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作品名:建設業サラリーマンの冒険 作者:Sita神田

第10回   第3セクターの欠点と、今後の展開。とカクナカ?
ふぁ〜。のどかな午後、満腹になっている今井に眠気が襲った。今井は、隣の若い事務員に、今日、加藤と吉崎がここに来る事になっている旨を伝え、眠気取りに、顔でも洗ってこようかと思っていた矢先に吉崎が入ってきた。
吉崎は、土木の購買課に着くなり、今井に聞いた。
「滝川支店長いる?」
「あ、ごくろーさまです。今着いたの?」
「そう。そうだ、コレ、土産。」
「支店長は、出かけてるけど、もう帰ってくるよ。それより立川の現場、やばいなぁ〜。」
「何が?」
支店長は出かけていると聞いて、吉崎は上着を脱ぎながら、業者用に用意された椅子に腰掛けてタバコに火をつけた。
「田口部長から聞いたよ。本来の設備担当である迫田、なんでもしばらく無断欠勤で会社に来てないらしい。実は立川にも行ってなかったらしいぞ。」
今井は、言うだけ言うと、
「お、今日は生チョコだ。甘いのは苦手だけど、生チョコはうまいよな。」
と、うれしそうにその箱を隣の若い事務員に渡した。
吉崎は、少し顔色を変えた。吉崎は以前に迫田に会っていた。

吉崎は、木本建設のとある所長から連絡を受けた。
内容は、実に些細な事だ。現場に出入りする運搬車両によって現場付近の道路が渋滞してしまい、近隣に悪影響が出てしまっている。その近隣クレームを警察が受けて、所長を拘束し、事情を聞いているということなのだが、その所長に警察は厳しい条件を提示してきた。その警察署は、吉崎が担当している現場の近くで、吉崎ならば話が通りやすいことをその所長は知っていた。建設工事の担当者は、工事車両の通行や、時によっては、道路そのものを工事したりする手続き等で、警察に密接に関係してくるのだが、その警察署管轄で同時に仕事をしている吉崎は、何かと気を使い、便宜が通りやすくする関係を築いていた。
その拘束されている所長は、その事を知っていて、吉崎を現場に来てくれといったものだった。
吉崎が呼ばれて、入って来た現場事務所には、その所長の姿は無く、代わりに迫田一人がいた。吉崎は、見るからに自分よりも15は若い迫田に聞いた。
「所長に呼ばれたのですが、どちらに行かれましたか?」
「あぁ、わかんない。」
たったこれだけのやり取りだったが、吉崎は、迫田に底の浅さと無礼さを感じ取ったのだった。後の、設備部員のカクナカ出向に迫田の名前が挙がったが、吉崎は、断固拒否した。人間的なスキルの低さを拒否したものだったが、立川の話を切り出したときに、再び迫田の名前が絡んだ。よくよく縁があるのかと、思わないでもなかったが、その時は田口部長も絡んでいたし、何よりも加藤より入社が早いという事で、その時はスルーしていた。
「でも、今では加藤がテコ入れして、何とか正規の流れに戻したようだ。着工時だったから修正も早いや。」
今井は、吉崎の心配を察してか、現状も付け加えた。
「勝手なことしやがって。そんなこと、速攻でおれに報告しなきゃならんだろ。」
「んなこと、おれに八つ当たりされたって、加藤は、そんな事わざわざ隠さんだろ。」
「加藤は、田口部長から、なんかおれに伝える事があったかのような口ぶりだったんだよ。本当は、田口部長から報告が上がる事を加藤は知っていたのかも知れん。」
「田口部長も、突っ込んだら、バツが悪そうに言い始めたから、ひょっとしたらそうかもね。加藤の吉崎さんへのなつき方が足りないじゃないの?」
「とにかく、立川から迫田をはずして、別の担当者を付けてくれる様に田口部長に交渉してくれ。ゴねたら滝川支店長の名前を使ってもかまわん。なんなら、滝川支店長から片岡支店長に言うように交渉してみるけど。」
「そんな大げさな。おれから田口部長に言っとくよ。」
「三友にスキを見せたら、足元すくわれるぞ。もっとも、三友もスキだらけだって最近気がついてきたけど。」
「吉崎、来てたか?」
購買の出入口に滝川が立っていた。出先から戻ったところのようだ。丁度タイミングがいいようだ。
「部屋に来いや。話があるんだろ。」
吉崎は、上着を取ると、袖を通しながら購買課を出た。

「で、何だ?話ってのは?神戸は動いたか?」
「いえ、いつも通りです。ところで、支店長、倉田社長の動き、わかりますか?」
「なんだ?立場が逆だな。本来は、お前からおれに報告するんだろ。倉田なんぞ。」
「そうですか。倉田社長が、加藤に会いたいらしいです。加藤から報告がありました。」
「あぁ、わかった。それからな、立川の担当、替えるって片岡から聞いたぞ。迫田っての、いかんらしいな。」
「地獄耳ですね。加藤から聞いたんですか?」
「いや、ああ見えても、片岡がかなり加藤に気ぃ使っててな、なんとかって事務の女に聞いたらしいぞ。設備もなんか特殊な部署らしいな。おれたち土木にはわからんが。」
「まぁ、今日これから加藤に会います。」
「おお、そうだな。頻繁に会っとけ。」
恐らく、倉田が加藤を呼び出して、なんの話をするのか、滝川も知らないだろうと、吉崎は推察した。まぁ、明日になればわかる、と思うようにしたが、なんとなく引っかかるものがあり、吉崎は滝川に明日の予定を聞いた。
「おお、居るようにするよ。おれも興味がある。」
滝川は、あまり細かい説明をすることなく会話が成立する吉崎を、よく信頼していた。

吉崎が購買課に戻ると、加藤が今井と話をしていた。どうも立川の件のようだ。
そこへ、吉崎が割って入った。
「ところで、加藤はどこまで聞いてる?」
加藤は、真意を掴みかねて吉崎に聞いた。
「何がでしょう?4極方式についてっすか?」
吉崎は、お、と思った。加藤は、やはりそれなりに自分で見聞きしていたのだ。

行政の資金を、民間会社が運営する。誤解を覚悟で一言で説明すると、これを第3セクターと言う。この民間会社というのは、NPOなどの非営利団体などとなっているが、潤沢な行政の資金を、なんのチェック機構もなく団体が運営する体質が、とかく問題になっていた。後に問題の発覚する、住宅供給公社等の問題からも分るとおり、公官庁からの天下りの温柔となりやすく、蓋を開けてみたら、民間企業で発注する工事とはケタ違いの発注金額が、この非営利団体に流れてるケースが珍しくないどころか、ほとんどで、第3セクターのシステムそのもののあり方が問題視されていた。
ここからは、加藤が、カクナカ東京支社で聞いた話である。それを吉崎に説明をした。
行政は、この先4極方式という、第3セクターに取って代わる大型プロジェクトの資金運用システムを立ち上げようとしていた。これは、企業をスポンサーにつけた行政がプロジェクトを推進していくと言った構想である。行政それ自体がプロジェクトを推進していくスキルがあるわけではないので、このプロジェクトを推進する為の原動力が必要だった。この原動力を、行政は一般から認定し、このプロジェクトの総括をさせる為に据えようとしている。この認定団体からプロジェクトに必要な業者へ発注することになっていた。スポンサー、行政、認定団体、実働企業と、プロジェクトを完結させるために連携しあうこれらの4つのセクションを持って4極方式と名付け、まさに進行中との事らしい。
この後、この考えに改良を重ね、PFIと呼ばれることになるのは、そう何年もかからない。
そして、このプロジェクトとは、港湾計画であり、この認定団体としてカクナカを推薦する動きがあることを、加藤は吉崎に説明した。

「誰に聞いた?」と吉崎は加藤に聞き返した。
「大屋支社長が、それまがいの事を言ってますが、骨子としては、新田先生って知ってます?その方が週に1回講習会を開いていて、東京支社のモン集めて説明してますよ。誰も聞く耳持ってないけど、岸部さんは、カクナカが認定会社として4極方式に組み込まれているとか話してます。けど、未だ計画中の段階ですね。」
吉崎は黙って聞いていたが、最後に、
「認定会社はカクナカだけじゃないよ。何社か名を連ねてるけど、みんな倉田さんが、何かしら関係してる会社だ。」
と補足をした。
加藤は、眉に唾をつけて聞いていた。
「倉田さんが加藤を呼んでいるらしいけど、どんな話で呼ばれてんの?」
「本当は、東京支社に入ったときに会いたかったような話をしてましたよ。大屋さんも新宿に呼ばれて話をしてるらしいです。」
「へー、長谷川さんは一緒じゃなかったの?」
「そーなんすよね。長谷川さんは新宿に行ったこと無いらしいです。東京支社で新宿事務所に行った事あるのは大屋さんだけらしいっすよ。岸部さんも羨ましがってました。」
「ふーん。岸部さんは倉田教だからね。」
「新田教でもありますよ。」
岸部は、カクナカ社長である倉田と、相談役の新田女史を教祖様のように崇め奉っていた。
「そーなんだよね。岸部さんは、あの人たちに忠誠を誓ってるんだよ。覚えておいた方がいいよ。」
「覚えるも何も、肌で感じますよ。ちょっと異常なくらいだ。」
加藤が、何も分ってないようだったら説明しなければならないな、と吉崎が思っていた事を、加藤は知っていた。吉崎にとっては、逆に喜ぶべき事ではなく、警戒する事だった。吉崎は加藤に注意を払うべきであって、これまでは甘く見ていた。吉崎からなんの入れ知恵もなくこの加藤を放任しておけば、この先それを鵜呑みにして、加藤がカクナカのために、動き出す日が来るかもしれないのだ。加藤は、あくまでも木本建設の人間であって、カクナカの人間ではない。木本建設の利潤が第一であって、その前にカクナカがあってはならないのだ。
木本建設とカクナカ、東京支社であれば、三友建設も入り、さらに全ての規模を見れば、カクナカに入ってきている他のゼネコン、業者、あらゆる思惑の人間が、互いにけん制しあって、言うなれば腹の探りあい、時には足の引っ張り合いをし、しのぎを削っている。そこへ持ってきて、うっかりカクナカ側の人間の立場で、吸収した知識を活用してもらっては、吉崎と加藤は、同じ穴のムジナでいながら、敵同士ということになりかねない。
長谷川のようなボーっとした人間ならば、そのような危険も回避できる。が、ここにいる加藤は自力でここまで理解し、また倉田に興味を抱かせる人物となっている。まぁ、その点で、倉田には、ある程度吉崎があおった事であったが。
吉崎は、そのようなことは、おくびにも出さず、加藤に聞いた。
「まぁ、そんなとこだ。そんな事、信じられるか?」
「さあ。どうであっても、わたし自身はあまり関係の深そうなとこにいるとは思えないし、第1、カクナカにそんな力、あるんすか?」
ストレートに言うと、「信じられません。」というのと同じ意見だ。
「そのために、おれたちはカクナカに行ったのさ。」
と吉崎は加藤に言った。
「ふーん。わたしは、てっきり三友建設よりも仕事をいっぱい取れるように行ってるモンだと思ってましたがね。」
なるほど、加藤は加藤なりに、今回の出向を分析していた。
「まぁ、それは次の段階だね。加藤が言ってる通り、カクナカにそんな力があるかどうかわかんないんだよ。何が本当で、何が嘘なのか、誰も分んないんだよ。」
「え?嘘も混じってんすか?」
「そら、企業同士が足を引っ張り合ってんだ。お人よしじゃ競争に勝てないだろ。」
「東京支社を見る限り、そんな状況とは縁が遠い気がしますけど。」
「あはは、三友建設は、ちょっと人選を誤ったよ。あの二人はいずれ引き上げる事になると思うよ。」
なんとも物騒な話だった。


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