わたしが鬱になるなんて、さしあたって珍しいことでもなんでもない。薬がほしいお酒が足りない飲まずにいられないシラフでいるのが怖いってふうに常日頃考えているわけではないけれど、朝からメンスが黒く重いだの、喉が渇いているのに家の冷蔵庫に爽健美茶しかないだの、痩せたわけでもないのに友達から「痩せた?」と言われたりだの、GREEENだかオフホワイトだかの糞おもしろくない音楽がなんでか頭のなかでぐるぐるまわっていたりだの、他の人からすりゃ、ぬるぅとしか言いようのないようなレベルで刹那的に情緒不安定になってしまうもんだから始末が悪いなと自分でも思う。思ってはみても鬱は鬱だしシラフは怖いってんで、こういうときはとっとと寝てしまうのが一番なんだろうけど、このまま寝て起きたら明日になっているっていう、明日なんか永遠に来るなよ頼むから死んでよっていう、ほんとうは寝たいのに寝られないみたいな虻蜂取らずの状況がいやで、でもちゃんと寝ないと授業中とかシャレにならないしテストも近いし、などと考えているうちに、明日の午前はバンドの練習があるんだということを思いだしたら、なんだか少し落ち着いてきた。耳を澄ますと、虫の鳴き音が一定のリズムで響いている。
自宅の周りは、いつも静かだ。閑静な住宅街だからか、たまに忘れ物を取りにきたかのように車が通るぐらいで、夜になると人の気配はほとんどなく、住むにはきっといいところなんだろう。わたしが物心ついた頃には、自分専用の部屋が与えられていた。そこは一切の安寧が許される、穏やかな空間。この世界唯一の。六畳一間の部屋の壁は、ほぼ全面紫色に彩られていて、なんの変哲もないタンスやクローゼットや書架や小学校に入学して以来置きっぱなしの学習机などが無造作に配置されていた。家族や友達らには、狭いわ紫だわ落ち着かないわでどえらく不評なのだが、隅のほうにひっそりと飾られた魂もなにも感じられないあまたの人形が、わたしのお気に入りだ。人形は誰かに微笑みかけることもなく、永遠に無表情なままなのだろう。人形は嘘をつかない。なにかを期待したりしない。希望がない。心がない。そこに救われる。
似たような理由で、テレビを観るのもわりと好きだ。観るではなく、ただテレビをつけているだけといったほうがより正確か。
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