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作品名:カミユ 作者:nag

第1回   1
「おーい、あと10分で照明落ちるから、グラウンド整備急げよ。」
 キャプテンの白石に声をかけられると、1年生達は練習終わりでヘトヘトになった身体に鞭を打ち、整備用のトンボを加速させた。2年生達はすでにユニフォームから学生服に着替え、帰り支度を始めている。
「チクショウ、上級生はいいよなあ。」
「あと半年待てば新入生が入ってくるから、もうしばらくの辛抱だよ。」
「俺も後輩ができたらこき使ってやる。」
 身体はヘトヘトなのに口は滑らかだ。
 照明がガチャンと落ちて予備灯に切り替わる。その青白く淡い明かりは、なかなか幻想的だった。1年生達はトンボをトタン屋根の錆びれた倉庫にしまい、足早に部室へと続く階段を登って行った。

「加美由、私達も戻ろうよ。」
 マネジャーの佐織がまだグラウンドをトンボで均していた、同じくマネジャーの加美由に声をかけた。
「いいよ、佐織は先に帰って。」
 視線をトンボに向けたまま、加美由は抑揚のない声で言った。
「もう均し終わったんじゃないの?」
「見た目はね。でもマウンドの穴のところがまだフカフカになっているから固めておかないと。」
 そう言うと加美由は、穴の部分の土を両足で踏み固め始めた。
「そういうのは男子がやることじゃないの?」
「男子も女子も関係ないよ。気づいた人がやればいい。」
 踏み固めている土がキュッキュッと鳴った。
「ここ最近いつも遅くまで残っているよね。何かあったの?」
 佐織はしゃがんで加美由の顔を覗き込んだ。
「別に何もないよ。」
「私には言えないこと?」
「だから何もないって。」
 加美由のそのぶっきらぼうな言い方に憤りを覚えた佐織は、すっと立ち上がり何も言わず部室へと戻って行った。

 しばらくすると予備灯の明かりも落ち、辺りは一気に暗くなった。さっきまで騒がしかった部室も静けさを取り戻していた。加美由は均し終わったマウンドから降りて、トンボを片付けるために倉庫へ向かった。長年部員達によって乱暴に開け閉めされた扉は機嫌が悪く、開けるときギエーと人が叫んだような気味の悪い音を鳴らす。倉庫の中はトンボの他にベースやラインマーカー、ライン引き用の石灰の袋が無造作に置かれていた。
 加美由は青いカゴの中にトンボを入れ、手に付いた土埃を軽く叩いた。そして倉庫の奥にある、もう古くなって使われなくなったバット数本の中から一本取り出した。そのバットは銀色だったが、松脂がべったりとくっついていたため、グリップエンドはほぼ黒に近く、グリップのゴムも所々が破けていた。
 加美由はバットを両手でしっかりと握りしめて感触を確かめた。少し武者震いがした。
倉庫を出た加美由は、バックネット裏の空き地に向かった。低い草が鬱蒼と生い茂る中に、楕円形上に全く草が生えていない場所があった。加美由はそこに立ち空を見上げた。雲ひとつない空にはこぼれんばかりの星が瞬いていた。
二度深呼吸をした後、右手に持っていたバットを両手で握り、頭の位置まで持っていき両足を肩幅ぐらいまで広げた。少し腰を落として構えて目を閉じる。数秒後、目を開けると右足を左膝のやや下あたりまで上げ、勢いよく踏み出した。
『ブンッ』
 静寂の中に響き渡る、空気を切り裂くような音。周りにいた虫達は歌うのを止め、一瞬沈黙した。加美由は自分の心臓の鼓動が聞こえるぐらい興奮していた。自分が思い描いていた理想的なスイングが一発でできたからだ。いつもは百回スイングしても一回か二回できればいい方で、全く無い日も珍しくなかった。それが一回目でいきなりできたことは、未だかつて無かったことだった。
『この感覚を忘れないようにしないと…。』
 加美由は喜びを押し殺し、再びバットを構えた。


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