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作品名:混沌こそ我が墓碑銘 作者:鈴木善行

第9回   9
 斜め前方に見える大手家電量販店の客引きの声がここまで聞こえてきて、目で殺してやろうかと血走るほどに耳障りだが、殺せるわけもなく、かと思えば、すぐ側のコンサバ女が周囲を憚ることなく大声で話していた。じゃかあしい。この。食肉にもならない弛緩しきった牛のような顔をしやがって、ちと黙れ、牛が、と睨みつけてやる。が、牛は無反応だ。というより、そもそも最初からこちらを見ていない。信号は赤なのに車道を横切るから、車のクラクションがひっきりなしに鳴っている。原は坂本の携帯電話を覗き込むようにして見ながら、楽しそうに笑っている。坂本は今度は左手で忙しくメールを打っている。ありとあらゆる種類の声や音で場は溢れかえり飽和状態、互いが互いに反応しあい、精神は臨界点に達し、されど声や音はやまずとまらずのまるで永久機関。

 さきほどの広場の特設ステージからなにやら粉塵が舞いあがっていて、花吹雪だ、とわたしは思い、花吹雪の下見物客らが垂れる汚穢と戯れステージの上で半裸で踊っている女の醜さ美しさに見とれ、鉛の空をビルの壁ごと貫き死にたくなった。すると、ふいに、あ。という声がクリアに聞こえた。原の声だ。あ。来た。と坂本。振り向いたら、直子がいた。約束の時間より五分程遅れ到着した直子は、わたしの顔を見るや、「ごめんね」と言った。直子のほんのりと朱に彩られた頬をじっと見つめ、ううん、だいじょうぶだからと、わたしは答えた。いつのまにか、花吹雪は見えなくなっていた。

 全員が揃ったところでスタジオのある歌舞伎町方面へと、十二頭陀がごときのみすぼらしさを売りに行乞するかの面持ちで向かわんとする我ら、その道中、わたしは先を行く三人のあとを追いかけるように少し間を空けて沿道を歩く。ひとたび油断すれば、通行人に、ぼんとぶつかるもんだから注意しつつ、うしろから三人の様子を伺ってみた。会話の中心にいるのは原、あるいは坂本のどちらか。話をふられれば答える直子は笑みを絶やさない。ちょうど宗教くさいカラーリングの看板が目に痛い靴屋を左に曲がったあたり、いい尻だ、いい尻をしておる、なにより肉と骨とのバランスがいいのが直子。いまはギターを背負い見えないが、肉厚が過剰ぎみの原。対照的に坂本は朽ちて死にゆく枯れ枝のようだ。友人を前に残念な気持ちを隠しきれず、そっと、わたし、坂本の肩をたたいてやる。とぼけた顔して坂本、え、なに、とか聞いてくるが、いや、別にと答え、真相は闇に包んだままにしておいた。途中、何度か角を曲がるたび、味が濃厚でぬるくてあり得ないまずさのラーメン屋、うまくも安くもない回転寿司の店、馬鹿にしか許容できない不気味なノリの居酒屋、靄がかるアジア面の羅列が見苦しいオープンカフェ、どこの街でも見かけるカラオケ店、マンガ喫茶、名前だけはいっちょまえの銀行、巨大なデパート、大人のおもちゃ屋なんかがいちいち目につき、こんな場所に店があるんだと思っていたら、また角を曲がり、さらに曲がり、アルタからおおよそ十分弱もあれば目的地のスタジオには着けるようになっている。まあ、ひとりじゃ絶対来られないだろうけれど。近くに花園神社があることだけはなんとなくおぼえていた。


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