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作品名:建設業サラリーマンの冒険 作者:Sita神田

第20回   東京タワーが泣いている
オウクから国道を挟んですぐに神戸市役所がある。30階建て1号館の24階に無料開放された展望ロビーがあり、だれでも昇ることが出来た。ここから、ぐるっと市街地や港までが一望することが出来る。
東京にいて、なおかつ建築関係の仕事についている加藤は、上階部分が潰れた姿を映し出された市役所の写真にインパクトを感じた。神戸を知らないが、ニュースで流れた実物が目の前にあるということに若干興奮したという事もあるだろうが、加藤は、昼休みに市役所を見に行った事を、早川に話して聞かせた。当然ながら、今見ても、何の変哲も無い市役所である。
「加藤さんの見た市役所は、目的の市役所じゃないですね。」
神戸なまりの関西イントネーションで、まったりと言われてしまった。特にがっかりしたわけではないが、「そーだったのか、ちぇっ」くらいは思ったものだ。
「一番高い市役所を見ましたね。あれは震災でも無事だったんです。24階に展望ロビーがあるらしいですよ。ウチも上った事ないねんけど。」
「へー。どうせヒマだし、上がってみようかな。」
「どうせ行くなら、夜にしませんか?神戸の夜景はきれいなので、ロマンチックですよ〜、きっと。」
早川は、行く気満々になっている。

なるほど、とっても素敵。加藤は、山を見て、海を見て、市役所の24階展望ロビーを満喫していた。
「だいぶ復興しました。港なんかも人も出てきたし。」
早川は、独り言のように呟いた。
「だいぶライトアップされてるなぁ〜。さすが神戸、洒落た町だ。」
「あの辺はメリケンパークです。わりと近くて、歩いて行けるんです。行きませんか?」
早川からのお誘いで、加藤はだいぶ舞い上がってしまった。夜景は絶景。かわい子ちゃんと二人っきり、と思ったら、回りは、女と男の人数がぴったり半々かと思うくらいアベックばかりだった。市役所と言えども、デートのメッカになっていやがる。加藤は、ギョロっと回りを見回して、うつむき加減に声を潜めて早川に行った。
「そうだね。おれには、ちょっとここは似つかわしくない。」
早川は、ウフフと笑って、エレベーターに向った。

表に出てると、もうだいぶ寒かった。それでも二人は、ゆっくりとメリケンパークに向かう。他人から見たら、他人から見たら、他人から見たら・・・、そんな意識が加藤の頭の中をグルグルと回った。
「お店なんかも、すごいきれいになったんです。震災時はここもすごい被害だったんですよ。」
そんな加藤のモンモンもよそに、早川は相変わらずしゃべっていた。
「それにしても、すごい人だね。平日の夜にみんな飲みまくってるのか。おれらも晩御飯食べよう。なんか食べたいモンある?」
「お肉がいいです。すっごい有名なところがあるんですよ。」
早川の言われるがままに着いていった。見るからに高級そうな店だ。入ってメニューを見た。見たとおり高級な店だった。
「自腹じゃ、絶対に来れない所だ。ひょっとして、何もかもお見通しの上、おれと行動してるんだろうか。」
吉崎から、潤沢な軍資金を渡されていなければ、素通りどころか、早川の手を引っ張って、メリケンパークからすら離れたいところだ。
グランドピアノの生演奏が流れ、雰囲気に飲まれ、早川もだいぶワインを空けていた。外へ出ると、テラスになっていて、波止場には船が着岸し、その向こうでメリケンパークオリエンタルホテルがきらびやかにライトアップしている。
加藤は、生きている喜びを、この光景を、脳裏に刻み込んでいた。


「ふうん、それで?」
吉崎は、詰め寄るように加藤の顔を覗き込んだ。
吉崎は、前日の加藤の動きが気になるようだ。加藤が、早川とロマンチックな夜を過ごした翌日、朝からオウクにやって来て、加藤を連れ出した。オウクの中では突然の吉崎の訪問にもかかわらず、もてなし、帰り際、加藤との二人の時間も持たせてくれた。オウクの中、それ自体は非常にアットホームだ。

「会長と呼ばれる人が、テイヨウに出入して、たまにオウクに来るらしいです。例の住所のデータを閲覧してるらしいですよ。会長と、この港湾計画の繋がりはよく分りませんが。」
加藤は、早川から引き出した情報を、主観を入れずに、できるだけありのまま吉崎に話した。
「テイヨウとオウクの職員たちには、ごくごく普通に給料が支払われているようです。火の車なのは、カクナカだけですねぇ。」
「そうなんだ。みんな、カクナカが港湾計画の認定会社になると信じてるんだよな。」
「早川さんに紹介されて、鹿鳥建設の営業の人に会ったんです。その人もそんな事を言ってました。なんたって、カクナカの副社長は鹿鳥建設の人ですからね。」
「加藤、金はまだあんの?帰るまで足りるのか?」
「明日、晩、東京に帰ります。なので、金は大丈夫です。倉田社長から、晩までいるように言われてるんですよ。明後日、新田相談役の講習会とかがあって、それに間に合えばいいように言われてます。間に合うって言っても、夕方6時からなんですよ。その講習会。」
「へえ。晩飯でもおごってくれるんじゃないか。加藤は、倉田さんのお気に入りになっちまったなあ。」
「いやぁ、そろそろ大阪本社の話が来る頃だと思ってるんすけど。こっちもそろそろ軌道に乗り始めてる話が、きっと伝わってる。」
加藤が言うとおり、この1週間強の期間で、着々とデータベースを制御する部分の作り込みはかなりの勢いで進捗を伸ばしていた。大村は、慣れもあり、問題なく入力するデータ数もかなりの数量をカウントしている。
大村が入力するデータの特性上、構造そのものの変更が無いようであれば、早川は一人でも対応できるところまでスキルアップもしていたので、早川が困っていない時は、大村の入力作業を手伝っていた。それは、取りも直さず、だんだんとオウクでは加藤が不要になってきた事を表している。
加藤は、あとは早川ひとりでも何とかなるので、次は大阪本社の社内システムだな、と思っていた。そんな状況も、恐らく倉田に伝わっている事だろう、とも思っていた。
「そうか。でも気をつけろよ。」
「身につまされてわかってます。」
「で、おれがもっとも聞きたい話は、そこだけじゃないんだが。」
「はい。領収証は切ってあります。提出しますね。」
「やけに、はぐらかすじゃねぇーか。早川さんとは、チューくらいしたのか?」
「いいえ。」
「じゃ、チュっ、くらいか?」
「いいえ。なんか、エロおやぢみたいっすよ。吉崎さん。」
「じゃ、肩くらい組んだりしたのか?」
「いいえ。」
「手ぐらい握ったのか?」
「あの、正気で言ってます?めちゃめちゃいい雰囲気のところ、生まれてこの方味わった事のない我慢の理性で抑えてるんすよ。もう、出家しちゃいそうなんですが。ノイローゼになったら、労災おろして下さいね。」
「わははははは、色即是空だな。人生そんなもんだ。まぁ、そのうちいいことあるだろう。」

ところが、加藤のそんな予想とは裏腹に、翌日、倉田の言葉は、神戸と大阪、平行して見る事は出来ないかの打診であった。

「加藤さん、今日の食事会、ウチも呼ばれてるんです。」
夕方に、早川が加藤に言った。
「へ?食事会?」
「ええ〜?聞いてないんですか?倉田さんから電話があって、今日加藤さんが東京に帰るから、食事に行こうって誘われたんですよ。小幡社長も来るらしいですよ。あと古川さん。そろそろ原木さんが迎えに来るらしいです。」
「そらまた仰々しいな。おれは初耳だけど、その食事会のメンバーに入ってるのかな?」
「あたりまえじゃないですか。加藤さんを見送るんですから。」
「ふうん。送別会かな。」
「送別会?なんか話が通じてないですね。加藤さんは、当分ここに来る事になってますよ。みんな、加藤さんは東京へ帰るんじゃなくて、東京に出張に行くと思ってますよ。」
「え?倉田社長からなんか聞いてない?」
「加藤さんは、当分ここにいるって聞いてます。」
「あらまあ。」
加藤は、これを機に、拠点を大阪に移すものだとばかり思っていたので、なんとなく早川との会話もかみ合わないまま、迎えに来た原木の車に、古川と早川といっしょに乗り込んだ。

到着したのは、新神戸オリエンタルホテルのスカイラウンジだった。加藤は勧められるまま自分の席を見た。フォークとナイフの本数だけがやけに並んでおり、皿が1枚。上にナプキンが置いある。
加藤の目の前にいる倉田が、目を細めて、人懐こい笑みを浮かべて加藤をねぎらった。
倉田は、加藤たちが来る前からいた男を招き、紹介した。
「初めてだと聞いたよ。こいつは、自分の会社にロクに顔を出しよらへん。」
「小幡です。この度、加藤さんには、オウクがえらい世話になって。」
ここの人たちは、口調がえらい紳士だ。土建屋の中にいることが長かった加藤にとっては、これだけで、警戒心が緊張する。加藤は、自分に好意的な言葉を吐く人間を、信用しない。
加藤が席に着くと、となりに早川も座った。
「加藤君も、早川くんがおった方がええやろと思って、呼びました。もちろん、古川君と早川君の今回の働きに感謝を込めてもありますがな。」
小幡がこの人選をチョイスしたように言った。今回の主催は、倉田の意図したところではない事が加藤には見て取れた。早川は、
「さすが社長、ありがとうございますぅ。」
と馴染みの声で答えていた。早川にとっては、とりわけ緊張するメンバーでもなく、普段どおりのメンバーで、場所がちょっと高級っぽくなったくらいだ。
「早川くんも、ずっと加藤君がおった方がええんやないか?わははは」
小幡は、馴染んで笑った。
加藤にとっては、なんとなく仕組まれた会話のような気がした。「女を使う。」滝川の言葉が頭の中を駆け巡った。加藤は、この言葉を全面的に信用しているわけではない。あるいは、本物のヤクザだったら、いや、物語上のヤクザだったら、はたまた漫画だったら、そんな展開もありえるかも知れない。が、加藤の身の回りは、この上なくサラリーマンであり、そんな世界とはまるっきり縁がない。あるいは、このまま早川とどうにかなっても、幸せな生活が待っているかも知れないのだ。しかも、ごく一般的に考えれば、社長と名の付く人たちにこれだけ覚えもめでたければ、普通に行けば出世街道まっしぐらだ。ただ一点、ここにいる社長二人は、加藤に賃金を支払っていなかったし、倉田などは、自分の社員にすら賃金を支払っていないのだ。
その倉田が会話に割って入ってきた。
「おいおい、加藤君はカクナカの大事な人材なんだよ。これから大阪にも来てもらわなアカン。そろそろ、加藤君を大阪へ呼ぼうと思っとる。なぁ、加藤君、みんな待っとるで。まぁボチボチ来たってや。」
加藤は、倉田にあいまいな返答をしてお茶を濁した。
後に、この話を吉崎にしたところ、翌週に大阪行きの予定が組まれた。滝川、吉崎は頃合とみて、カクナカ本社の経理システムを加藤に見せたかったのだ。加藤は、その後新神戸から新幹線に乗り、東京へ向かった。


岸部の運転する車に、大屋、長谷川、加藤が乗っている。山川は、常駐先である、新宿アイランドタワーから直接、白川は先に行っている。みなの行き着く先は、新田相談役が本日講習会を行う、白金台のマンションだ。
大屋は、気が進まない。仮にもカクナカ東京支社長が、たかだか相談役の、何の役に立つのかわからん講釈を聞かなければならない。新田は倉田とどんなつながり方をしてるのか、最近になっては不気味に感じてきていた。そして何より、契約である三友建設からの仕事を、今日までまだ1本も取ってないのだ。
長谷川を、三友建設に行かせた。長谷川は、何度か三友建設に足を運んだ後に、ねを上げ、大屋に、せめてどこに口を利けばいいか、できれば大屋の知人に口を利いて欲しい旨の上告をしてきたから、大屋を送り出した営業担当者、同僚たち、最後には、事情を知る大屋の上司を長谷川に教えてやった。が、結果は思わしくなかった。さらによくない事に、長谷川は、初めこそ悲痛な表情で空振りを大屋に報告していたが、最近では、その空振りも当然のことのように受け止め、モチベーションも下がってきている。長谷川は、今でも出かけているようだが、もう大屋に報告することも止めてしまった。大屋も、「仕事が入ったら、おれのところに来るだろう。」くらいの受止め方しかしておらず、放置したままだ。どうしていいかもわからず、時間ばかりが過ぎていく。
「こんなことなら、営業の奴を連れてくればよかった。」
だが、カクナカに乗り込む当初は、設備工事を取り、消化していかなくてはならい説明だった。絶対的に設備工事を管理するスキルが必要だったのだ。
「だからおれが選ばれたのだ。」
堂々巡りな考えだけが頭の中に浮かぶ。それに、なぜか知らんが、それを、新田ごときが契約違反だと大屋に詰め寄るのが、大屋は納得がいかない。
できれば、今日の講習会も、行きたくなかった。あの新田の顔を見るのが、たまらなく嫌だ。倉田からの絶対命令が無ければ、今日も東京支社を出たら、酒でも飲みに出られるのに。
「岸部、車を止めろ。」
後部座席で大屋が言った。
「支社長、どないしました?」
「おれは、気分が悪くなった。講習会はお前らで行ってくれ。講習会の内容は、後で長谷川から聞くから。」
「新田先生のマンションは、すぐそこでっせ。着いて休まれては。」
岸部は大屋に気を使って、車を止めながら言った。
「いや、一刻も早く帰りたいのだ。明日は会社に出るから。」
それだけ言うと、大屋は車を降りて、もう駅に向かった。見上げると、東京タワーが美しくライトアップされていた。


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