データベースの作成も順調に進捗し、加藤と早川にも、雑談を交わすほどの余裕も出てきた。早川には、毎朝、加藤がどこから来るのか興味があるようだ。 「神戸オリエンタルホテルに泊まってるんです。神戸は、そこしか知りませんから。」 「観光だったら案内しますよ。今日は早く上がれそうだし、どっか行きたい所、ないですか?」 「ありがとう。とりあえず、外でご飯食べれるところ教えてもらえないかな。ホテルの中も飽きちゃって。」 「三宮まで行けば、たくさんあります。わたしも一人暮らしなので、ご一緒します。」 なんと、簡単について来てしまった。加藤はびっくらこいたが、とりあえず、仕事が終わったら、二人で食事に行くことにした。
「おいおい、本当に二人で行くとは思わなかったな。いよいよもってして、ヤクザは女を使うってのは本当だったか?」 加藤は、後々に揉め事に合うのは面倒だと思い、昼、事務所を抜けて、吉崎に報告をいれた。吉崎は、冗談混じりの口調とは裏腹に、かなり困惑した様子だった。 「いいかっ!おまえの門限は11時だ。必ず11時にこのケータイに報告を入れろよ。」 6時からメシを食うのに、11時になるか。と加藤は思ったし、それは11時まで起きてなきゃいけないってこと? 新神戸から三宮まで、地下鉄で1駅ということもあり、加藤は、ホテルに帰るなり、やることも無く、早くから寝ていた。夜の10時にはベッドに入ってそのまま朝、ということも最近では珍しくない。朝は、早くから起きて、ホテルの食堂でバイキングを食べながら、ゆっくり新聞を読んだりして、ひとりの時間を楽しんでいた。そんな、土建屋にとっては夢のような健康的でリッチな生活を送っていたのだ。
三宮にある居酒屋では、加藤と早川は、パソコンと言う共通の話題もさることながら、早川の、加藤に神戸を紹介したいというサービス精神も手伝ってか、話が弾んだ。 震災の話が出た時も、その体験談は、加藤の想像を超えるもので、早川の話に引き込まれた。 三宮から少し歩いただけで、未だに修復されない震災の痕を残すところがあり、興味深げにその話を聞く加藤を、早川は連れ出した。
三宮から元町に抜けるアーケードは、突然そこで終わり、その向こうにある店は、斜めにひしゃげ、未だに修復されていない。 地震のすごさを物語っていた。前も後ろも、加藤と早川の二人の他は、酔って歩いているおばさんが一人だけ。三宮のごった返した人の数を思うと、まるで遠いところのようだった。 「凄かったんだね。」 「もう、地震はいやです。」 それでも、早川にあまり悲壮感は感じられなかった。これを経験したら、強くなるわな。と加藤は思った。 「もう、遅い。駅まで送るよ。」 加藤は、早川にそう伝えた。
吉崎は、一人でワインを飲んでいた。神戸に来て、ひとりで飲む酒は、白ワインだ。なぜかそんな気がして、単身赴任先であるマンションで買って飲む酒は白ワインが多い。夜も11時を過ぎた。加藤からケータイに連絡が入るはずなのに、一向にかかってくる気配が無い。たまりかねて吉崎は加藤のケータイに電話をかけた。いくらコールしても出ない。 「あのヤロウ、まさかシケこんでるんじゃねぇーだろうな。」 オウクで見た、パソコンを覗き込む二人の後姿がフラッシュバックする。ん〜、あれはただ事ではなかった。付いていった方が良かったのだろうか。同時に、滝川の顔も浮かんだ。 「倉田はお前らを呼び込むかも知れん。直接言うか、金を使うか、女を使うか、それは分らん。倉田はヤクザだ。それを忘れんなよ。」 滝川はそう言っていたし、吉崎もそう思う。女を使われたら、加藤はひとたまりも無かったか。とは思いつつも、ケータイにまたコールした。
一方、加藤は、早川と二人で三宮の駅にいた。早川は別れを惜しむように改札の前でしゃべっていた。仕事のことや、神戸の話、だが加藤は気が気ではなかった。上着の内ポケットの中に入れたケータイのバイブレーターが、2分おきにうなるのだった。
吉崎のケータイに、加藤から連絡が入ったのは、それから15分後。 「おうっ!門限過ぎてるぞ。年頃の娘の父親じゃねぇーんだ。心配させんなっ!」 「すいません。まさか彼女の前でケータイ晒すわけにはいかなかったでしょ。」 「ってことは、まだいっしょなのか?」 「いいえ。たった今別れました。なかなかいい雰囲気でしたよ。」 「ふーん、なんか聞けた?」 「んもう、せっかちなんだから。これからです。」 「今日は遅いから、ホテルでゆっくり寝てくれ。おれも疲れたわ。」 「すいません。」 今の吉崎に冗談は通じなかったようだ。 加藤は、ケータイを切って遠くを見たら、わりと大きく、新神戸オリエンタルホテルが闇の中に浮かび上がっていた。 「なんだ。歩けるんじゃないか。」 加藤は、ちょっと小走りに、ホテルへ向った。
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