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作品名:建設業サラリーマンの冒険 作者:Sita神田

第13回   オフコンを手なずける費用
加藤は、カクナカ東京支社3階経理部門にいる白川のところへ行った。白川は、経理の部長だが、加藤よりも若干年長者なだけだ。月末月初にはカクナカ本社がある大阪へ出かける。恐らく、この場でカクナカの社内システムの予備知識を入れるなら、この白川を置いて他無いだろう。
「また厄介なもん頼まれたねぇ〜。」
と白川も同情してくれた。
「倉田社長も、そんなもん加藤さんに頼んだって、どうしようもないでしょう。」
と、隣の宮川も処置なしな発言をする。
「お二人とも、心強いですぅ。」
なんとも、加藤はやる気が極端に失せてきた。
「木内さ〜ん、加藤君に、そのパソコン見せてあげてよ。」
木内とは、カクナカ東京支社3階経理部門にいる女性だ。このフロアは、この3人で以上だ。
木内と呼ばれた女性は、加藤を手招きして、木内の使っているパソコンとは別の、隣のパソコンを明け渡した。
「これです。」
ちょっと大き目のパソコン。IBM製である。すでに電源は入っているようだが、モニタの電源が消えていた。パソコンそのものは常に電源を入れているものなのだろうか。
モニタを入れて、加藤は驚いた。そこにはOS/2が使われていたのだ。
木内に聞いた。
「これ、何に使ってるんすか?」
「う〜ん。わかりません。昔、これをここに置いて行った人が、このパソコンの電源は切っちゃいけません、って言ったから切らないようにしてるんです。」
まぁ、そんなとこだろうな。と加藤は思った。
「モニタの電源は切っていいみたいです。」
木内は補足した。

OS/2とは、PS/2パソコンのOSとしてIBMが開発していた。厳密にはマイクロソフトが中心になり開発を進めていたという、いろいろな歴史の生き証人的なOSなのだが、Windows95の出現により、この何年か後に一気に衰退していく。
しかし、カクナカは、どの企業よりも先駆けて、社内のシステム化をパソコンにより推進してきており、Windows95が出現する時にはすっかり社内システム化が敷設し終わっていた。
システム化と言うのは、本社のある大阪と、東京支社、神戸支社をパソコンネットワークで結ぶ事も含まれており、これらを包括するシステムが、たかだか消防設備業者が完成させていたのである。
推進し、構築した期間は、当然それ以前となるわけなので、カクナカが社内システムを構築したOSは、Windows3.1であった。ところが、このWindows3.1は、MS-DOSと言う、シングルタスクの、黒い画面にコマンドを打ってパソコンを動かすOSを、GUIと言うアイコンをクリックしたり、ドラッグしたりして動かすOSに見せかけていた。
実は、このシングルタスクと言うところは重要で、シングルタスクのOSは、ネットワークOSにはなり得ない。一般的なシステムは、ネットワークOSとしてWindowsNTというマイクロソフトの製品であるOSでネットワークのコア、いわゆるサーバを置きネットワーク全体を制御するのだが、ここではネットワークOSにOS/2を使用していた。

加藤はOS/2を使ったことはあるが、そこ止まりだった。生粋の32ビットOSで、パソコンのパフォーマンスをフルに引き出す事が出来ると言われていた。LANサーバーアドバンスというアプリケーションをインストールする事によりサーバとしても使う事が出来た。Windows95をこのサーバに繋げた事はあったが、Windows3.1を繋げるのは、未経験だ。

加藤は感心した。このボロい事務所に、この近代的システムがアンバランスな気がした。代わりに宮川が続けた。
「昔、合田社長が、潰れそうなIT企業を引取ったんですよ。引取って社員にしちゃったんです。」
なんとなく、恨み節になってきた事を加藤は感じた。
「あぁ、その人たちがこれらのパソコンを入れてったんですね。」
「もうすごかったんですよ。やたらめったら高いパソコン入れまくって。お願いだから、そのお金、他に回して、って感じだった。」
「会社が潰れた時、みんなそれらのパソコン持ってっちゃった。その人たち。」
「へぇ。おれ、下で、その残骸使ってますよ。倉庫から拾って来たんすよね。」
白川だけはそのパソコンを見たことがあったので、白川が宮川の変わりに言った。
「あんなモンじゃないよ、奴らが持っていったパソコン。」
「ふーん。すごかった見たいっすね。」なんとなく加藤は、下の自分の愛機がみすぼらしく思えてきた。
「その人たちって、今は、大阪にいるんすか?」
白川が答えた。
「いーや、みんな辞めちゃったよ。っちゅーか、リストラだね。」
「みんなって、全員?」
「全員。」
「一人残らず?」
「一人残らず。」
「本社にも?」
「本社にも。」
まるで、アホの掛け合いみたいだったが、加藤にとって、この事はショックだった。白川の話では、これらのシステムは細々とまだ生きてるらしい。経理、財務などのデータは、システムによれば大阪でネットワークを通してアップロードされているはずだし、事実、東京の数字を大阪で集計していると、白川は言う。
「その集計って、全て電算化してるんすか。」
「うん。大阪にエーエス400ってのがあって、それが集計してるらしいよ。今となっては、それを誰も見たことが無いんだよね。」
加藤にとって、にわかに信じられる話でもなかった。そんなワケの分らんもんを、たかが出向社員に押し付けるとは、どういう了見か聞きたかった。
「あの、倉田社長は、大阪に行ったときは、分る人と話をさせてくれるような事、言ってましたよ。」
「さぁ、分る人、だれもいないんじゃん?」
白川は、自分の会社の事なのに呑気だった。
加藤は昼前には、木本建設に行かなくてはならない。昨日話に出たケータイを取りに行かなくてはならなかったからだ。話もそこそこに、加藤はカクナカ東京支社を後にした。

加藤は、秋葉原に着くと、真っ直ぐ木本建設に行かず、IBMのショウルームへ立ち寄った。秋葉原は、Windows95の出現により、空前のパソコンブームで、猫も杓子もパソコンだった。家庭にも、徐々にパソコンが浸透し始め、家計簿ソフトやはがき作成ソフトなどが台頭していた。家計簿を秋葉原で売っててもパソコンヲタクが買うとは思えないぞ。などと加藤は思っていたが、パソコン関連製品は、それだけで売れまくっていたのだった。
その中にあって、IBMのショウルームの一角である、ビジネスコーナーはひと気が少ない。奇妙な事に、家庭用のパソコンとビジネス用のパソコンにあまり差が無いこの頃において、IBMは、System/370やNetfinityといったビジネス戦略を別のものとして扱っていた。と言うのは反対な話で、実際はこちらのビジネス戦略の方がIBMで、時代の流れによって、IBMも家庭用に進出してきた、と言う方が正しい。

「どちらをお探しでしょうか?」気の良さそうなお兄さんが、加藤に近づいてきてたずねた。
「エーエス400のパンフレットを。」
「パンフレットと言いましても、特殊なものですので、そういったものは、あいにく置いてなくてですね、技術資料的なものになってしまうんですが。」
「うむ、構わん。」
言った後で、加藤は、お兄さんに顔を近づけて、ヒソヒソ声で聞いてみた。
「それと、全然わかんないですけど、エーエス400って何なの?」
しまった、何も分らない上に、聞き方までバカっぽい。これではアープーみたいに思われてしまう。と加藤は思ったが、まぁ、それでもいーや。と開き直った。
用意された資料にザッと目を通し、さっぱりわからないので、加藤は重ねてそのお兄さんに聞いてみた。
「AS/400って、OSはなんなの?」
「OS400です。」
「ふーん。」
「メインフレームってなぁに?」
「基幹系に使用するシステムです。」
「どうやって使うのー?」この頃には、気のいいお兄さんも、こいつアープーだ、と思い始めてきたのだろう。
「IBMではAS/400の講習会を開催しておりまして、こちらの資料でご案内しております。こちらをどうぞ。」
体よく逃げられてしまったが、収穫が無いでもない。今日のところはこれで勘弁してやろう、と加藤は思い、IBMショウルームを後にした。
立ち止まって講習費用を見てみた。「40万円」めくってもめくっても、このコースが最低金額だ。どうやら、これしか無さそうだ。いい商売してやがんな。


加藤が木本建設、土木の購買課に着くと、もう吉崎は着いていて、程なく今井からケータイを受け取っていた。
「おう、昨日はお疲れ様。真っ直ぐ帰ったか?」
「ありがとうございました。真っ直ぐ帰ったも何も・・・」
昨夜は、あの後、食事と称して銀座のすし屋で締めた。滝川は、最期に、
「今日は、おれが車で送ってやるから、お前らはまだ食っとけ。」と言い残し、先に出た。
帰る時間をすし屋の女将さんに告げたところ、玄関に車が着けてあると言う。
なんと、「アンリ・シャルパンティエ 銀座本店」と書かれた紙袋を土産に持たされ、外に出されると、外には2台のタクシーが横付けされ、タクシー券を渡された。なんともいたせりつくせりの夜だった。
今度は改めて、庶民の飲み屋に二人で行こう。吉崎はそう言ったものだった。

加藤は、自分が使うだろうケータイを手にとって言った。
「すごいですねぇ。昨日の今日で、もうケータイが手に入っちゃうんだ。」
今井が、胸を張って答えた。
「あぁ、業者に、すぐ持って来い、って言えばいいんだ。簡単だよ。」
「最新型だぞ。欲しかっただろ。」
吉崎もご機嫌だった。
「おれのケータイの番号と、ここの番号、すぐ登録しちゃって。」
「あ、はい。」
「それから、このケータイを持ってることはカクナカの連中には言うな。あまり連中に詮索されたくない。」
「分りました。」
「で、今日は随分遅かったじゃない。岸部さんは何か言ってた?」
「いいえ。倉田社長が全て岸部さんに伝えてました。おれが大阪に行く事も神戸に行く事も知ってましたよ。」
「ほお、まぁ、そうだろうな。」
「遅かったのは、ちょっと東京支社の経理に寄って、システムを調べてたもんですからね。」
「で、どうだった?なんとかなりそうか?」
「いやぁ、基幹システムにAS/400ってオフコンが動いてますね。大阪と東京と、OS/2って特殊なOSで動くパソコンが咬んでまして、そいつらで繋がってます。神戸も繋がってるらしいんですけど。」
「さっぱり、わからねぇ。」
吉崎には、チンプンカンプンだったようだ。
「分らないことが分りましたね。」
加藤は、吉崎に意地悪っぽく断定した口調で言った。
「なんだよ、おい。意味深だな。まさかおまえまで分らないって言うんじゃないだろうな。」
「ピンポン、正解です。」
「おーい、なんてこったよ。スタート地点で、ぶっこけかよ。なんとかならんのか。」
吉崎もオーバーアクションに焦って見せた。
「なんともならんわけじゃ無いんですがね。」
そこで、加藤はAS/400の講習案内の表を見せた。
「こんなの見せられてもわかんないよ。」
「コースはおれが選択します。吉崎さんに見て頂きたいのは金額の方でして。」
吉崎は、指さされた場所を見た。「60万円」
「これでなんとかなるのか?」
「なんとかするっきゃないでしょう。多分、おれがAS/400を使うか、倉田社長にギブアップするか、2択になると思います。」
「あー、倉田さんにギブアップって選択肢は、残念ながら加藤には無いな。おれには、60万払わないって選択肢も無い。」
「今井ぃ〜、わりぃ、これも頼むわ。」
とその講習案内を加藤から受け取って、先ほどからこのやり取りを横で聞いていた今井に渡した。
「おお、でいつから行くの?」
「一番早いのが再来週なので、支払は来週までです。ここで書類書いて行っちゃいます。」
「こっちでやっとくよ。加藤は片岡支店長の所に行かなきゃならないんだろ。」
いつもいつも、今井はいい人だな。加藤は今井に深々と頭を下げ、礼を言った。
「じゃ、おれ、片岡支店長の所に寄って、またここ来ます。」
「書類ならやっとくから、用が無ければいいよ。吉崎さんもこのまま神戸に帰るって言ってるし。」
吉崎がそれを聞いて、加藤に手を振った。
「ケータイに電話するよ。次は大阪で会おう。」
加藤は、吉崎を見送り今井に言った。
「じゃ、お言葉に甘えて、そのまま行きます。」
「おう。これから忙しくなるな。」
今井は立ち上がり、加藤を見送った。


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