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作品名:建設業サラリーマンの冒険 作者:Sita神田

第17回   予算無制限のデート命令
「じゃぁ、ワシが出来るのは、ここまでや。あとは、加藤君に説明して、どこまで協力してもらえるか聞いてみて。必要とあらば、いつでも東京から来るように手配するから。」
「倉田さん、ありがとうございます。それじゃ、用意してきますね。」
倉田と、早川ひとみは、加藤の前でそう会話すると、早川ひとみは、元来たパソコンの所へ戻っていき、全てのファイルや紙などをまとめて他の部屋へ行って電気を点けた。
「加藤さん、こちらへどうぞ。ちょっとご説明したい事がありまして。」
と、早川ひとみは、会議室へ加藤を誘った。
加藤は、ちょっとドギマギした。
「そ、そんな、こっちだって、心の準備が。罠と言ったって、展開が早過ぎないか?こんな朝っぱらから。しかも普通の会議室で。あぁ、滝川支店長、ごめんなさい。」
とか思いながら、言われるがままに会議室に行くと、
「こ、これはっ!」
加藤は、絶句した。資料が並び、会議テーブルが用意されていた。キングジム5cmのファイルが9冊、模造紙に書かれた地図が、会議テーブルいっぱいに広げられ、レポート用紙が山のように積み上げられていた。脇に、LotusApprochの本が2冊ほど積んであった。
「普通の打ち合わせじゃねぇーかよ。」
ふしだらな考えが頭の中を渦巻いていたのは、加藤の頭の中だけだった。ホっとしてがっかり。加藤は、キングジムファイルの山になっている会議室にしぶしぶ入っていった。
「お茶とコーヒー、どちらがいいですか?」
と早川ひとみは加藤に聞いた。加藤は、お茶を所望し、取りに行く早川ひとみを見送った。待っている間、加藤は、資料を見てみた。Approchの本には、付箋紙がいたるところに貼り付けられ、それなりに勉強しているようだ。
「こら、おれが教わる羽目になんじゃねぇか?」
加藤は、本で勉強しながらApprochを習得したわけではない。データベースのものの考えは本を読んだが、Approchそのものの操作は、カンと、トライ&エラーだったのだ。

ある地番も丁目も、住所さえも決まっていない土地がある。かなり広大な土地らしいが、地主が決まっている土地、また地主がわからない土地、その特徴から、番目を割り振りデータベース化したいらしい。ある程度の資料は、市役所や役場から取ってきたようなのだが、いくらキングジムファイルが最強と言えども、このデータの管理は、限界だった。
聞けば、あるカテゴリごとに分類し、階層ごとの管理をしたいということだった。
「ふーん、早川さんは、リレーショナルって知ってる?」
「あぁ、それですそれです。。本とかで勉強して、それを使えば出来そうな気がすんねんけど、分らないし、それをやろうとすると、データベースは動かなくなってしまうし、どうしていいか分らないの。」
「ふーん、そう。」
「プライマリーキーとか、インデックスとかって、分りますか?」
「え?わからない。インデックスとかは本に書いてあるのを見たなぁ。」
「あ、そうっすか。」
加藤はとりあえず、何とかなるな、と思った。
まだ、加藤のほうが若干、早川ひとみよりは、Approchに関して、というか、データベースに関してはリードできそうだ。あと、細かい話は出たとこ勝負で出来ればいい。

「それを、古川さんが、パソコンなら管理できるって、言って、パソコンを3台くらい買ってきたんです。」
「へー、すごいねぇ〜。台数あって、解決しました?」
「古川さんが、データベースを使うって言うから、パソコンを見たら、LotusApprochが入っていたの。で、Approch使おうと思ったんだけど、難しいでしょ。これ。3台買ってきた意味は分りません。多分、古川さんと、わたしと、大村さんの分だと思う。」
なんと、金持ちの会社だ。これだけの理由で、3台もパソコンを買ってきた。しかも使いこなせないでいるのだ。すごい。
加藤は、キングジムのファイルをペラペラとめくって見てみた。極めて古い、紙に書かれたであろう、手書きの地図のようなものに、手書きの住所。常用漢字でない漢字を使っている。ほとんどが縦書きだが、中には、横書きのものもある。飛び地になっているものや、土地の特徴がびっしり細かい字で書かれているもの。中には、地主と住所と、田んぼの広さが殴り書きで書いてあり、はんこが押してあるだけの書類もある。これなどは、一体、どうなっているんだ?と思うのと同時に、これらの資料をよく集めてきたな。と加藤は思った。そうは言っても、加藤はデータベースをやりに来た。これらをパソコンに入れなければならない。
「番目も決まっていないような土地なので、決まっていったら、関連する土地も全て変更しなきゃならないんだけど、その前に、パソコンに入れなきゃならないでしょう。で、その前にApprochを作らなきゃならないでしょう。わからないんです、Approchが。」
主要な書類に目を通して加藤は、早川ひとみに言った。
「そのデータベース、Approchは、おれが東京に持って帰って作る事、できますか。」
「このデータは、全てここに無ければいけないの。それに、1日にドンドン増えてるし。それに、Approchは、今後拡張していかなきゃならないので、、大村さんと私で習得していこうって、社長と会長に話ししたんです。」
「ふーん。で、Approchを教えろ、と。」
「倉田さんに相談したら、いいのがいるから、連れて来たる、って言って、加藤さんが来たの。」
「ふーん、ところで、社長と、倉田さんって違うの?」
「うん。倉田さんは、カクナカの社長でしょ。ここ、オウクの社長は、小幡社長。私は、テイヨウの人間だよ。」
「テイヨウの社長ってのは、誰なの?」
「会長じゃないかなぁ〜。みんな会長って呼んでて本名わかんないや。平・・・なんとか。」
「テイヨウの人なのに、カクナカの社長は、倉田さんで、オウクの社長は、社長と呼んでるんだ。」
「私たち、テイヨウは、1日テイヨウとオウクを行ったり来たりだからね。オウクの人たちは、まさか小幡さんとは呼ばないでしょ。だから私たちも社長って呼ぶようになった。」
「ふーん。ま、慣れれば、どうでもいいことなのかな。」加藤は思った。

その後、加藤は、古川の課題である、3台のパソコンのネットワークを設定し、フォルダを共有し、動作を確認した。こちらは、それほど時間がかからず、簡単に終わったのだが、古川始め、早川ひとみ、後から来た早川ひとみの同僚である大村も感動していた。実は、2ヶ月も前から、ネットワークで接続したく、古川はこれにかかりっきりだったと言う。なので、LANボードは組み込まれ、ハブ、ケーブルの類は、全て取り揃えられていた。
Windows95は、標準でネットワーク機能が実装されているとは言え、まだまだ誰もが簡単に繋げられるというほど普及はしてなかった。書籍も、それほど豊富にあるわけでもなく、経験者もまだまだ続出しているわけでもない。何よりも、ネットワークそれ自体がそろそろマニアの領域から一般の領域に知れはじめるところであった。


吉崎は、朝から顧客のところで打合せをしていた。していた、と言いつつも、吉崎は設備の事など分らない。ましてや、打合せは消防設備に関することなのだ。新神戸のとあるビルからテナントが退居し、新たにテナントが入居してくる。部屋のレイアウトも変わるため、消防設備、特にスプリンクラーなどの配管の切り回しも発生し、なかなかどうして、それなりの金額になっている。
ここにいる小林が打合せの主導を握っていた。細かい話では小林が全て受けて答える。小林は、吉崎が土木の人間で、消防設備に疎い事は知っている。技術的な打合せとなれば、小林一人で十分だった。だが、経営に直結する判断や、決裁は、専務取締役支社長の吉崎で無ければ話にならない。そのために吉崎はこの打合せに朝から出席しているのだ。
ところが、他の仕事の兼ね合いもあったりして、工程にしても、技術員の員数にしても、判断するところが吉崎に委ねられるところが出てきて、なかなか席を離れられなかった。

小林は、カクナカ神戸支社の主任で一番のやり手だ。生え抜きであり、もう長い。一番のやり手、と言いつつも、吉崎の他は、福田部長、小林がいて、その後輩、事務員の女性が二人いるだけの事務所である。
少人数ながら、ここの福田部長、小林主任である、カクナカの生え抜きのメンバーは、実は、アンチ倉田である。「わけの分らん港湾計画なんぞに自分を見失わず、自分らの消防設備の技術でコツコツと会社を立て直して行きたい。」と考えている。カクナカは瀕死の状態、そんなところで、倉田以下、新田などと宗教がかった怪しい女がやってきて、会社をめちゃくちゃにした。と思っている。福田、小林だけではなく、カクナカ神戸支社全体がそんな体質となっていた。
実際に、そうした倉田から自立した考えがあるのは、吉崎の貢献である。
滝川の意向もあり、このカクナカ神戸支社には、木本建設から陰ながらの資金援助があった。資金援助というと大げさではあるが、各個人の交通費などの必要な経費を、木本建設から援助してるといった、些細なものだ。吉崎は事あるごとに宴会などをカクナカ神戸支社内で設けた。職員からの出費は抑える代わりに木本建設から、それらの資金を調達したものだ。そして、吉崎は、その都度、実体のない港湾計画などを当てにせず、真面目にコツコツと働く事を、このカクナカ神戸支社の面々には教育していたのだった。

その教育もあり、カクナカ神戸支社のメンバーは、みな吉崎を慕った。小林などは、根が真面目な為に、そのような吉崎の意見に見事に感化され、少しずつではあるが、入っている現場の改修工事なども率先して顧客と掛け合い、それなりであるが、業績を伸ばしつつあった。だが、給料については、カクナカ大阪本社直系となっており、東京支社と同じように例外に漏れず、給料が滞っている時期があり、みな苦しい状態であり、吉崎は、その辺はどうしてやる事も出来ず、心を痛めていた。
だが、率先して外食に連れ出すなどして、いくらかでも社員の補填をしようと考えていた。そういった甲斐もあって、今や、倉田よりも吉崎について行くという職員が全てのカクナカ神戸支社となっていた。

「それでは、時間も圧してきてますし、こちらが受注する工事の件は以上でよろしいでしょうか?」
小林は、営業がいないと進まない話はないかどうか、念を押した。小林は、このテナントビルには、メンテナンスなどでも入っており、顧客にそれなりの信用もあるため、打合せでも優位な立場に立っていた。
見回す小林が、特に異議が無い事を確認すると、
「それでは、技術的な打合せは、この後か、後日とさせて頂いてよろしいでしょうか?」
ということで、小林の機転により、ダラダラとまだ長続きしそうな打合せに幕を下ろした。
「小林、すまないなぁ。このまま図面広げて打合せされちゃったら、どうしようかと思っちゃったよ。」
「いやぁ、ダラダラした打合せだと、自分も思ってたモンですから。吉崎専務がイラついてるのも伝わってたし。」
「え?そうだった?おれも修行が足りないなぁ〜。」
イラつくのも当たり前だった。

吉崎は、昼に加藤からの連絡を受けていた。こちらの方は、データベースを組むというシンプルな指示なこと。木本建設の中でやっているデータベースとまるきり同じアプリケーションであるし、なんとかデータベースの知識が活かせそうな事、それらをテイヨウというカクナカとは繋がりの見えない女子職員と開発していくことを淡々と語る加藤に、口を挟んだ。
「え?女子?」
「はい。かわいいっすよ。」
「大丈夫だろうなぁ?加藤惚れっぽいだろ。」
「いやぁ、これから長くなりそうだし、惚れっぽくなくてもヤバそうっすよ。」
「冗談はさておき、気をつけろよ。夕方そっちに行くわ。」
とのやり取りがあり、その後、吉崎は気が気ではない。

「このまま、車でオウクまで送りますよ。」
「ありがたい。そうしてくれるか。」


吉崎がエレベータホールから事務所に入ってくると、女性の事務員に声をかけられた。
「ご苦労様です。倉田社長はあいにく不在ですが、加藤さんが見えてますよ。」
「そっちに用があるから、倉田さんはいいよ。」
そう答えると、案内されたところに連れて行かれた。
そこに加藤がいたが、なんと女と並んで1台のパソコンを覗き込み、ないやら親しげではないか。吉崎はしばらくその光景を眺めていた。
すると、加藤が振り返り、吉崎の存在に気がついた。
「吉崎さん、ご苦労様です。ここで、データベースの仕事を一緒にするようになった、早川ひとみさんです。」
ついでに、早川ひとみにも、吉崎を紹介しておいた。
早川ひとみは、吉崎を見ると、
「いつもお見かけはしてるんですけど。」
と吉崎に挨拶をしたが、吉崎は、怪訝そうだ。


新神戸オリエンタルホテル。新幹線、新神戸駅を海側から山側を見たときに、山の中にひときわ高くそびえ立っている。鋭角的に尖った屋根をもつホテルで、ほとんど新神戸駅と直結しており、他に在来線の乗り入れがない新神戸駅にとっては、自然とこのホテルに入ってしまうようなルートも設けられているが、そのせいもあって、かなりハイソクラスなホテルだ。37階にスカイラウンジを備える。
薄暗く、静かな音楽でムードを出す演出をしているこのスカイラウンジ。ハイクラスな男と女、ダンディなおじさんと、しゃなりとしたおばさん、などムードに寄せ付けられて来るような客ばかりだ。
その中でも、100万ドルの夜景、とわかったようなわからないような売り文句の神戸の夜景が一望できる窓際の席で、土木と建築設備のサラリーマン二人が窓際で、神戸の夜景にかじりつき、はしゃぎながらつまみを食いまくりビールを飲みまくり、絵にならない図を描いていた。他でもない、吉崎と加藤の二人のことである。
「銀座以来だよな。乾杯しよう。ここなら、話していても、誰に聞かれるわけでもないからね。」ということで、経費で入ってきた言い訳めいた文句を吐きながら、この新神戸オリエンタルホテルスカイラウンジにやってきた。
昨日今日の、カクナカ大阪本社でも社内システム下調べと、オウクでのデータベース作成作業の打合せについては、倉田を納得させることが出来、吉崎、加藤にとっては、それなりの成功を収めた。これは木本建設にいる滝川にとっても、カクナカを知り、またコントロールできる可能性を高めるための大きな布石となったはずだった。

「結局、今日の話は何だったの?昼間電話で聞いたけど、よくわからなかった。」
吉崎は、今日、加藤がオウクに連れて行かれたのは、何の話だったのか、イマイチ飲み込めていない。
加藤は、どこかの住所も決まっていない名も無い土地の情報を、オウク、テイヨウの2社が精査したがっている事、その情報を活かすには、パソコンにデータをストックする、データベースを作成しなければ、管理も出来ないだろうと判断し、それを行おうとしていること、これらを、恐らく、オウク自らの手で行いたがっている事、を掻い摘んで説明した。
「ほう、そう言う事か。」
吉崎は、どうも思い当たる節があるようだ。だが、この場ではその事には触れず、すぐに加藤への会話を戻した。
「で、あの女の子は何?」
「そのデータベースを組むって子らしいです。どうも、社内でデータベースを組むのは、あの早川さんが組むらしいっすよ。」
「いや、そんなことではなくて。」
「?」
加藤は、小首をかしげた。吉崎にしては、めずらしく歯切れが悪い。
「いや、あの子と加藤が二人でパソコンやってたのを見てたけど、ずいぶんいい雰囲気だったぞ。かわいらしい子だし。」
「ああ、お似合いでした?おれら。」
「あのね、あんまり考えたくないし、言いたかないけど、あいつらは情報が欲しいし、人材が欲しいんだよ。どんな手を使ってでも。」
加藤は、吉崎から言われたことを反芻するようにしてから、答えた。
「滝川支店長もおっしゃってましたけど、たかが一人の人材欲しさに、そこまでやりますかね。情報って言っても、おれを見れば、そんな探るほどの情報を持ってるように見えないと思いますが。事実、そんな情報握ってないし。」
「加藤、カクナカの社内システムを見るってことを、滝川支店長もおれも、やった、しめた。と思ってるんだ。どう言う事かわかるか?」
「港湾計画が、未だ流動的だとしたら、損益を知ることによってもカクナカの存在価値が、およそ見当付きますからね。」
「なかなか鍛えられてきたな。損益を知るには、システムに入ればわかるんだろ。」
「経理財務が分かれば、おそらく。」
「その辺はおれたちがやる。問題は、その数字を知るまでの経緯だ。」
「それは、来週、おれが講習会に行ってきますよ。なんかセコいけど。あはは。」
「倉田さんは、純粋に加藤が社内システムを見てると思ってるぞ。」
「おれもそうするように振舞うんでしょ。」
加藤は言った。そこで加藤は、ああ、なるほどな、と思った。表情にも出たのだろう。吉崎はその顔を見て安堵したように続けた。
「だろ。お前は、もう倉田さんの前では、二つの顔を持つようになるんだよ。」
吉崎は、加藤を覗き込むと、視線もずらさずビールを飲み、言った。
「早川さんの前では、もちろん、どこでもだけど、そんなことをしゃべっちゃダメだぞ。」
「まぁ、データベースを組むって仕事以外には、あまり接点なさそうだし。」
沈み込んだ加藤の声に、たたみ込むように吉崎が加えて言った。
「それ以外にも接点を持って欲しいんだがな。二人で、デートとか。」
「え〜、ボク奥手だし。」
「何が、ボクだ。さっきの姿はどう見てもエロヤロウだったぞ。」
あはは、と笑って吉崎は更に続けた。
「聞けば、テイヨウの子だろ。オウクにも出入りしてるみたいだし。倉田さん、というか会長の関係している団体は、カクナカよりもそっちの、テイヨウ、オウクの方なんだよ。」
「会長ってのは早川さんの口からも出ましたけど、誰だかわかりません。カクナカに出入りしてるんですか?」
「テイヨウに出入りしていれば、そのうち会うんじゃないか。倉田さんも小幡さんも、会長のしもべだよ。」
「なんか、恐いな。」
「と言うわけで、すこし早川さんとお話して欲しいんだ。金は、追って渡す。勿論、絶対に一線を越えてはいかん。いかんぞお。」
加藤は、身震いするようにポッキーをボリボリ食った。
そんな加藤を、吉崎はじっと眺め、言った。
「なんか、加藤と話してると緊張感無いな。飯食いに行こう。肉だろ。」
「肉、いーっすね。」
二人は、アベックだらけのスカイラウンジを後にした。


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