大河原先生が病理解剖室の前で待っていた。 “南君。君は開業したんだってな。大学に残るのば期待しとったつばってんが。” “すいません。大学ではもう限界だったつです。” “法医解剖ばすっとね?僕も手伝ってやろか?法医解剖はしたことはなかばってんが、君が言うように動くけん。” “すいません助かります。お忙しくはないですか?” “標本はいっぱいあるけど、診るのはいつでもできるけん。大学でたまに病理解剖ば手伝ってくれたお礼たい。” “いやあれは僕が勉強のためにお願いしたので、大分勉強になりました。” 二人は話しながら着替えの部屋に行き解剖着を着て手袋をはめてマスクをして出てきた。 解剖台の前で、南は “では、10月7日12時30分法医解剖を行います。黙とう!” と言って両手を合わせた。吉野、美穂も頭を下げて両手を合わせた。 解剖は表面の所見から始まった。 “表面に主な異常所見はありませんが、腹部に紫斑。1 2cm。右ソケイ部に点状の出血を認めます。” そういって、 “大河原先生。胸を押すとエーテル臭がするのです。” と言って胸を押すと大河原はまだ手袋はきれいなままなのでマスクをずらし匂いを嗅いだ。 “確かにエーテル臭がする。” と言ったので、 “吉野。胸部圧迫により口腔内からエーテル臭確認と書いておいてくれ。” 吉野は筆記具を持ち表面所見の後に胸部圧迫により口腔よりエーテル臭と筆記した。筆記した記録簿は病理解剖所見表と書いてあった。荒尾市民病院の病理解剖の記録用紙をもらったのであった。 美穂はうわさには聞いていたが、法医解剖を見るのは初めてだった。南が右鎖骨の上から胸骨の中心部までメスを滑らし左鎖骨から胸骨中心部までメスを運んだ時一瞬気分が悪くなったが、さすがに剣道の猛者である。すぐに気を取り直した。それから皮剥ぎが始まり真皮と表皮の間をメスで剥がすころになると、法医解剖に興味を持ち始めていた。殺人事件や死体が損壊した事件を何度も見てるのでそれから先は全く平気であった。最初は人間を解剖するという意識が強かったが、だんだんと事件の真理を追及するという意識に変わってきた。 “問題は右ソケイ部だ。” と美穂は思っていたが、南も右ソケイ部の皮剥ぎを丁寧にやっていた。 皮を剥いで皮膚を裏返すと皮下に出血の跡が広がっていた。さらに血管にはもっと大きな出血後もみられた。 “吉野!これを写真に撮ってくれ。” と南が言うので、美穂は、 “私が取ります。吉野は記述に専念してね。” 警察では年齢は自分より上だが部下に当たるので呼び捨てにするのが慣例である。 その場所に置いてある荒尾市民病院の一眼レフデジカメを借りて写真を何枚も取った。 “これは殺人の証拠となる。” と今までのぼんやり感が抜けて急に緊張し始めた。 “私はこの殺人事件の主任警官になるだろう。殺人事件を主体的にもつのは初めてだ。” そういう美穂の思いに関係なく解剖は淡々と進んでいる。心臓を取り出し。 “大河原先生やっぱし柔らかいでしょう。” “そうだね少し柔らかいね。” “心臓250g。” と重量を量って写真のとこに置かれるのを写真を撮りながら美穂は、 “柔らかいって何だろう?” と思っていたらタイミング良く吉野が聞いてくれた。 “研!柔らかいって何だ?” “カリウムじゃないかと思うんですが、大河原先生どうですか?” “うんカリウムだろうね。ちょっと穿刺して血中濃度を測ったら高いだろうが、溶血して正確な濃度は測れないからあまりあてにならないからやめようか。それよりやっぱりこの肉眼所見だよな。” 南が吉野を見ると吉野はなおきょとんとしてたので、 “この被害者はエーテルをかがされ、右ソケイ部からカリウム製剤を注射されて殺されたようだ。” と解説すると、 “えっつ!そしたら殺人じゃないか?それは大変だ。” と言ったので、美穂は、 “意外とわかってなかったんだな。” と思ったが、カリウムが死因だとわかったので写真機を置いて解剖室を出て本部に連絡を取りに出ようとした。 そうすると南が、 “刑事さん。出るついでに肺の組織を持っていてエーテルの検出をお願いします。鑑識にこの組織を送ったら検出濃度を測ってくれますから。なるだけ早い方がいいでしょう。さっき取った血液からも濃度を測れますから両方からエーテルをかがされたと証明できるでしょう。” と言い。取りだした肺の組織をメスで切り病理用の標本入れに入れ、採血した注射器とともに美穂に手渡した。 “血液のカリウム濃度はどうですか?” と聞くと、 “一応測ってもらってください。” と言われた。 美穂はとりあえず解剖室の外に出て熊本の本部に殺人事件の報告のため携帯で電話をかけた。
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