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作品名:混沌こそ我が墓碑銘 作者:鈴木善行

第16回   16
 無数の照明が天井に据えつけられ、光が沫となり店全体を程よく照らし、ついでに豚、白いエプロンの襞が不気味なほど映えないメイド服がいかにも窮屈そうな豚を照らしていた。あ、豚じゃん、とわたしは思って、ルノワールの裸婦像っつったらいいふうに言いすぎかもしれないけれど、そんな感じの佇まいの豚が堂堂待ち構えていてよいものなのか、他に誰か適任はいなかったのかと思い店内奥を覗いてみたら、普通の、まあかわいらしいお姉ちゃんがメイド服姿で何人かいて、カウンター席、テーブル席ともに客がけっこうな数埋っていて、時間帯を考えたら十分繁盛していた。それより、ラメだらけ光物だらけの装飾が照明に照らされ不細工な輝きを発し、狗の骨のような物体が数個だらしなくぶら下がり、苦し紛れのセンスをぶち込めるだけぶち込んだってな山車が店のちょうど中央を陣取っていて、わけがわからない。と思っていたところに、あのお、と豚が鳴きだす。山車を凝視していたわたしは声に気づき、豚の方を振り返る。

「3時からアルバイトの面接の二口さんですか?」豚が言うので、あ、はい、そうですと答えると、では、こちらへ、と豚に案内されるがまま奥の個室へと連れてこられた。少々お待ちくださいと言い残し豚、部屋を出たので、6畳ほどある事務室らしき場所にわたしひとり。部屋には、どこにでもあるようなロッカーやら机やらがあって、机の上に、PC、書類、ファイル類、ティッシュペーパー、ペットボトルの容器、プリッツの空箱、貧乏ったらしい形をした硝子細工、ボールペン、ホッチキス、ハサミ、割箸が放り込まれた円筒形の入物など。ロッカーにはチラシが何枚か貼ってあって、そのチラシには若い男女が写っていて、どこかで見たことがあるなという気がし、うーん、とか唸ってみるが、どうにも思い出せない。部屋に連れてこられてから5分ほど経過したあたりだろうか、誰か来るなという空気を感じると戸が開き、男が現れた。とてもじゃないが甘いルックスとは言いがたい容貌で、なにがどうなっていまの髪型を形成しているのだといった感じの天然パーマに、前髪が10本前後垂れていて意味不明な男が笑顔で、すみません、どうもお待たせしてしまいまして、と恐縮しながら会釈してきたので、いえいえ、なんて言ってわたしも会釈し、一応凛然たる視線で、二口です、よろしくお願いしますと挨拶をすませ、男の指示に従い、椅子に座る。男は笑顔。最初に声を聞いた瞬間、昨日電話で話した男とは別の人物だということはすぐにわかった。

「この店の店長をさせてもらっている近藤です」と男はやはり笑顔で名乗り、胡散くささゼロとは言いがたい笑顔ではあったが、男で社会人で店長なのにわたしみたいな高校生に対しても低姿勢だし、「暑いなか、どうもわざわざすみませんね」なんて言ってくれて、話しやすそうな人だなという印象をもった。

「すみませんね、約束の時間ちょっと過ぎてしまいまして、このあとだいじょうぶですか? 予定とか。いやね、ほんとすみませんね、店の方が忙しいもんで、ってね、まあ、言い訳になっちゃいますけどね、そういうのは。せっかく来ていただいた二口さん? に失礼ってもんですね、嘘でもそういうこと言っちゃうってのは。まあ、言っちゃいましたけどね。言い訳しましたけど、はっきりと。いやいや、ほんとね、だめですね、すみませんね、ああ、机の上とか散らかしっぱなしで天パのくせにこいつはみたいなね、そんなふうに思われたかもしれませんけど。プリッツ、どうです、おひとついかがですかって、もうこれ中身ないですけどね。アルバイトの女の子が食べちゃったのかな。なんかね、ここにお菓子置いとくといつのまにかなくなっちゃってることが多いんですよね。誰かが僕の知らないうちに食べてるんでしょうね。まあ、僕が無意識のうちに食べてるって可能性も捨てきれないですけど。年取ると、記憶がね、ほんとにだめんなってしまいますから。天パのくせにっていうね、せめて記憶力ぐらいまともにしとけよっていう感じでしょうか。あはは。痛烈ですね。なんてね。まあ、冗談ですけどね。って、なにが冗談なのかよくわからないですけどね。自分でもね。そもそも冗談になってないよっていう、いやいや、すいません。わけわかんなくて。もうみんな言ってますからね、僕のこと、わけわかんないって。冷たい目でね。ぜんぜん優しい、温かい目では言ってもらえないんですけどね、店長なのに。人徳ないんでしょうね。三顧の礼とか無理ですね、僕には。絶対。あ、プリッツ、いかがですか? って、これ中身ないですね。腹減ったなあ。お腹すいてませんか? ご飯食べてきましたか? や、こういう仕事してるとですね、夜とかどうしても不規則になってしまいがちで、食事とか大変なんですよ。いつも夜遅いから、まあ、遅いと遅いで近所のスーパーが夜遅くまでやってるから、そこで半額の弁当とかお寿司とか買って、家帰ってひとりで食べるわけなんですけどね。テレビ見ながらね。ちょうどですね、プロ野球の結果なんかが放送してる時間帯だったりするんですよね、タイミング的に。家に着くね。って、見ますか? 野球、見ないですか? まあ、女性はね、あれですからね、普通見ないですよね。女性の間ではどうなんですか? 野球好きな子とかって、あれ、まあ、別に悪いとかそういうもんじゃないんでしょうけど。でもどうなんでしょう、そのセンス的に。ありなんですか? まあ、どうでもいいですね。これ採用に関係ないですからね、気にしないでくださいね。や、ほんとすいません、というか、全部関係なかったですね、いままでの話。本題入りましょうね。いいかげんね、そのほうがいいですよね。って、そりゃそうですよね。いちいち、んなもん確認するなっていう、面接しに来られたんですもんね。失礼しました。ここに穴があったらね、ベトナム人入れたいですね、いま僕は。丸ごとね。ほんとに。まじめな話。って、もういいですね。すいません。ええ、では、まず履歴書を見せていただいていいですか?」


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