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作品名:混沌こそ我が墓碑銘 作者:鈴木善行

第13回   13
 およそ2時間後、練習を終えたわたしたちは、新宿駅へと向かっていた。途中、これから昼飯を食べに西口のファミリーレストランに行くという3人とは、大ガードがもうすぐそこというカラオケチェーン店の前で別れることとなった。「また明日」「気をつけて」「面接がんばってね」なんて言葉を各々交わし、去りゆく3人に手を振る。別れ際、やはり尻を見ているわたしがそこにいた。男の視点視線からだとどうなのだろう、むちっと白く熟れた原の肉感がよいのか、新鮮なもやしを意味ありげに睨む少女的坂本なのか、否、ちがう、そうじゃない、常に輝きが繚乱しているのは直子だろうと心の妖精がつぶやく。たしかに直子の尻は、ほどよい筋肉性、脂肪のさじ加減、骨格の緊張感が主体となっており、同時になにか大事なものを破綻させてしまうような美しさがあった。卑近な美は、冷酷な凶器となる。曇りかけて臭いがきつそうな空を眺めながら、ゆらゆら高鳴る尻への思いを必死に抑えようともがく。妄想が膨張する。渦のなかをたゆたう。頭のなかが好き勝手にコールドプレイの新曲を垂れ流す。3人の姿はもう見えない。いなくなった3人の面影を指でなぞるように、しばらくその場で立ち尽くす。けっこうな速度で頻繁に行き交う車のわずかな隙間から、大ガードの奥のほう、しみったれた居酒屋で鬱金茶と焼酎を毎晩飲み、あとはただひたすら死を待つのみといった爺ぃの姿が、もやっと一瞬見えたような気がした。

 精神が通っているとは思えない物体の集積をかき分け、中央・総武線のホームに着いたと思ったら、ちょうど電車が発車した直後のタイミングだった。携帯電話に表示される時刻を確認し、時間的にはまだ問題ないなと余裕をかましつつ次にくる電車を待つ。すぐ側にいるカップルらしき男女のじつにくだらない会話が、聞きたくもないのに耳に入ってきて疎ましいったらありゃしない。男が一方的に話し、女は聞き手に終始していた。ふたりの会話を聞くかぎり、悲しいほどつまらない男だと推測された。いわゆる俺ってさあ、あれだから、みたいな。ちょっと普通じゃないというか、変わり者だから、みたいな。変わってるよねってよく言われます、みたいな。高校の頃が一番バカやってたよ、おなじクラスのやつら、みんな笑ってたけど、みたいな。バンプの曲を初めて聴いたとき俺のことを歌っているんだと思った、みたいな。そんな需要のない話を男が男のくせに男だからか延々としておるのだ。安い。薄い。寒い。つまらん。他人の自己主張ほど煩わしいものがほかにあるだろうか。じわじわ聞かされるうちに、いいかげんうっとおしくなってきたので、どうにか場をやりすごそうと気を紛らわせようと思い、向かいのホームで別の電車を待つ人々の様子を伺ってみることにした。視線の先に女子大生ふうの女1、女2、どこか貧乏くさい家族連れ、スーツ姿のサラリーマンらに混じり、死者の魂のような存在がぽつん。つて立っていた。女、というか、見るからにまだ少女の匂いが残る、年はわたしとおなじぐらいであろうか、菫色の風呂敷を右手に持ち、黒い浴衣、原色の黄色を少し薄くした感じの帯、癖のない長い黒髪、化粧っけを感じさせない顔立ちが品のよさを際立たせていた。電車を待っているのだろうか。しかし妙に生気がない、若くして美しいのにもったいないほど表情は死人のようで、というより、むしろ死んでいると考えたほうが自然なのではと思っていたら、「まもなく電車が参ります」というアナウンスが聞こえてきて、反射的に一歩前へ出る。もう来るのか。電車。無念。もっと彼女を見ていたかったのに。カメラを持ってくればよかったな。ちと後悔。まあ、いい、またどこかで会えるといいなと考えているうち、やけにゆっくりと近づいてきた銀色の巨大な塊に視界全面が遮られていく。


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