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作品名:混沌こそ我が墓碑銘 作者:鈴木善行

第10回   10
 こじんまりとした小料理屋、居酒屋、スナックなどが軒を連ね夜になればようやく賑わうであろう通り。いまの時分は人や車の往還もまばらで周辺も物静かな、赤い色の外壁、塗装が落ちてきて微かな赤、剥きだしのエアコンの室外機がぐおんぐおん音を立てている雑居ビルの一階に沖縄料理の店。商い中と書かれた木の札がかろうじて営業しておるといった風情のシンプルすぎる外観のまま存在していた。なにひとつおもしろくない暖簾をくぐって店内に入り、カウンター席にもテーブル席にもつかず、店員、いつ来ても二、三人しかいない客らに目もくれず、奥の突き当たりのほうまで行くと階段があるので、そこから地下に下りれば、スタジオの入口が見えてくる。

 しかし、にしてもだ疲れた。ギターを背負っているんだもの、自分ん家からここに来るまで随分歩いた、もうだめだ、へとへとだ、いよいよもって限界である、不細工な女将、いっそのこと、わたしを縊殺してはくれまいかとばかりに早くも疲弊してしまっていた。しかも今日は、練習が終わったあとに面接があるのだよ。ギター、これ持っていくのか、秋葉原に。待て待て、ちと考える。世阿弥にでもなったつもりで思惟してみる。なるほど。コインロッカーだ。秋葉原に行けば、このギターが悠々入るサイズのコインロッカーがあるだろう。いや、なくてはならない。なくては、わたしは死ねる。乳だしながら笑い死ねる。きっと誰よりも淫らに。

 スタジオの入口付近には、外皮がよれよれの長イスふたつ、煙草の吸殻が堆積した灰皿、学校の会議室などでよく見かけるような横に長いテーブル、マックスコーヒーが主軸であろう自動販売機が布置されていた。早速、ひと休みといった按配で煙草を吸う原。煙をふかしながら、壁に貼られたポスターを眺めている。テーブルの上には、数種類のフライヤー、まあ、チラシが置いてあって、メンバー募集、ライブ告知、CD製作の営業などといった交流が盛んに行われているようだ。三人が長イスに座りながら楽しそうに会話している声をよそに、それらをしばし見ていると、「私信」と名づけられたミニコミのようなものが目をひいたので、手にとりページを繰ってみたら、吐きそう、冒頭からいきなり書かれてあって、どっと気が滅入る。私信、んで、吐きそう。こちとらギター背負って新宿を練り歩いて疲れているというのに、なんだ、そのもてなしは、と、舌打ち。疲れて滅入って視線を泳がせていたら、ふと直子と目があった。切れ長の目。品があって、吸い込まれそうだ。「どうかしたの?」直子がこちらにやってきたので、わたしは手にしていたミニコミもどきを元の位置に戻し、「ううん。なんでもないよ」「そう? でも、なんか変な顔してたよ、いま」と指摘され、少しムッとする。「どうせ、元から変な顔だよ。しょうがないじゃん、こればっかりは。生まれつきなんだから」「またまたまた。そんなこと言って。そうやって、いつも自嘲的にさ、まあ、金なさそうな顔だなって思うときはあるけど。でも、かわいいと思うよ、そういうところも」「なんだよそれ」「ふふふふふ」


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