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作品名:建設業サラリーマンの冒険 作者:Sita神田

第1回   プロローグ
いっちょかみだよ。カクナカって会社が上に乗っかるらしい。
加藤は現場所長にそう言われた。

ゼネコンは、それ自体は何も出来ない。サブコンが実働して初めて建物が建っていく。
ゼネコンはと言うと、その実働に見合う金額を支払って、その実働が正規のもの、また金額に見合っているかなど、人によっては事細かに、また人によっては大雑把にチェックする。発注と請負という関係がそこに成立する。
時には、このサブコンも、そのまたサブコンに実働を依頼する場合があるが、じゃ、このサブコンは何をやってるの?と言えば、ゼネコンがやっていることと同じように実働に見合う金額、仕事っぷりを、やはりチェックしているのだ。

チェックするって事は、それなりに大変なことで、それが仕事として成立するために、当然の流れになっているように誰もが思うが、極まれにサブコンが実働も金額も管理することなく、事前に「大人の約束事」として、「おれたちは、ゼネコンから金をもらったら、君たちサブコンにコレだけの金をあげるから、おれたちが仕事と金を管理したことにしとけー」ってなやり取りが発生することがある。
そこに力関係などの歪が出たりする訳だが、仕事もせずに金だけ貰っちゃう様なこのやり方は、大半の人間が快く思わない。だけど、大人の事情を垣間見たりして、極力そのことには触れないようにしようなどと思ったりし、その辺の思いを込めて「いっちょかみ」なんて言葉を使ったりするのだ。時に、バーターと呼ばれたりもする。
建設業の悪しき風習である事はいうまでも無い。

上下水道とか、電気を引き込んだりの管理をすることが仕事の、ゼネコンの中の担当者もいる。
こいつらは、対外的に設備担当といい、ゼネコンによっては、設備課、設備部などと、1セクションをなしており、建物を建てることのみに情熱を注いでいる生粋の建築セクションとは異質で、なんとなく脇役的なイメージを払拭できない。
加藤は、こんな担当、そのゼネコンの設備部に所属する。
この設備担当の加藤は、それでもやる気十分。いっちょかみなんて業者が入ろうもんなら、苦労せずに金をむしりとっていくイメージのあるこいつらは、ニートのような扱いだ。的に考えていた。
「カクナカ」というのは、設備業者。よって、加藤が管理すべき業者なのだ。

それでも、業者は業者。社内的にも社外的にもその建築現場に入る業者として書類は必要なのだ。
現場から、カクナカの担当者へ電話をかけた。これから始まる現場のための書類をカクナカに作ってもらわなくてはならない。
書類の必要項目が全てわかって、おまけにカクナカの社版を持っているなら、こんな気の進まない電話かけてる時間におれが書類を作るよ。
なぁ〜んて思わずにはいられない。
カクナカの担当者は、岸部。事前に部長に聞いていた。
いっちょかみの業者など、どーせロクなヤツはいない。仕事もしないで金をもらうだけ業者の担当者ってのは、普段は何をやってるんだろー、なんてボヤっと思ったりしながら電話をした。
今はまだケータイなんてまだ普及しておらず、電話をかけるなら現場から。現場監督が3人いようが、5人いようが、電話の本数2本、ま、多くて3本。電話をかけるのに、順番待ちなんてのがザラにある。そろそろ気の利いた現場には、ビジネスホンってな1本の回線で人数分の電話が配れる便利な電話を契約できるようになってきた。
それでも、サブコンの担当者なんかはケータイを持っていたりする。サブコンの方がススんでいるのだ。しかも、このいっちょかみの業者の担当岸部は、ケータイの番号を指定してきてそこへ電話をかけろと言っている。いけすかん。

「あぁ〜もしもし〜木本建設の加藤と言いますが、岸部さんですかぁ〜。」
思いっきりツッケンドーに言ってやった。いっちょかみの業者など、この場限りなのだ。書類すら書きたくない、そんなのメンドくさいとかゴネやがったら、一喝でもして、どんな業者なのか顔見るがてら、書類を取りに行ってもいいぞ。くらいの勢いで切り出してやった。
「現場着工時書類を作成する業務が発生してます。雛形送りますので、お願いします。」
などとクールに決め込んだところ、
「毎度ありがとうございます。すぐに作成し、送らせて頂きますので、よろしくお願い致します。」
など、以外にも丁寧でやる気満々な返答が返って来た。
岸部は関西特有のイントネーションだった。ひょっとして、関西の業者なのか?ケータイだから場所がどこにかかったのかわからない。
一体、どういう経緯でいっちょかみなど・・・。加藤はさっきまでの趣と違って、首をかしげた。

建築物を建てる時に設計図は大事だ。無くてはならないものなのだが、現場に入ってしまっては、もはや設計図は、単なる施主の意図を知るための手段でしかない。
我々が普段設計図と呼ぶものは、製品なり物品なりを組み立てる際に必要にして十分な条件。設計図を元にすると、細部の部品まで組立たるだろうと思ってしまうが、どっこい建築はそうではない。設計図はいい加減なものだ。その通りに建物を建てようとしても、まず建物は作れない。犬小屋を作るのとはワケが違うのだ。
設計図は施主の意図を伝えなければならないが、えてして、そんないい加減な紙を設計図と言うからには、当然施主の意図など完全に伝わるわけがない。設計者は、監理と称して、現場にやってくる。そこで、設計図では伝えきれない膨大な思いを現場に対して吐き出すのだ。本来、設計図に全ての思い入れが吐き出されていれば万事丸く収まることが、設計担当の技術と呼ばれるもので、技術力が低いほどちんぷんかんぷんな設計図が出来上がり、結果、現場に来て吐き出す量が多くなる。
ひどい時には、この施主の思い入れと設計図が違うじゃん。ってなことも日常茶飯事だ。
なんて事を言い続けても現場は先に進まず、結果いつまでたっても建物なんて建ちはしない。ではどうするか?設計図を見ながら、さらに設計図を描く。これは、現場の中では施工図と呼ばれるもので、表向き、設計図には描き切れなかった、現場で決まった部品、などを事細かに検討して書き込んで言ってね。ってなシロモンで、現場監督と呼ばれる人たちが描く事になっている。この施工図を描くというサブコンもいる。で、現場の中では、設計担当がこの施工図を見て、自分の言いたい事はちゃんと伝わっているだろうか、ってな確認などをしたりする。
大概伝えるものもいい加減で、受ける側もいい加減なので、この施工図も実際作る人が都合よく作れるように描かれているのが世の常だ。

施工図には、このサブコンの名前が入るのだが、設備の施工図があったなら、その設備業者、ここで、「カクナカ」のタイトルが入っていた。
設計担当。建設業界では設計事務所というゼネコンとは違う会社が建物を設計してゼネコンに仕事を出す、って事は普通だ。そこの設計担当は施工図もチェックする。
「ハテ?カクナカなんて初耳だな。こんな業者、現場にいたっけ?」
「いえ、実は、正規の設備業者と、ウチとの間に1社咬んでまして。」
と設計担当と加藤のどうでもいいような世間話の口火が切られたところで、
「そのいっちょかみは、何もせずともマージンをとってくんだろ。嫌いだね。」
とあまり関係のない話で会話を潤滑よくすることも、時には必要だ。
「誰だって、タダで金持ってくヤツを擁護するヤツはいねぇーよ。」
などと加藤は思っていたが、担当の岸部のあの元気よさっぷりが、なんとなくそんな業者のイメージとは裏腹だったのを思い出していた。
今は7月。夏本番に差し掛かった頃だが、現場事務所の中はさながら蒸し風呂のようだ。


「はぁ、今現場出るんで、19時ごろ事務所着けます。」
現場のある八潮から、事務所がある秋葉原まで、1時間程度。今は17時。どこかでメシでも食ってくかな、と思った加藤は、1時間ほどサバを読んで事務所に電話をかけた。
同じゼネコンでも、建築である現場監督と設備担当の決定的な違いはここら辺にある。
現場監督は、基本的にはその現場を切り盛りするための要員。設備担当は、何箇所もある現場を管理するために、基本的には事務所が拠点で、事ある毎に現場へ赴くのだ。よって、現場での管理業務が終われば、事務所での業務が待っている事務所へ帰ってさらに仕事をする。3Kと言われる、キツイ部分だ。
今日も今日とて事務所では顧客リストの整理が待っていた。

普段は、設備設計、積算など、普通は片手間にする仕事じゃねぇーだろ、コレ。的な仕事のオンパレードで、一たびこれらの仕事が割り振られたら最後、寝られない日が続く。人材不足を恨むしかないが、恨んだところで疲労は回復しないのだ。
ところが、19時に帰ったとて、今日の業務を報告、連絡、相談をする上司は、先に帰って、不在だ。
たまたま運が良かったのは、設計積算などの眠い頭では能率が極端に落ちる業務は今のところひと段落。顧客管理リストってな仕事の業務が残っている程度。

実は、最新鋭の「パソコン」なるものが設備部署に導入された。OSは、Windows3.1。ワープロに一太郎、表計算にLotus1-2-3がバンドルされた、即ビジネスにもってこいの優れものだ。
今のところ、恐れ多くて誰も使わないが、会社では、これからの時代、パソコンを使って書類などを処理していきたい意向として、さし当たって許された予算で輝かしい1台が導入された。
部屋の片隅に置かれたパソコンは、威風堂々として、それなりの存在感を放っていたが、同時に威圧感も回りに醸し出していた。近づく人間をことごとくバカにするような機械だぜ、おれは。とその白くぶっきらぼうな箱は物語っていた。

加藤は、大学時代にパソコンを使って卒業研究の論文をまとめていたし、なによりもプログラムを組んで、卒業研究の膨大なデータを処理していた為に、周りの設備部員などと違ってパソコンアレルギーなるものとは縁がない。貴重な部の予算を割いて導入されて、誰にも使われずにただ陽を浴びて黄ばんでいくだけのパソコンを見て思った。
「使ってみよう・・・」
ただコレだけだった。
パソコンには、データベースなるものも、ささやかながらバンドルされていた。「LotusApproch」。リレーショナルという、当時最先端のデータベースシステムが組み込まれた優れものだ。この頃にしては珍しく、パーソナルにしてデータベースの基本が詰め込まれている。
こいつを使って、今や、えれぇ〜不便な顧客ファイルをパソコンで管理するのだ。
ゼネコンは建物を建てれば、その都度顧客は増える。顧客情報と言っても、その建物の情報のことで、設備担当は、その建物で水が漏った、ガスが着かない、雨漏り、騒音、お化けが出る、など、どーでもいーじゃん、ってな事までもお手軽に呼ばれてしまう。
「はぁ、それでは状況を確認しに参ります。」って電話の向こうでクレームを出してるお客さんに向かって言ったら最期、仕事として状況確認に行かねばならない。
不幸にもこんな連絡を受けてしまったら、書庫に行ってこれらの建物の住所を調べたり連絡先を調べたり、はたまた、当時担当した業者を調べて、必要であれば業者に連絡を取らなくてはならない。
このタイミングと同じくして、その建物が現場だった頃の設備担当者なりがいれば記憶を頼りにそれらのクレーム処理をモリモリとこなしていけるのだろうが、加藤と同じ、それぞれ日中は、担当現場に管理に行っている担当者は、連絡もままならず、頼りにならない。
それでも記憶が頼りのこのご時世、キングジムファイルに何冊にもなった情報をベラベラとめくって、ラッキーにもその建物の情報とドンピシャなファイルを見つけても、文字がかすれて見えなかったりした時など、いつもに増して疲労感が体中に重く圧し掛かるのだ。
「これがパソコンに入っていて、たちどころに情報が出てくるって、いーじゃんっ!」
と加藤は冴え渡っていた。
画面が作成されて、データをポチポチと入れていった。何千件もあるデータのうち片手間に入れられるデータなんてたかが知れている。それでもデータベースに入った建物の情報は、便利にパソコンが瞬時にたたき出してくれる。こりゃぁ思ったより具合がいーぞぉ。
と自己満足で終わっているうちはとっても面白く、本体、プリンター、ラックなど、総額60万円からしたパソコンを、おれは使いこなしている。だれも使えないパソコンもおれには懐いてくれいている。ってな思いだった。
ところが、これが上司に見つかった。今までどーにもこーにも時間を割いて検索せねばならない情報が一瞬で現れる。そらぁ便利だよ。
なんと、お遊び感覚で作ったデータベースが認められたっ!キーワードを書いてボタンを押すと、たちどころに欲しい情報が見られるコイツが使われている。
まぁ、初めは鼻高々だった。いまや検索ボタンもキーワードボタンも配置されていて、いっぱしのアプリケーションと呼べるシロモンになっている。
だれでも簡単に使えるように画面構成もバッチリだ。
今や現場を離れた、部の上司連中も、検索してヒットした建物名を見て、
「おっ、これはおれの担当現場だ。懐かしいなぁ。」などと便利以上な付加価値も見出したようだ。
ところが、これは、何千件もあるデータのほんの一部を打ち込んだだけ。紙に手書きで書かれた情報を打ち込むには、それはそれは膨大な時間を要するのだ。そら、検索しても、無いデータがあって当然だろ、上司。それは、加藤がヒマを見つけて育てているデータベースなのだ。
上司から加藤に、
「しばらく設計積算業務を他に割り振るから、このデータベースとやらを充実させるように。」
ってな命令が下るのも、必然的な時代の流れだったのかも知れない。
それについて、事務の女性が手伝ってくれることになった。他でもない上司命令だ。
この事務の女性の名前は、武田恵美子。部のたった1台のパソコンのために二人がかりで悪戦苦闘する事になった。
加藤は、日中は管理のため現場に行っているので、データベースをいじることは出来ない。パソコンは電源以外何にも繋がっていないのだ。インターネットなんて言葉は、この後何年待って出てくるのさ。ってな時代のことだった。

日中、加藤がいない時に武田恵美子は、データベースに顧客ファイルを打って打って打ち込みまくった。何日もかかったが、それでも終わらない。
武田恵美子はビジネススクールの英文科卒業って事らしい。学生時代にタイプの打ち込みをやっていて、キーボードにも慣れ親しんでいた。ブラインドタッチが出来ることが彼女の自慢だ。しかし、喜んでデータを打ち込んでいたのは最初だけで、あまりの膨大なデータ量に最近辟易してきたようだ。
打ち込んでいるうち、検索しているうちにデータベースの不具合を見つけるらしく、その都度加藤に報告が入る。
「普通に入力しているのに、文字が入らないときがあるんですぅ。途中で切れちゃうんですぅ。計算の値が狂ってくるんですぅ。画面の色が気に食わないんですぅ。」と、加藤は言われたい放題言われて、完全に仕事が増えたことを実感していた。

その日も、そんな増えた仕事をこなす為の19時帰社。便利なはずのパソコンに苦しめられている。そんなことをボーっと思っているうちに会社に到着。
設備部は、まだ定時内の部署のように、ドラフターに向かって図面を引いている同僚もいれば、机の上に資料を山積みにして電卓を一心不乱にたたいている同僚もいた。日中と違うところは、回りの部署は静かなことと、この部に上司がいないこと。設備部は、多忙で有名な部署で、こいつらに残業代を払っていては部署は破産してしまうので、名目だけでも管理職にして、管理職手当てという名のはした金でコキ使うこともキチンと計画的に行う。
加藤は、出先を記すホワイトボードから、先ほどいたにっくきカクナカを使う現場名を消すと休む間もなく、パソコンを見た。電源は入れられたまま。
「設備の担当者が二人の現場を見つけたんだけど、これには入れられません。何とかして下さい。」との付箋紙がブラウン管にべったり貼られていた。


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