カクナカ大阪本社へは、新大阪から地下鉄に乗るが、吉崎は加藤を連れて、そのままタクシーに乗り込み、直接住所を指定した。 車で向えば、およそ20分程の道のりだが、淀川を越えるため、橋の上で渋滞する。加藤は、「大阪でも渋滞するんだなぁ〜。」と思った。なんの体もない。 「大阪じゃ、加藤のことを待っているようだよ。どうして待ってるのかわからんけど。システム、ガタガタなのか?」 「コンピュータ部門があったらしいんですよ。そいつらが、システムの面倒見てたみたいなんですけど、今、面倒見る奴が不在らしいっす。でも、システムとしては動いてるようなんですけどねぇ〜。」 「ふーん。」 「あ、着いた。ここだ。」 加藤は、カクナカ本社ビルを見上げた。東京とは比べ物にならない近代的な事務所ビルだった。道路に面した前面は、2階から6階までガラスブロックで、天気も良いため輝いている。間口は決して広くは無いが、前面に車5、6台が留まれる駐車場を擁し、1階である奥は手入れの行き届いた倉庫兼作業場があった。左脇には、広めのゆったりした石貼りの階段があり、2階に受付があることを直感的に知らせる役目を果たしている。階段の途中には、ワケの分らない彫刻があった。 カクナカ東京支社とは、比べ物にならない、雲泥の差のビルを見上げ、不公平感を感じた。これで潰れた会社か?とも加藤は思った。 「東京とは違うだろ。神戸とも違う。」 吉崎は忌々しげに加藤に言った。加藤の目には、まるっきり別物として映った。 そのまま、2階へ階段を上って自動ドアをくぐると、受付嬢が出てきて吉崎に言った。 「先ほどは失礼致しました。社長が社長室でお待ちです。」 「分った。行けるからいいよ。」 吉崎は、受付嬢にそれだけ言うと、自分から歩いて行った。加藤はそれについて行った。
社長室に着き、扉をノックして、吉崎は扉を開けた。中には、あの新宿アイランドタワー39階で見た倉田社長がデスクに座っていた。他に4人のおじさんがいる。 倉田が、吉崎と加藤に椅子を勧め、ねぎらいの言葉をかけた。 「遠いところ、ごくろうさん。早速だが、紹介しておこうと思ってね。吉崎さんは会ってるけど、加藤君は初めてだからね。」 加藤は、「お疲れ様です。」と言うのがやっとだった。 島田、持田、松岡、原木。このうち、島田は、鹿鳥建設で定年退職を迎え、ここカクナカにやって来た。カクナカでは、副社長だ。 持田は、経理部長。 「初めまして、加藤君。システムを見てもらえると言うことで、わたしが一番世話になるかも知れないな。神戸にも行くからよろしくね。」 「よろしくお願いします。」 神戸とは、カクナカ神戸支社のことなのだろうか。後から加藤が吉崎に確認したところ、持田は、カクナカ神戸支社ではない、とのことだ。実はカクナカの他にも、この港湾計画の認定団体候補に名を連ねている会社がある。倉田の息のかかった会社なのだが、その会社が神戸にあると言う事だ。そこは、カクナカ神戸支社とは全く別で、何の関係もない。 松岡。この人は、先ほど吉崎が事務所で会った。主にカクナカ大阪本社の取り仕切りをしているようだが、合田社長がバブル期にガンガンやっていた頃から働いている古株で、カクナカが潰れ、リストラの嵐が吹き荒れていた頃を乗り切り今に至る。このカクナカ大阪本社を、少なくてもこの社長室にいるメンバーの中で一番把握している人物だ。 「初めまして。原木です。」 この4人の中で一番若い男が自己紹介をした。 加藤は、挨拶しながらも、「こいつが原木か。」と思った。
以前東京で、岸部の運転する車に、大屋と加藤が乗り込んだことがあった。 なんの脈絡もなしに、大屋が岸部に聞いた。 「倉田社長の周りには、いつも人がいるなぁ。」 「そらぁ、社長ですからねぇ。」 「持田さんも、年がら年中くっついているが、東京にも一緒に来てるんだなぁ。」 「初めのうちだけですよ。今では、本社べったりですわ。たまに神戸に行く、言うてはりましたけどな。」 「ところで、あの原木ってのは、何者なんだ?あんなところでケンカおっぱじめて、チンピラか?」 「いやぁ、お恥ずかしいところをお見せしたようでんな。最近は、そんなことも無かったんですがね。でも原木くん、いや原木さん、やな、原木さんも倉田社長の元で、立派に育っとります。」 何の事情も知らない加藤は、口も挟まずこの会話だけを聞いていたのだが、「大阪には、倉田の元で立派に育ってるが、人前でケンカする、チンピラのような原木という男がいる。」と言うことがインプットされてしまった。 「こえぇ〜。原木という名前には近づかないでおこう。」と思ったが、その当の本人が、今、加藤の目の前にいる。そう言われてみれば、自己紹介の言葉が、なんとなくふてぶてしく聞こえ、態度もエラそーだ。加藤を見下しているような目線にも見えてきた。
「加藤です。よろしくお願いいたします。」 極めて平常心で加藤は挨拶をした。 「夕方には、社内システムのわかる担当者が来るわ。それまで、原木に社内を案内させる。」 倉田社長が加藤に言った。 加藤は、慌てて拒否した。 「いえ、夕方までにはまだ時間がかなりあるので、一人で社内を見ていいですか。システムというのも、いろいろ見て見たいし。勿論立ち入り禁止のところへは入りません。」 「その方が気楽だわな。荷物はここに置いとき。貴重品もあるだろうから。」 倉田は、加藤の、かなり細かい事まで配慮しているようだ。 「いやぁ、いちいち荷物を取るのに社長室に伺うわけには行きませんので、どこか打合せテーブルにも置いておきます。」 「おおそうか、すまんな。」 その後、あれほど拒否したにもかかわらず、原木が加藤の荷物を持って会議室へ誘った。会議室に荷物を置くと、加藤は丁重に断り、吉崎と二人になった。 「一人で見るとは考えたねぇ〜。原木がいっしょじゃ、あまり自由に見れないだろうからね。」 と吉崎は、なぜか感心したようだった。 「いやぁ、一人の方が気が楽ですから。」 「ここでは、いろいろしゃべれないだろうし、おれたち二人でいてもなんか怪しまれそうだから、おれはこの後、神戸に帰るけど、大丈夫か。」 吉崎は心配そうに加藤に聞いた。 「大丈夫ですよ。終わったら、またケータイに電話します。」 「あぁ、いいよ。実は夕方、おれもまた呼ばれてんだよね。神戸に帰って、残務を片付けたら、また夕方ここに来るよ。宿泊も、倉田社長が用意してるらしいよ。」 「ふーん。大丈夫なんですか?そっちの方が怪しいっすけど。」 「まぁ、あんまり断ったりするのもかえって不自然だから、甘えちゃえば。」 「分りました。」 会議室で、そんなやり取りの後、吉崎は神戸へ帰った。
加藤は、ノートを片手に大阪本社内をウロウロとほっつき歩いた。なんとなく、アテも無いような気もする。社長室、会議室は最上階の6階だった為に、6階から降りていく事にした。 5階には、経理部門があり、年齢のさまざまな女性が何人かいた。勿論パソコンを使っていた。画面を見ると、黒い画面に数字を打っている。銀行で、行員さんが使っているような画面だ。テキストベースの画面で古ぼけた印象があった。 4階に降りると、ガラス張りの一角があり、冷房専用の空調が効いている。中を見ると、巨大な書庫を横にしたような何者かがうなりを上げている。 「なんだこりゃ?」加藤が知っているAS/400では、決して無い。設備である加藤の目から見たら、キューピクルか発電機かというほどの筐体に似ているが、それがこんなところにあるわけが無いし、黒ってのはありえなかった。 加藤はガラスごしに、グルっと一回り回ってみた。裏手の方に、黒い引き出しの大きさ大の黒い物体があった。コロが四隅についていて、可動OKのようだ。脇には、ゾロゾロと、太めのケーブルがとぐろを巻いていた。埃がつもり、だれも掃除をしていない事を物語っていた。 「どうしても、見れないシステムを見ろってことになったら、ここを掃除して、整理整頓して、お茶をにごすかな。」 加藤は、弱気になった。木本建設から見たここの状況は、あまりにも違いすぎる。いや、世間一般から見ても、そうそう引けを取らない情報化先進ぶりだろう。倉田は、そんな状況を知っていて加藤に押し付けたのか? 3階、ロッカールーム、会議室と覗いた後、2階の事務所に入った。4階のケーブルの束を見たときに、およそ想像は出来た。恐らく、これくらいの台数のパソコンがどこかにあるはずだと思っていたが、最期に見たところで、肩から力が抜けた。 30台ほどあるパソコン、1台1台を見て回った。全てWindows3.1だ。まだOS/2ではなくて良かった。と加藤は胸をなでおろした。 パソコンを使っているおじさんを捕まえて聞いて見た。パソコンを何に使っているのか、不都合は無いか。パソコンで困った事があると、誰に聞いているのか。 「事務処理につかってますねん。消防設備だから、点検した後なんか、雛形がないと、試験結果なんか埋めるの楽ですねん。それ以外、ワシはよー使われへん。パソコンに詳しい人は、もうおらんようなったけど、まだあそこにおる赤木さんだけは詳しいよ。」 加藤は、パソコンで書類を書いているように見えるおじさんに近づいて、声をかけてみた。 「赤木さんですか?わたし、今日東京支社から来た加藤です。ちょっとパソコンのことで困っちゃってて。話聞いていいですか。」 「あ、はい、あの、私でよければ。」 とどこか、おびえた風な、黒ぶちの気の良さそうな、弱そうな赤木さんは、それでも快く加藤を迎えてくれたようだ。と勝手に加藤は思った。 「このパソコンって、みんな独立して動いてるんですか?なんか、共有とかされてませんかねぇ。」 「Excelのファイルとかは、ネットワークに入っておりまして、雛形をネットワークからコピーして使うんですわ。」 「それって、どこにあるんですか?」 「ええっとぅ、ここですねん。」 赤木は画面を覗き込み、ファイルマネージャを開き指差した。加藤は、物理的な、サーバになっているであろうパソコンがどこに設置されているか聞こうと思ったが、それは分らないようだ。 「AS/400が、繋がっているパソコンがあると思うのですが、どれがそうかわかりませんか?」 「このパソコンでも繋がっているようですが、その後ろのパソコンが主にAS/400の端末ですわ。」 後ろを見ると、なるほど、経理にあった、テキストベースの画面が並ぶ端末が3台ほど設置してあった。 「後ろではなくて、このパソコンでも繋がっているは、何に使ってるんすか?」 「経理のソフトが入ってまんねん。昔は使えたようでっけどな。今では使えるかわからへん。使い方もよーわからんし。」 どうやら、AS/400と、その端末を含む全てのパソコンがネットワークに接続しているようだ。 「あの、関係ないと思いまんのやけど、電話もネットワークに繋がってまんのや。東京へも内線でかけられま。」 加藤は、内線も見た。「ロルムフォン」 本当に保守担当者を残らずリストラしたのか。それは、いくらなんでも無謀だったのではないか。全て負の遺産のように見えてきた。
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