えている。
講習会も終わりに差し掛かると、新田は、岸部に、なぜ今日大屋は来ないのかを尋ねた。
「こちらに、一緒に向ってましたが、途中気分が悪いとのことで帰られました。」
さらに新田は、
「先日、大屋さんは交遊会に来ましたが、ウィスキーを飲んでいました。あの男はまだ懲りて無いようですね。岸部さんからもしっかり言って頂かないと、これから先、到底、倉田社長に着いていけやしませんよ。」
就任直後、大屋は、酔いつぶれ、飲み屋の階段からまっさかさまに落ち、1月半に及ぶ休業を余儀なくされた。
「あの男は、自分の使命を忘れて、やめた酒をまだ飲んでいるのです。岸部さん、大屋さんに酒をやめるように言ってください。」
大屋が階段から落ちて休業していたのは知っていたが、まさか、相談役がここまで固執するとは、加藤も思っていなかった。
加藤にとって、なんとなく楽しみにしていた講習会。ひょっとしたら港湾計画の新情報でも流れるかと思っていたが、まるで収穫なし、雰囲気重視の退屈な会だった。これからこの講習会には、理由をつけて欠席するようにしよう。と加藤は思った。


木本建設、建築の支店長室を中心に、パソコンのネットワークが組まれ始まっていた。これまで竣工させてきた現場を管理するデータベースは勿論の事、リフォーム、リニューアルを中心に、既存の顧客を回る営業も新設されたなどで、さらに発展したシステムも導入、共有化された。さらに、積算部門では建築積算に必要なソフトを導入させるなど、片岡は積極的にパソコンを使った業務省力化を図っていたが、最近は、片岡を訪ねる加藤の回数が極端に減ってきている為、パソコンを使った計画は、一時中だるみとなっていた。
今日は久しぶりに片岡のところに加藤が来て、片岡、武田恵美子の3人で支店長室で今後の計画について話し合った。
「今後は、電子メールが主流になるでしょう。業務のやり取りは、メールを中心に伝達事項がやり取りされていくと思います。」
加藤は、今後の情報化社会に必要なものは、と聞いた片岡に、具体例を挙げて答えた。
NIFTY-SERVEという、300万人に手が届きそうな勢いで勢力を伸ばしていたパソコン通信があり、それに入会していると、会員同士で電子メールのやり取りができる。他にも、people、PC-VANといったパソコン通信があって、場所、時間を問わず、手紙と違いお手軽にコミュニケーションをとることができる。後に、インターネットの爆発的な普及により、これらのパソコン通信は、潰れるもの、インターネットに対応する為形態を変えていくものと、様々に時代に翻弄されていった。
「電子メールとは、どんなものだ?仕事には役に立つのか?」
「Windows95には、簡易的にメールを扱う事が出来ます。百聞は一見にしかずですから、それを使って、武田さんとメール交換でもしますか?もう1台、サーバーと称するパソコンが必要ですが。」
Windwos95には、簡易的なメールサーバーを持つことが出来る。加藤はそれを使って、とりあえず片岡に電子メールを体験させようと思った。
「それは、第三者に読まれたりしないの?」武田恵美子が、心配そうに聞いた。
「簡易的なものだから、読まれない保障はないです。」
セキュリティをことさらに問題視し、インターネット上で話題になるのは、これから5年以上先の話である。片岡はさらに続けた。
「サーバーとやらのパソコンを買ってこなきゃならんってのも、今は見送らなきゃならんなぁ。しかし、電子メールっちゃ聞いたことがあるし、面白そうだ。なんとかならんか。」
「パソコン通信の電子メールがありますけど、それでも電子メールの体験が出来ます。専用のソフトもあるので、簡単に試せますよ。ただ、月々金がかかるし、ここに電話回線を引かなきゃならないですけどね。」
「それじゃ、やってみよう。」
と言うことで、片岡と武田恵美子は、NIFTY-SERVEに入会する運びとなった。加藤は、これまでやっていたNIFTY-SERVEのメールアドレスを二人に教え、当分の間は、3人でやり取りするようにした。
そうして、徐々に片岡と武田恵美子は、二人だけのメール交換にのめり込んでいく。


加藤は、木本建設に来ると、決まって土木支店の購買に寄ることにしている。今日も片岡のところへ行った帰りに購買によると、吉崎が来ていた。
「あれ?吉崎さん。東京に来てたんですか?」
「お前を待ってたんだよ。」
「よく、ここに来るってわかりましたねぇ。」
加藤は、本当に感心したように吉崎に言った。
「お前の行動などお見通しだ。まぁ、この前神戸で、いつ東京に帰るか聞いたからな。察しはついた。」
今井が感心したような表情で、口を挟んだ。
「すごいな。吉崎さんも、本当に今来たばかりだから、待ち合わせたのかと思ったよ。」
「加藤、三友建設から来た例の二人、大屋さんと長谷川さん。最近なんか変わった事ない?」
「おれも東京に帰ってきて、間もないけど、違いはあんまり気がつきませんねぇ。強いてあげれば、この前の講習会、大屋さん欠席してましたよ。」
「ほう、長谷川さんは?」
「出てましたよ。長谷川さんは、最近変わったことでなく、前からなんですけど、三友建設に仕事を取りに行っては、玉砕で帰ってくるみたいです。岸部さんが言う事だから、あまりアテにしてないんですけど。」
「へぇ、長谷川さんが仕事を取りに行ってて、大屋さんは行かないんだ。」
「大屋さんは、あまり存在感ないですねぇ〜。前は、エバったかんじが特徴でしたが、それ無いです。おれが慣れたんかな?そんな感じだから、実際のところは分りませんが、岸部さんの話では行ってないようです。」
「加藤の眼から見たら、どういう印象?」
「大屋さんは、恐らく、三友建設に頭を下げないでしょう。長谷川さんに行かせて、後ろでやいのやいの言ってるだけなんじゃないですかね。」
「ふーん。おれもそう思う。」
「来週なんだが、加藤は大阪な。カクナカ本社に行く。」
「転勤っすか?」
「んなワケないだろ。新神戸オリエンタルホテルに泊まって、大阪本社とオウクを行ったり来たりだ。」
加藤は、一瞬、早川ひとみの顔がよぎった。
「来週からと言いつつも、早ければ明日からでもいいよ。いつから行ける?」
「明日は立川の現場に行ってきます。明後日は、四本商事ってお客さんの所に行って、それから動けるだろうから、明後日っすね。3日後の朝からカクナカ本社に行けますが、あさって夜、顔を出した方がよければ、新大阪についてそのままカクナカ本社に入ります。」
四本商事とは、加藤が岸部に騙されてノコノコ書類を届けに行ったら、こっぴどく怒られた顧客だ。あれ以来、加藤は四本商事の高橋に、度々呼ばれていた。最近では怒られる事もなく、加藤が安心して訪問できる顧客のひとつだ。
「まぁ、そこまでする必要は無いし、あくまでも神戸を拠点にして欲しいんだ。そのまま大阪に入っちゃうと、洗脳されかねないからね。」
「あぁ、わかりますねぇ〜。この前、新田相談役の講習会っての出たんですけど、どっか新興宗教の集いみたいだったっすね。岸部さんなんか、もうすっかり洗脳されちゃってるんじゃないかな。」
「そだな。まぁ、加藤にはそろそろ神戸を見せておいた方がいいな。」
「あぁ、神戸見せて下さい。オウクとカクナカだけで滅入っちゃってるんですよ。」
「なんだとぅ!?早川さんとデートしまくってるじゃねぇーか。メリケンパークまで行きやがって。あそこは、デートのメッカだぞ。」
「なんだとっ!加藤、神戸まで行ってデートしてやがんのかっ!」
今井がきつい目で加藤を睨んだ。
「いや、あの、これはですね。あの、命令でして。」
「がはははは、これから、領収証を切るときは、注意するんだな。もっとも、金出さないってことは無いから安心しろ。吉崎さんにデートのことまで知られたくなければ、おれに直接持ってきてもいいよ。おれは、神戸プリンが大好物なんだ。」
吉崎が呆れながら今井を見た。
「おいおい、神戸プリンなんかで買収されんのか?安い金庫番だな。おれは、加藤の土産より1箱多く買ってきてやるよ。」
「買収額、神戸プリン1箱上乗せってのも、こらまたセコい話だ。」

吉崎は、今日これから神戸に帰る。その前に、吉崎と加藤は、土木の支店長室に入って行った。これまで何の動きもなかった神戸方面から、吉崎、加藤から水面下の報告が入るため、上機嫌だった。滝川は、二人を支店長室に入れて、
「先日、会長に会ってきたよ。港湾計画が稼動した暁には、木本建設は食い込んでいくぞ」
加藤は吉崎の顔を見た。港湾計画が、滝川をここまで興奮させているとは、吉崎も加藤も到底思えなかったが、まぁ機嫌が悪いよりは、と吉崎の顔には書いてある。
「吉崎の働きを会長に聞いたら、ん〜、と考えて、可もなく不可もなくってところだと言ってやがった。おまえ、たいしたモンだな。」
木本建設にとって、カクナカのために働くなんてことは、あまり喜ばしくない。かと言って、カクナカからの印象が悪くなっても、これはこれでまたよい事では当然なく、滝川にとって、会長から下される吉崎へのこの評価は、滝川にとっては高い評価である。
「加藤の事は、褒めてたし、感謝していたよ。今のうち恩を売っとけ。」
滝川は、自分の懐刀を送り込み、さらに実働として若い社員を送り込んだ、自分の人選の正しさをを確認するように頷いていた。
「ありがとうございます。」
加藤は、滝川に素直に礼を言った。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 1796