第1話 1983年の春、深夜の東名高速、厚木インター付近で空になったセ-ラムのソフトパッケージを握り潰し最後のタバコに火をつけながらこのまま 「横浜まで一気に行こうか、厚木で降りてR246で平塚から茅ヶ崎R135で海岸回りで横浜に入るのもいいかな」......。 まだ夜が明けるまでは時間が早い。 車の荷台には簡単な引っ越し荷物にまざってサーフボードが一枚。一番上に置いてある.........。 なーんて感じで( )よく始めようと思ったんやけど、所詮、おいらは無敵の田舎者、 肩が凝ることはやめにして面白おかしく始めましょう。ってことでー。 背中にサーフボードを縛り付け、やって来ました、大都会。憧れの YOKOHAMA FUNKY TOWN 気体?と不案に下半身を膨らませながら、ここは横浜伊勢佐木町。
田舎もン丸出しで歩いていますと、いきなりオネーチャンに声をかけられます、 (やっぱし横浜は違うなー、いきなり逆ナン?おいらこっちでも中々いけてんちゃうん、)と、 さらに下半身を膨らませながらニヤニヤしてたら。 「映画は好き?」って聞くから当然「好き好き!」ッて言うたら 「いま**クラブに入会されますとお好きな映画がお安くご覧になれますよ、 今お得なキャンペーン中なんデス」ときたもんだ。 ・・・所詮おいらは田舎もン。早速“キャッチ”のオネーちゃんの洗礼を受けたのであった。 が、しかし、ここでめげない、あっちでもめげない関西人、 ここはちょつと騙されたフリして横浜のキャッチのリサーチってことで、時間もたっぷりあるし、ノコノコ付いて行きました。 茶店でひととうりキャッチちゃんのお話しを聞いた後、おいらの逆キャッチ&リサーチ&ナンパの番だーっ。 「僕、今日大阪(USO)から出て来てんやん。今度このへん案内してくれへん。」 などとちょーしのええことを、ほざきながらちよっとずつおいらのペースに巻き込みTelNo. を手にした時にはキャッチちゃんは サインの事などすっかりお忘れの御様子でした。
[Ps.] 後日キャッチちゃんのお話によると、キャッチのグループのチーフだかが、 この時の様子を見ていたらしく、めっちゃ怒られたのが原因でキャッチを辞めたミタイデス。 てなかんじで、楽しい時間つぶしもでき、今度のお仕事場であります、 伊勢佐木町、3丁目3ー96日活会館ビルに、面接にトコトコ 行きました。 おいらの前にそびえ立つ日活会館ビルはかなり古ぼけた感じなんやけど、 おいらにはこれから始まる YOKOHAMA FUNKY LIFE. のステージになるわけです。 さらなる妄想に下半身を膨らませながらエレベーターの4Fを押したのです。 エレベーターのドアがピンポーン(おいらの記念すべき第1歩ジャン)。 気分はすっかり「浜っこジャン」フロアには小さなゲーセンがあり今では東南アジアの、 そのまた田舎でしかお目にかかれないスーパーマリオやピンボール、 払い戻しのできないポーカーゲームなどが幅をきかせ、みんな下向いてピコピコ怪しげな感じ、 まっ、そんなんはほっといて、面接を受けにいきましょう。
かなりデカイ!、まだ工事中のフロアを横目に奥にある事務所のドアをノック。ちょっとビビる、そこには......。 ヨーダに似た初老のおっさん..。失礼、部長サンの小泉氏が 「いやーナベちゃん、まってたんだよ」!!!・・・初対面でいきなり「ナベちゃん」ときたもんだ、 おいらは「ちゃん」ってなんやねん。小学生じゃあるまいし、と思いながらも、 あっ!これが業界にありがちな夜でも「おはようゴザイマス、」名字に“ちゃん”を付ける。 単語を逆さまに言ったり、D万G千。など、いわゆる業界用語!なん???。 ちょっとカッコええかも?などと、早くもミーハーな気分をくすぐられた、おいらでした。
そんな感じで、ひととうりの面接を受け、オープンに向けての打ち合わせを終え、 工事中のフロアをぶらぶら、約300坪はあるフロアにはドーナッツ状のでかいカウンターがあり、中心にはボトルラックと8台のモニター。 カウンター内には2ケ所のバーとDjブース。その前には鏡張りのダンスフロアー・・・。
そーです、ここはその頃 のYOKOHAMAでは一番でかいディスコができるのです。 それもその頃はやりのカフェバースタイルのお洒落なディスコって感じ、 [カフェバー→お洒落→ディスコ→女 ] 的な方程式に夢見るおいらなんです。 つづく
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