熊本北署に電話をすると署長が出てきた。 “坂井君か?待っとったよ。殺人だって?南君が手伝ってくれるんだって?君は運がいいな。君を主任にするから解決してくれ。司法解剖をしたんだろう。どうだった?” 坂井警部補は殆ど挨拶程度しか警察署長と会話したことはなかった。それだけえらい存在だったのだが、立て続けに質問されてすっかり戸惑ってしまった。 “あのー署長がどうして電話に?” とかろうじて言うと、 “いやー。南君には南医師が大学院の学生だったときにえらく世話になったもんでな。熊本県下に起こった難事件の解決にいつも南君が関係していたんだよ。まあほとんどは私の担当だったのだけどね。南医師が大学院を卒業して血液内科に行ってからはもう警察関係の仕事は一切してくれなくなってね。白血病を治すのに一生懸命で時間が無かったんだよ。でも今回司法解剖を引き受けたと黒田さんに聞いてわくわくして待っていたんだよ。司法解剖の費用はこちらで出すから手続きの書類はよろしく頼むよ。標本は荒尾市民病院で作ってもらってくれ。そして必ず南君にでき上った標本を見てもらうんだよ。事件が解決するまでとにかく南君を利用するんだ。できればこの後もずっと警察に協力してもらえればいいんだが、そのへんのことをうまく含み置いて強制するわけではなく自発的な協力をお願いしてくれよ。一度へそを曲げたら二度と協力してくれないからな。” “吉野巡査長が小学生の同級生みたいなので、彼の言うことはよく聞くようですが?” “おお、それはいい人がいた。とにかくこの件は君に任せたから南関交番とよく相談して事件を解決してくれ。解決するまで南関に泊まり込んでくれ。出張費や食事代それから事件に関する経費はすべて出すからね。よろしく頼むよ。” 美穂は南医師が事件解決のためのかなりの重要人物だという印象を持った。 そして解剖台の近くに戻ると解剖が終わって大河原先生と南先生がもめていた。 “私の病院が払うと言ってるでしょ。” “それは困ると言っているんだよ。” “何をもめているの?” 美穂が吉野に聞くと、 “南が、解剖の費用とこれから作ってもらう標本の費用を熊本県警は予算が限られているから自分の病院に請求して欲しいというのを、大河原先生がそれは、ここは公立病院なので困る。熊本県警から出してもらわなければ手続きなどの点でも不可能だといわれるのです。” と言うので、 “この解剖に関する費用はすべて熊本県警から出すように言われているのでお任せください。手続きもすべて私がやります。” と言うと、大河原医師は、 “そうしてくれ、そうしないといろいろ面倒なんだよ。開業医に頼まれて法医解剖をしたというのはとても公立病院では通用しないんだよ。私は副院長だし、公的な病院はいろいろ手続きが大変だからね。” すると南が、 “特殊染色や免疫染色。場合によっては電子顕微鏡まで頼むかもしれませんから相当費用がかかるんですよ。” と言うと、美穂は、 “署長が費用はすべて警察で持つから大丈夫だと言ってくれていますから大丈夫ですよ。そして署長から南先生によろしくお伝えくださいと言われています。” “署長ってどなたですか?” “大黒義文署長です。” “ああ、大黒さんか?あの人が署長になったの?えらい出世だなあ。あの人なら部下思いだからいいよなあ。” 南医師はふとなつかしそうな顔をした。解剖が終わるとしばらく南医師は黙り込んだ。 吉野がだまって後をついている。着替えて解剖準備室に来ると椅子の横に座ってまだ考えている。 そしてふと顔を上げると、 “吉野!” と声をかけた。 吉野は、 “ほら来た。ここからがすごいんですよ。警部補。話をよく聞いてください。南は小学生のころからすごく頭が切れていたんです。” そして事件の推理を、観察したことから話し始めた。美穂も驚くほどの観察力であった。
|
|