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作品名:ホテル屋の娘 作者:えんぴつ

最終回   1
――――何から話そうか...。
 私の名前は安井ラブ子.27歳.彼氏は1ヶ月いない(と友達には言っている).
 静岡の農耕機販売会社で働いている.実家は山梨.河口湖のほとりで「虹のピエロ」というラブホテルをやっている.
 自分で言うのもなんだけど化粧さえうまくいけば,顔はまあまあだと思う.
 合コンには行かないことにしている.だって,合コンに来るやつらなんて男も女も残りものだし,いい男がいると思って話してやっても,「僕には,ラブ子ちゃんはもったいないよ.」なんて根性のないこと言って,私より顔も性格も格下の今年短大卒業して入社してきた白井ゆりなに言い寄るんだから.ほんとっ男って若い女が好き.
 思い返せば,中学,高校,会社で出会った男たち――――あたしのことを好きだった(はずの)男たちはみんな「僕にラブ子ちゃんはもったいないよ.」って言ってたな.そんな下手に出なくても,ラブ子は付き合ってやんのに.
 あたしの友達は早いやつで13歳,遅いやつでも18歳には,処女を失っていた.高校の頃なんて,女が4人集まれば,そんな話ばっか.あたしもそうゆう場面には,何回も遭遇してきた.そんな時,あたしの初体験は16歳という設定になっている.ほんとのことを言うとまだ処女.
 だって初体験済ませてないなんて,いかにも辛気臭くて,モテない女って感じがするでしょ?それに,友達に「えっ!?ラブ子まだなの!?がんばってね!」
なんて言われんのマジむかつくし.
 あたしの家はラブホテルだったから,どんな雰囲気でカップルはホテルに入ってくるかとかは盗み見たことがあるし,ベッドメイキングのふりして使用済みのコンドームを嗅いだこともあったし,シーツの乱れ方には一定の法則すら導き出してすらいた.
実践についても,弟のAVをこっそり借りて体位とか前戯を研究したり,パパがタンスの裏に隠してるバイブを引っ張り出して,(ちゃんと洗った上で)なめてみたり,アソコに入れてみたりして勉強した.その甲斐あってか,誰もあたしが処女だなんてこと疑わなかったし,ガールズトークにもなんら問題なく参加できていた.
 ただ,けがラブホテルやってることなんて,学校の誰にも言ってなかったし,隠し通していた.
 友達を家に連れてきたことなんてもちろんない.下校するときなんかは家を知られないために,まず家とは反対方向に向かって,ぐるっと町内を迂回するように帰っていた.
 あたしにも焦りはあった.周りの友達は次から次に処女じゃなくなっていった.まあ,あたしの知る限り,相手はFランクの男みたいだったけど.
 いつの間にかあたし一人だけが処女になっちゃって...。出会い系で知り合った人とヤッたってことにした.
 そんなあたしが,まだ処女の友達を見下したように,「えっ!?まだ処女なの?」なんて言うんだから,ちょっとした笑い話だよね.
 あたしはモデルのスカウトだってされたことがある.
 仕事帰り,職場から静岡駅へ向かう途中のことだ.金縁でレンズが真っ黒のサングラスをかけてて小脇にセカンドバッグを抱えた,ハゲでデブの50代くらいのおっさんが,あたしに声をかけてきたのだ.
―――君むちっとしたいい脚してるなあ.顔は平安美人って感じ?君さぁ雑誌のモデルやってみる気ない?」
 おっさんが渡してきた名刺には,素人ピーチなんとかっていう雑誌名が書かれていた.
 あたしがモデルすんならGinzaかInRedって決めてんのよ.
 マイナーな雑誌のモデルなんて誰がやるかっ.
 おっさんはしつこく追ってきたけど,あたしは早足で逃げた.あのおっさんあたしを見て余程,表紙とかにむきそうないいモデル発見したと思ったんだろうな.まぁ結果として残ったのは3ヶ月続けてる小顔パックの効果でエラが引っ込んで8頭身美人になってきたことを実感したってことね.
 仕事についても話さなきゃいけないわね.
 あたしの職場は土田農耕機販売会社.社員は11名.その名の通り農耕機を販売する仕事.主に外回りと伝票整理をやってるわ.まぁ言ってみりゃあたしはキャリアウーマンってやつかな.陰ではジェームズ重機販売会社っていう社員30名の会社があたしをヘッドハンティングしようなんていう計画もあるみたいだけど,あたしが引き抜かれたら,確実に土田農販は倒産しちゃうから,お情けでとどまってやってんの.
 今年の3月までは,あたしが職場の唯一の華だった.他にも女性の社員は居たけど38歳の田中さんはよく見ると顔なんて小じわだらけだし,45歳の石本さんにいたっては加齢臭どころか,すえた臭い出しちゃってるし.
 だから一応,職場の男たちのために,華やかな女演じてやってたのに...。
 4月1日付けで入社してきた白井に男たちの視線は釘付け.すっかりあたしは舞台を下ろされおつぼね様.
 白井ってばほんとぶり子で,しぐさもしゃべり方もべたべたの男に媚びた態度.正にエイプリールフール女って感じ.それなのに男たちは白井をちやほやしちゃって.あんなやせぎす女のどこがいいんだろ.
 あんなに鼻の下伸ばした顔,あたしには見せたことなかったのに.
―――安井先輩〜この書類どう処理すればいんですかぁ〜??
 なんてねこなで声で質問してきやがって,こちらが親切に教えてやってるのに,自慢の巻き髪を指に絡ませて,あたしの話聞いてんだかっ.
 おまけに最後には,
―――さすが,9年間務めてるだけありますねぇ〜
なんて皮肉まで込めてきた.
あんたも7年後にはこうなんだよって思いっきり言ってやろうかと思っちゃった.



――年目かぁ.
 そろそろ畑中さんのところの農耕機もガタがくるころか...。
 土田農耕機で扱う機械の寿命は大体6〜7年だ.ただ5年も使ってるとどこかしらにガタが出てくる.販売保守リストを見ながらめぼしをつけ,メンテナンスを表向きの理由にして,新製品を売り込むのがあたしのやり方だ.
 畑中さんに電話でアポを取り付け,その日の午後,あたしは畑中さんの家へ向かった.
―――いやぁ,ちょうどね,お宅で買ったこの機械さぁ.なんだか最近きれがなくなってたところなんだよ.助かるなぁ.
 畑中さんの家は春にとうもろこし,秋に米作をしてる二毛作の農家だ.
畑中さんは背が低くてがっちりとしたずんぐり体型だが,今年でもう65歳になる.昔は機械を使っていなかったが,体力の限界を感じはじめて10年前から機械を使っている.
―――シャフトがだいぶ磨耗してるみたいですね.修理には結構お値段掛かりそうですよ.
あたしには機械の知識は全くといっていいほどない.職場の人からメンテナンスの仕方は何度も教えてもらったけど,説明が始まってから5分後には,昼食は何食べようかなんてことを考えてしまい,頭に一向に入ってこないのだ.ただ,いつも説明の冒頭にシャフトって言う言葉が何度も出てきてたから,あたしなりに解釈してお客には説明している.
あたしの経験からすると「修理には,値段が高くなるっていう」言葉を出すと農家の人たちの心はたいてい揺らぐものだ.だいたい,使う当てなんてないんだから,素直に新製品買えって思うんだけど.
 ここで重要なのはいかに,「私はあなたの味方.コストパフォーマンスを優先した最善の方法を一緒に考えましょう」っていう姿勢をいかにアピールするかってところに掛かってるのだ.
 この手の客は,一度買わないと決め込むと口の閉じた貝みたいにうんともすんともいわなくなっちゃうから.やさしくやさしく売り込んでいくのがミソなのだ.
 畑中さんには持参した新製品のパンフレットを渡した.
 私が奥さんからいただいた茶をすすっている間,畑中さんは文字を一字も逃しまいとする目つきでじっくりとパンフレットを読んでいる.
―――この調子なら一週間もすれば,契約はまとまるだろう.
 あたしは心の中でほくそえんだ.
 ふとパンフレットから目を離すと,畑中さんは出し抜けに聞いてきた.
―――安井さんは今お付き合いしてる人なんぞはいるんだろうか?
―――えっ!?
このじいさん急に何を言い出すんだろ.あたしは持っていたお茶を危うく,日曜に買ったばかりのコーチのバッグにこぼしそうになった.ったく高かったんだから気をつけてよね!
―――いやね,私にせがれが居ましてね,今年で34歳になるんですが,未だに結婚しないでぶらぶらしてるんですわ.仕事は真面目にやるし,顔も私に似てハンサムなんですよ(笑).安井さんも仕事熱心で,顔も日本的美人だ.どうか一度でいいから会ってみてはくれんかね?
 それって結婚を前提に一度あってくれってこと!?農家に嫁ぐなんて
ありえない!あたしは外資系の男と結婚して,白金に住むって決めてんのよ.なんでこんなド田舎に嫁にこいってのよっ!
 だいたい,だんごっ鼻で,タレ目でチビで短足の親父から,どうやったらハンサムな子供が生まれんのよ!
 それにあたしの顔はアメリカ人みたいな顔に決まってんじゃないのよ!このじいさん目悪いんじゃないの?
―――まぁ,むりにとは言わんが...。
 畑中さんに目をやると手には土田農販のパンフレットが丸めて握られている...。
まぁ,一回会うくらいならいいか...。ここで断ったら,パンフレットもそのまま捨てられちゃいそうだし.あたしはコーチのバッグから名刺を一枚取り出し,裏にプライベート用の携帯番号とメールアドレスを書いて畑中さんに渡した.



―――メールが来たのはそれから2日後のことだ.
 受信時間は15:30と表示されていた.畑の手入れが終わってからメールを送ったのだろう.農家の生活が見えてくるような受信時間だ.
「はじめまして,畑中の息子のごん太といいます.安井さんからどうしてもっていうお誘いを受けたみたいで,とても嬉しいです.つきましては今週の土曜日あたりドライブでもしませんか?」
 と,メールには表示されていた.
畑中のじいさんは,あたしが誘ったことにして息子に名刺を渡したらしい.ったく,あのじいさん!
 8時間後の23時32分あたしは土曜日の誘いを受ける内容のメールを返信した.



―――土曜の午後.待ち合わせ場所の静岡駅のロータリー,あたしの前に停車したのは,ホンダのシビック91年型.ださっ...!中から出てきたのは,畑中のじいさん....ではなく,じいさんを生き写したような息子のごん太だった.
―――じゃあ,出発しましょうか!
 ごん太は運転席からあたしを見ている...ドアくらい開けろよ!あたしは自分にしか聞こえない小さな声でつぶやいた.


―――忍野八海に行こうと思ってるんですよ.
 助手席のあたしをちらちら見ながら,ごん太は自身ありげに言い放った.
 せっかくクロエのパンツ穿いてきてやったんだから,もっとおしゃれなとこ連れてけよ!それにひょっとしたらあたしの実家の前通るかもしんないじゃん!
「安井のホテルはいつでもサービスタイム!!安いよっ!」って看板がでかでかとでてるっつうの.はぁ...せっかくの土曜むだにしたわ...。


忍野八海で池を見て河口湖をまわるコースらしかった.ドライブ中,ごん太はだんまりでほとんどしゃべらなかった.唯一の話題は,今年のとうもろこしは出来がいいとか,昨年の品評会ではいいとこまで残ったとか農業の話ばっかり...。顔がFランクなんだから会話くらいたのしませてよっ!おまけに昼食は10円単位で割り勘する始末.おごれよっ!


忍野八海から静岡駅へ向かう途中,あたしのいやな予感が的中して「虹のピエロ」――あたしの実家がある道に入ってしまった.
 徐々にあたしはそわそわしてきた.ごん太には実家が山梨とは言ったが,まさかラブホテルをやってるなんてことは絶対に言わなかった.
 安井なんて苗字いっぱいあるし,ひょっとしたらあの看板だって目に入らないかもしれない.そうあたしは強く願うように考えていた.
 しかし道路は予想に反して大渋滞だった.行楽シーズンでしかも土曜なんつったら実家の前の道路が渋滞になるなんて光景は今まで何回も見てたのに...。今日に限ってすっかり忘れていた...。
 のろのろと車は進み,じりじりと看板が見えてくる.看板を見られまいとする気持ちのせいかあたしは自然と口数が多くなっていくのを感じた.
 気が付くと,目に入るあらゆるものを,すべて会話のネタにしていた.それでも,車の走るスピードはよりいっそうのろく感じる.
攻撃は最大の防御.あたしはいっそのこと,自分から看板のことをネタにして笑いを取ってやろうと考えたのだ.
―――あっ!あの看板見て!安井だって,あたしと同じ苗字なんだけど!ウケる!!ひょっとしてあたしの実家だったりして!
2人だけの乾いた車内に,あたしの声は思いのほか響いてしまった.
ごん太は真顔で前方の車の列を見ていた.
そして,ふと,
―――入ろうか.
とつぶやいた.あたしの返答を待たないうちにシビックは右折して「虹のピエロ」のビニールテープをくぐっていった.
あたしはそんな流れでごん太としてしまった.
 ごん太の体臭はきつくて,あたしがベッドメイキングで嗅いだ部屋の残り香なんて比にならないくらい,鼻孔を刺激した.ごん太の二の腕も,胴も太くて,まるで丸太に乗っかられてるようだった.あたしはベッドに磔にされたみたいで,ただひたすら天井の照明の数を数えていた.何年間も住んだ家だったけど始めて見る家の眺めだった.


 し終わった後,ごん太は添い寝しながら,あたしのことをいろいろ褒めてたみたいだけど,何を言っていたか全く覚えていない.体がぐったりして全身の力が抜けたみたいだった.
 2年ぶりに実家に戻って安心感もあったのか,そのままあたしは眠ってしまった.翌日,ごん太はあたしを家まで送ってくれた.それが男として当然の流儀でるみたいに.


―――数日後,ママがホテルのベッドメイキングをしていると「ヤスイラブコ」と名前の入った定期券を見つけたという電話が掛かってきた.
せめて,ごん太のシビックの中なら良かったのに...。あたしはよりによって一番落としてはいけないところで定期券を落としたらしい...。ママには「ヤスイラブコなんて名前の人他にもいるでしょっ?」って苦しい言い訳をした.「それもそうね,あんたも素直じゃないんだから」って小声で言ったのが聞こえたから,むかついてガチャ切りしてやった.携帯だけど...。



―――あの日以来,ごん太から毎日のように連絡が来るようになった.とはいってもオンタイムではなく,留守電かメールが携帯に入っていたのだ.はじめのうちは,なんだかんだ理由をつけて誘いを断ってたけど,畑中のじいさんとの契約がまとまってからは断りの返事もしなくなった.
 それからごん太からの連絡も次第に減り,とうとうこなくなった.処女じゃなくなったからといって,変わったことは何一つおきなかった.
 相変わらずあたしは,土田農販のキャリアウーマンだし,小顔パックのおかげでエラも引っ込んできている.小さなミスをすると白井が「先輩もう若くないんだから,むりしないで下さいね.」なんて言ってくるのが唯一,気に食わないくらい.
 ごん太とドライブした日のことを今でもたまに思い出すときがある.まっほんの一瞬だけどね.



―――それから2ヶ月が過ぎた.季節は蒸し暑い梅雨に差し掛かっている.じめじめした気候に身体的不快指数はうなぎのぼり,白井は「ゆりなも先輩みたいに汗のにおいを武器にできる女性に早くなりたいですぅ.」なんてあたしへの皮肉を言ってくるから,イライラはつのり,帳簿の打ち込みミスをしてしまった.おかげで課長に大目玉を食らってしまった.
―――どうも,うまくいかないなぁ〜.
仕事を終えて,静まり返ったひとり暮らしのアパートに帰る途中そんなことをよく考えるようになった.帰りを待つアパートはいつものように真っ暗.コツコツと階段を上り203号室,あたしの部屋――階下の住人から,いちゃつき声の聞こえてくる部屋へと向かう.
 203号室の扉の前に立ち,コーチのバッグから鍵を出そうとして目を落とした.
 ...郵便受けに,とうもろこしが3本つきささっていた.とうもろこしの隙間には封筒が押し込むように郵便受けからはみ出ている.
―――なんだろう.
封を切ると便箋には,「28歳の誕生日おめでとう.ごん太より」と角ばった文字で記されていた.
―――...今日はあたしの誕生日だった...!
28歳なんて書くなよ!気遣え!と思いつつ,
あたしはごん太に電話して,「とうもろこしありがとう」って言ってやった.


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