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作品名:建設業サラリーマンの冒険 作者:Sita神田

第18回   スクランブル発進指令は、神戸から
「加藤君、お帰り。大阪はどうやった?」
朝、加藤がカクナカ東京支社へ出社するなり岸辺が加藤にうれしそうに聞いた。
「たこやきまんじゅうです。すいません、どこにも出られなくて、こんなのしか土産ないんです。」
「こんな気使わんかってもいいのに。次は食い道楽連れてってもらい。」
「道頓堀っすね。一度行ってみたかったんですよ。でも、次あるかどうかはわからないです。」
「その件では、倉田社長から連絡を受けてるよ。これからちょくちょく加藤君を大阪によこすから、調整するよう言われとるで。」
「ちょくちょくっすか。」
「神戸でも呼ばれとるらしいやん。なんとか神戸と大阪と調整して東京でもやりくりせなアカン。東京では、立川もあるしな。」
「立川の方は、自分で調整しなきゃならないんですけど、お客さんの所とかは、書き出しときます。」
「頼むわ。こっちに全部フってや。講習会もあるんやろ、そっちは加藤君が行かなアカンねんやから、忘れずに調整しとき。」
「ありがとうございます。今日は、立川の現場に行った後、そのまま講習会に行きます。」
加藤は、カクナカの基幹システムである、IBM、AS/400を知るために講習会に参加することにしていた。費用は、木本建設持ち。岸部には、どのような講習会に参加するのかは、あまり知らせていないが、その時間、業務から加藤が抜ける事は快く承諾してくれた。

立川にある現場については、実のところ、未だ、木本建設設備部から担当の迫田不在の対応はされてはおらず、加藤が協力業者と綿密に連絡を取る事で対応していた。
実は、木本建設設備部内でも、迫田の不出勤は問題になっており、この頃では、迫田が担当している現場を、代わりの担当が管理しなければならない問題が勃発していた。にもかかわらず、手狭な設備部と、部下に全てを押し付けてしまう設備部部長、課長の体質が、問題解決を遅らせていた。
対面ばかりを気にする、設備部部長の田口は、加藤へはそのような問題を吉崎、またカクナカの岸部に伏せるよう口止めをしている。
その問題が解決しない頃、吉崎が加藤のところへ連絡をしてきた。
「あ、加藤?聞いたよ。立川は大変なんだって?」
「いや、現場自体は順調ですよ。ちょっと業者さん任せですけど。」
「まぁ、仕方がないけど、迫田の件だよ。会社にも来てないらしいじゃないか。本人はどうしたんだ?」
「設備部としても伏せているので、よく分りません。」
「こっちには報告してくんなきゃ、滝川支店長に聞いたんだぞ。」
「田口部長から吉崎さんと、岸部さんには口止めされてたんで、今井さんに言ったんですよ。滝川支店長の所へ行くなんて、さすが今井さん。」
「のんきだな。設備部からは協力が期待できないってことか?」
「とりあえず、おれの方でやりますけど、問題が勃発したときに言い訳できるように今井さんに報告しときました。現場もコケるわけにはいかないので、何とかやっときますよ。」
「とりあえず、田口部長に言っとくわ。今日から講習会で、またしばらく行けないだろ。」
「よろしくお願いします。」
この現場は、加藤の懸念通り、後に突貫現場となっていく。

夏の暑い盛りに、加藤は何も分らずカクナカに来た。もう秋も終わり、冬にさしかかろうとしていた。ストレスの為か、股間に、生まれて初めてのジンマシンが出来た。股間ってところがかっこ悪かった。

新田女史が、講習会を行う、という通達が回った。
新田は、株式会社カクナカの相談役として、大阪本社はもとより、東京支社において、カクナカ職員のメンタル教育を主体に講習会を開催していた。加藤が、カクナカに出向に来る以前に第1回目が開催され、今回で第3回目となる。2回目は、三友建設から来た大屋、長谷川なども出席している。
「ためになるから、加藤君も今回は出席した方がええで。」
あくまでも、加藤が向上していく上で、加藤自身が必要だろうという口ぶりで岸部が言った。加藤は、岸部から聞いたが、具体的にどんな話をその講習会でされるのかは、岸部の口からは出なかった。
加藤は、その講習会と言うものはどんなものかを、白川にも聞いてみたが、
「たいした事ないよ。これからカクナカがグローバルになるに当たっての心構えとか、そんなもんだから。グローバルになるかどうかは別として。」
との事だった。
加藤は、それを聞いて、「岸部は、倉田新田教だったなぁ。」と思った。岸部は、カクナカ社長である倉田、相談役である新田に、絶対服従を誓っているようなものだったし、回りの連中もそれを認め、何よりも自分からそのような言動を発していた。
その日には、新宿アイランドタワーに常駐している山川も講習会に参加するはずだった。参加すると言うよりも、参加させられると言った方が適切だ。
つい1ヶ月前は、山川の他に2名いた常駐職員は、すでに退職していた。
その2名は、カクナカから約束された退職金が支払われないばかりか、3ヶ月分の給料未払いを、カクナカを相手取り、訴訟を起こす準備をしているらしい。加藤は、それを直接本人から聞いたわけではなく、山川から聞いたのだが、加藤はそれを信じているし、このカクナカだったらやりかねないな、とも思っている。
「講習会も結構な事だし、グローバルな会社ってのもすばらしいかも知れないけど、この2人のような被害者を無視して、新田さんってのも、よく号令かけられますね。」
加藤は、白川に言ってみた。勿論、宮川もそれを聞いていた。その上で、宮川が、
「まったく、新田さんの言うことも、わけが分らないんですよ。港湾計画がどうのこうのとか、みんな一丸となって倉田社長を盛り上げなきゃいけないとか、かと思うと、給料が払われないのは、現職員の怠慢のせいとか、まるで安物の宗教じゃないかって程の・・・」
宮川は一人で、堰を切ったように、新田、ひいては倉田に対する不満を、マシンガンをぶっ放すかのようにしゃべり始め、加藤は、その宮川のグチをBGMに、1回出てみる価値はあるかな、とボーっと思った。
そんなところへ、岸部から内線がかかった。加藤に電話だそうだ。
「神戸から連絡が入っとるで。オウクの女性で、早川さん、ゆう人や。」
データベース作成し、自分で作ったデータベースがパンク、データが損失したそうだ。なんとかこのデータを復旧させたい事と、本格的にデータベース開発に着手したい。そしてこれらに加藤の手を借りたい、と言う内容の連絡だった。
その後、岸部のもとに、倉田から、同じ内容の連絡が入ったようで、岸部から加藤へは、明日にでも神戸に行くように指示があった。長谷川部長は、岸部から説明があり、勿論承諾している。
加藤は、すぐに神戸に行く準備に取り掛かることを約束して、電話を切った。
木本建設から加藤が与えられているケータイは、カクナカ内部では秘密だたった。吉崎、ひいては木本建設と加藤が綿密に連絡を取り合ってる、という事を悟られない為の配慮であったので、加藤は、カクナカの外に出てそのケータイから吉崎に連絡を取った。
「神戸からお呼びがかかりました。すぐにでも来いってことらしいんですが。」
はたして、吉崎は、加藤の言うことをすでに知っていた。
「今、倉田さんからこっちに連絡があったよ。神戸に加藤をよこすから、面倒見てくれ、みたいな内容だったよ。面倒見てくれとは、もう加藤も倉田さん配下だな。」
嫌味とも取れないことを、吉崎は言って、さらに続けた。
「今すぐにでも、とか言ってたけど、すぐ行くって言ったの?」
「言うわけないでしょ。調整するって言ったんですよ。まさか今行って、夕方には帰れる距離じゃないっす。」
「あはは、そらそうだ。倉田さんは、10日くらい滞在させたいって言ってたぞ。その間に大阪にも来てもらう。とも。もう講習も終わってバッチリだろう。」
もう加藤は、IBMのAS/400の講習会も終わって、東京支社からOS/2のパソコンを使ってデータを見るくらいのことはやっていた。当然ながら、倉田から言われた課題である、瀕死になっている社内システムの復活と改善、など、いきつくまでは、程遠い。
「それでは、せっかくなんで、明日行くようにします。」
かなり急な予定ではあったが、すんなり神戸に行く事が決まった。東京支社を長期で空けることになりそうな予感に、加藤は調整をし始めた。


新幹線、新神戸駅は、いろいろな在来線が乗り入れているような東京駅や、新大阪駅と比較して、かなり小規模な印象を受ける。地下から歩いても、地上を歩いても、新神戸オリエンタルホテルに着いてしまうようなルートになっており、迷わずこのホテルにたどり着く。加藤はロビーで吉崎と待ち合わせをした。
「今回は、かなり長丁場になるだろう。倉田さんはそう言ってた。まぁ立川もあることだし、週に1回は帰してくれ、とは言ってるけどね。」
吉崎は加藤と会うなり、そう切り出した。
「いいか?この前も言ったけど、女の誘いには絶対に乗るなよ。」
「ええ〜、乗っちゃ駄目なんすか?」
「気持ちは分るが、仕事と割り切るんだ。いいか、相手はヤクザだってことを肝に銘じておけよ。あと、港湾計画の話が出たり、見たり聞いたりしたことは、メモを取らずに記憶して、こっちに報告してくれ。メモを取ると証拠が残るからね。」
「誘いに乗るなだの、記憶しろなど、おれにとっては不可能な事ばかりっすけど。」
「あはは、ぶっちゃけ、そうでもなければ、加藤を誘うわけねぇーだろ。早川さんにも男の好みってのがあるだろう。」
「おれはストライクゾーンに入っていないと?」
「女が、男に純粋に魅力を感じるのは、加藤ではなく、おれのようないぶし銀でなければ全て包括できない。加藤なんて、手玉に取られてお終いだ。まぁ危機管理というか、危険回避だな、これは。」
一体どこまで本気なのか、わからない。
「それと・・・」
吉崎は声を潜めて、続けた。
「これを持っとけ。ここに50万ある。誘いに乗るなとは言いつつも、お食事くらいならよし。バンッバン行ってくれ。有益な情報待っとるよお。」
「はぁあ?正気ですかあ?そらちょっと大金すぎません?半分でも多すぎます。」
「何を言うか。男子たるもの常に懐深く、常に高級志向で女を誘わにゃならん。滝川支店長からも持たせるように指示されてる。長期になる可能性もあるし。」
「じゃ、そのうち20万だけお借りします。金が無くなったら、連絡しますよ。」
「そうか?あ、領収証はもらっておいてね。」
「わかりました。それでは、そろそろ行きます。」
「おう、くれぐれもな。それから、暫くここ、新神戸オリエンタルホテルに宿とったから、夜また会おう。今日はおれも泊まる。」

株式会社オウクでは、早川ひとみと、古川、大村の3人が途方に暮れていた。データベースを自分で開発し、その運営にそろそろ限界を感じていたところだった。12冊ある、キングジムのファイルを2冊ほど打ち込んだところで、パソコンが動かなくなり、再起動したところ、打ち込んだデータがまるっきり見えないというトラブルに見舞われていた。データベースアプリケーションの限界だとすれば、単純にその6倍もあるデータ量に耐えられるものではない。データベースは、Lotus-Approch。3人はこれ以外にデータをパソコンで管理する術を知らない。
「正直、これはデータ量が多いんだよ。やっぱり、このパソコンではねえ。小幡社長に言って、もっと性能のいいパソコンを買ってもらった方がいいよ。」
古川は少ない髪の毛を撫でつけながら早川ひとみに言った。
「3台も買ったんですよ。お金がそんなに出るとは思いません。加藤さんが今日来るので、どうしたら言いか相談しましょう。住所データもこのやり方じゃ、全然管理できないんです。」
大村は、データベースについて、というよりもパソコンそのものが良く分らず、早川ひとみに、なんとか着いていっている。大村の役目であり、出切る事は、早川ひとみに言われるがまま、データを打ち込むことだけだ。二人のやり取りを別段緊張するわけでもなく聞いていた。そんなところへ加藤が到着した。加藤は3人の所へ寄ってくると、まずは挨拶した。
「こんにちは。どうもご無沙汰をしております。しばらくこっちにご厄介になります。」
古川と、早川ひとみが同時にしゃべり始めた。
「作ったデータベースのデータが消えちゃったんです。」
「パソコンが安物だったんで、ハイスペックなパソコンを買おう思うてまんねん。」
「ふーん、そうですか。」
加藤は、二人同時に言われた事と、状況も把握してないまま二人に言われた事で、二人の言ってる事がさっぱり分らなかった。とりあえず、適当に答えて、お茶を濁した。

暫くして、オウクに倉田から電話が入った。加藤が、本日オウクに入ることになっているので、内容等の確認のようだ。
「加藤さんは、ただいまお見えですので、電話口へお呼びいたしますか?」
「それでは、頼む。」
丁度、オウクに着いたばかりの加藤を、事務員は呼んで、電話を変わった。
「お疲れ様です。加藤です。今さっきこちらに着たばかりです。今、事情を聞いているところですが、大丈夫だと思います。」
「さすがやな。いずれ、大阪にも来たってや。待っとるで。」
簡単に言葉を交わすと、加藤は3人の所へ戻り、パソコンを覗き込むと、データベースを開いた。Lotus-Approchというデータベースは、すべてのテーブルがひとつのファイルで完結しているのではなく、データそのものを複数のファイルとし、それをアプリケーションで複雑に連携させる事によって、あたかもひとつのデータベースとして見せるよう動作していた。その後、デフォルトスタンダードになっていくマイクロソフトのMS-Accessや、ファイルメーカーなどのパーソナルなデータベースとは構造的に異なものではあるが、そのような最低限な構造を知って扱うと、問題発生時の対応もまた違うものだ。加藤は、その構造的な見地から、喪失したデータを見つけ出して復旧した。あまりのスピード解決に、東京からわざわざ神戸に呼び出したことについて、3人が恐縮したくらいであった。
さらに加藤は、何点かの問題点も挙げた。現在のデータベースの容量を見ると、その何倍も収容しなければならないファイル容量の限界値もおのずと知れる。
加藤が、前回来た時に見る、入力しなければならないデータ量は、キングジムファイル9冊から、12冊に増えている。これは、まだまだ増えるであろう。と加藤は推測した。
早川ひとみは、データベースを1から作り直す事をかって出た。これまで入力したデータは、そのまま利用できる証明を、加藤がその場で作った試作品で認めたことによる。
古川は、全面的に、早川と加藤に任せる形となり、大村は、これまでのデータベースにデータを入力することに専念した。
加藤と、早川の共同作業が開始された。が、早川は、自分が作成する事にこだわり、加藤は、そのフォローであるが、自然と流れは組まれていった。


「神戸北野に来たら、チーズフォンデュだろー。一度食って見たかったんだよねぇ。」
夜、仕事が終わって、ホテルで吉崎と待ち合わせたのだが、晩飯食おうってなったときに吉崎から提案された。なんと、このオヤジは、ヤロー二人で、神戸北野でチーズフォンデュを食おうとしているが、加藤も、それが何なのか、また北野とは、どういう所かという、土地勘も無かった。
スイス、フランスの国旗が下がった、見るからに洒落た店に入り、ビールで乾杯をし、吉崎は叫んだ。
「すいませーん。チーズフォンデュ二つくださーい。」
大盛でー、と言わんばかりの勢いで注文すると、吉崎は、今日の報告を加藤に求めた。
「データベース作成がメインです、こっちは。データベースを作るってこと自体は大したこと無いんですけど、入力するデータが膨大ですね。」
「なんとかなるの?そうこっちにばかり張り付いてもいらんないだろ。」
「早川さんと、もう一人の女性で入力するので、時間のかかる忍耐の仕事は、おれはやりません。」
「そのデータなんだけど、どんなデータなんだい。」
「神戸米奥地区の地形図ですね。港湾計画候補地らしいです。地主の洗い直しや、河川の把握なんかをそのデータベースでやるって言ってました。」
「ふうん、そうなのか。本当にやる気なんだな。」
「やる気って、そのために鹿鳥も三友もウチもみんな動いてるんじゃないんですか?」
「みんな浮き足だってるなぁ。動きが取れない。オウクの資金源は何なんだろう?わかるか?」
「そこまで分らないっすけど、吉崎さんも、カクナカが資金源だろうと思ってるんでしょ。」
「そう考えるのが妥当だろうね。なんの会社かわからないもん。」
「中に入ると、余計わかんないっすよ。男も何人かいますけど、みんなヒマそうで。たまに集まって、神戸の米奥地区に行くそうです。」
「ふーん。それはオウクから?」
「いや、テイヨウが主体でしょうね。東京からも誰か来るみたいですよ。」
チーズフォンデュが運ばれてきた。吉崎も加藤も、初めて見た。
吉崎と加藤は、パンをおかわりにつぐおかわりで、店の人ばかりでなく、周りの客にも辟易させた。アベックか女性客ばかりである。
それにしても、あまりに腹に溜まらなさ過ぎる。たまりかねて、吉崎が言った。
「すいません、ごはんあります?」
「ごはんは、ちょっと置いてないのですが。」
吉崎と加藤は、店を早々に引き上げて、肉を食いにホテルのレストランへ向ったのだった。


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