気がついたら、長イスの端のほうで紅鮭、揚げ物をちらつかせた弁当をくちゃくちゃ食っているオヤジと団欒中の原と坂本を鋭く眼光で促し、4人揃ってスタジオ内へと入った。入口の自動ドアが開いたとたん、いらっしゃいませ、と、ヘアワックスで可能なかぎり髪をおっ立て気分だけはジョン・ライドン、芥川かという店員がこちらを一瞥。若干呆けながらもそそくさとカウンターまで行き、店員に各々会員カードを提示し利用する部屋を選ぶといっても、貧乏文無し我ら不肖学生のご身分が借りられる部屋なんてのは、一番安いところと相場は決まっていた。ブロンズルームと呼ばれる部屋。同時に担当楽器のベースをいまだ購入していない坂本がレンタル品を選び終えたら、ブロンズルームへみなで向かう。ぶ厚い扉を開けると、一番安い部屋とはいえ、モニタースピーカー、ミキサー、ヴォーカルアンプ、ギターアンプ、ベースアンプ、マイクスタンド、ギタースタンド、譜面台、ドラムセット等々、練習に必要な機材は一通り揃っており、さしあたって不自由することはない。部屋に入るなり、坂本はベースのチューニングをはじめ、原は直子に「ねえねえ、いっぺん今度さ、ピチカート・ファイヴの曲練習しない?」といった話をふっている。直子にピチカート・ファイヴの話はいかがなものだろうと思いつつ、その隙を見、わたしは忘れないうちにと鞄からコンビニで買っておいた履歴書を取りだす。
「ピチカート・ファイヴだかシックスだかセックスだか知らないけど、それ練習してどうするつもりなの?」直子はあきらかに自分の興味のない話題のとき、笑顔を絶やさないまま事務的な態度をとるきらいがあった。いまがまさにそれだ。
「や、だから練習してさ、ちゃんとできるようになったら、したら、メッセージ・ソングとかライヴで盛り上がるんじゃないかなって思ってさ。1曲ぐらいいいじゃん、まともに歌う曲があってもさ」 「まともに歌う曲ねえ。つーか、それどういう意味?」 「ああ、いやあ、だからさ、毎回毎回なに、わーだの、うぎゃーだの、コートジボアーだの叫んでるだけじゃ、演ってるほうも聴いてるほうもさすがに飽きてくるって話でもあんじゃん。だいたいなんで、コートジボアールなのかよくわかんないし」 「だってノイズじゃん、うちらやってんの。ノイズっつったら、ふつう叫ぶでしょ、コートジボアールは」 「叫ばないよ。直子だけだよ、そんなこと叫んでるの」 「そうなのかなあ。だっていま、燃えてるよ、コートジボアール、いろんな意味で」
どんな意味で燃えているのか気になったが、とりあえず、いまわたしが優先すべきは履歴書だ。しかし、このなんだろう、履歴書を書くという行為の不毛さ、徒労感はと思う。氏名を書く。ふりながをふる。住所を書く。ふりがなをふる。ここまでは、まあいい。25歩ほど譲って、よしとしよう。が、問題はそこからだ。学歴、どこの中学校を卒業しただとか、どこの高校に入ったかだとか、たかだかアルバイトを雇うのにそこまでのことを知ってどうするというんだろう。どうしても知りたいのなら、最終学歴だけ書いてりゃいいと思うんだけど、だめなのか、それだと。んなら、なにがどうだめなのか、論理的に説明してもらいたいぐらいだ。それに志望動機、どうせほんとうのことなんか書くわけないんだし、面接するときにも律儀に確認するんだろうから、まったくもって意味がないよ。こちとら日本人、「店暇そうだし、楽なとこじゃないと続かないんだよーん」とは書けないんだから。汲んでよ、と切に言いたい。というか、メールですませられんじゃん、こんなもの。書かれた字の丁寧さ、質感などで人間性が窺い知れる? いやいや、そういうのを大人の思いあがりというんじゃないのでしょうか。
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