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わたしはいわゆる腐女子と呼ばれる存在では決してなく、だからBLといわれても、たまたま学校の友達にそういうものが好きで休み時間などによく読んでいる子がいたから、ちらっと見せてもらうぐらいのことはあっても、まあ、男同士であれだろ、「こんな肛門見たことない」とか言ってアヘアヘやりあっているようなマンガだろって程度の認識しかないもんで、萌えだの萎えだの能登かわいいよ能登だのって世界観に支配された精神性とは無縁の、ドジっ娘脳天粉砕、酒とヤニと抗鬱剤にまみれ、非常階段というノイズバンドを愛するだけの女子高生であって、女子高生として、ただただまっとうな生活を送っている。
いつからだろう、電話が鳴るどころかメールすら来ないのがわかっているのに、自分の視線が届く位置に携帯電話を置くのは癖みたいなものだ。今日は土曜日だから学校がないといっても家にいたってこれといってやることもないから、とりあえずPCの電源を入れ、そこでどうでもいいよとも思える情報を確認しても当たり前だがなんら感情が生まれるわけでもなく、そんな無駄で怠惰で無粋な時間を垂れ流すのが日課であり、愛すべきひとときでもあるんだけど、不意に、殊勝にもそろそろバイトでもはじめなきゃって思いがいやなスピードで加速していき、でもやっぱ基本的にはだるいなって佇まいでもって、なんとなく求人サイトを眺めていると、「来たれメイドよ」という見出しで求人募集している喫茶店が目に止まった。
「墓碑銘」という名のその喫茶店は、高校生のアルバイトにしてはなかなかに時給がよく、場所は秋葉原のどこかというと求人サイトに所載していた地図を見るかぎり、ちょっとうまく説明しづらいところで営業しているようだ。時給がよかったことと、秋葉原がわたしの通っている学校の最寄り駅からそう遠くない点に惹かれたのだろうか、多分メイドなる要素はどうでもよかったというかその辺のあれはあまり深く考えず、思い立ったがなんちゃらとばかりに、ひとまずその喫茶店に電話をかけてみることにした。
「墓碑銘です」
メイド喫茶のイメージからどん底に突き落とすかのような暗く低く重いトーンの声が受話器越しから聞こえる。しかも、声の主は男だ。店長だろうか。まずい。女子高生の果汁90%ほどの勢いにまかせて電話をかけたまではよかったけど、店長が出ることも、ましてや、それが男であることもちょっと想定していなかった。
「あああの、アルバイトの募集の件でお電話を、えと、させてもらったんですけど、まだ募集とかやってますか?」
こちらの動揺をごまかさそうと、あるいは、わたし接客業向いてますよ、電話の応対も問題ないですよという現時点ではあきらかに求められていないであろうアピール欲を意識しすぎたせいもあって、疲れたOL的なスマートさよりもアルバイト未経験的な初々しさを強調する顛末となってしまい、さらに動揺する。
「募集?」 「え、あ、はい、ぼぼ募集です、アルバイトの」 「……」 「……」 「うむ。なるほど」 「え?」 「……」 「や、あの」 「……」 「……」
電話中であるにも関わらず、野暮ったい静謐に易々と支配される。
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