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作品名:新旧七不思議合戦! 作者:朧 蝙蝠

第2回   二年B組から図書室へ

「七不思議が……塗り替えられる?」
 まったく話の全貌が見えず、唖然と口を開いてしまう。
 そんな僕を余所に、鳴子はなんの気掛かりもない様子で、ひょいと椅子から腰を浮かした。
「とりあえず、図書室に行こっか」
「殿山? なんで殿山が出てくるんだ?」
 我ら怪奇倶楽部において、図書室へ行くとは、即ち根津木殿山に会うのと同意義である。
 殿山は性格こそ多少の難はあるものの、柔軟な発想力と豪快な行動力を併せ持つ、いざという時でない日常生活でも頼りになる男である。実際、僕も何か困難にぶつかると、誰より先に殿山の顔が思い浮かぶものだ。
 しかし、今の僕は事態をまるっきり把握できていない。
 鳴子の説明不足な発言に、いきなり殿山という新たな要素を絡められたところで、頭の中の混乱が収束されるはずがなかった。現状への不信感が強まるばかりだ。
 だが、そんな僕の心情を、疑念の発生元である鳴子はまったく汲んでくれない。
「二人っきりで活動っていうのも寂しいでしょ? どうせなら殿山くんも混ぜようよ」
 涼しげな笑顔で、能天気なことを言う。
「じゃあ、おまえの言う大ピンチ≠ニ殿山は、特に関係があるわけじゃないんだな?」
「何言ってるの? 関係あるに決まってるじゃない」
「え? だってどうせなら≠チて……」
 意外な切り返しを受けてまごつく僕に、鳴子は実にあっけらかんとした調子で言い放った。
「だって殿山くんは怪奇倶楽部の仲間でしょ。私たちはチームなんだから、何をするにも一緒になってやらなきゃ変よ」
 仲間、チーム──それは深い絆を感じさせる、実に感動的な日本語だ。
 しかし、それを怪奇倶楽部の者が口に出すことに、僕は多大な違和感を覚えて苦笑する。
 僕と鳴子が所属する怪奇倶楽部≠ニは、七名で構成される小さなグループだ。
 メンバーの全員が三度の飯より怪奇現象を愛する生粋のオカルト好きで、主に地元周辺にまつわる怪奇譚の資料を今昔の区別なしに貪り、時には現場に赴いて真相を突き止める──なんてことはまるでなく、滂沱の暇を持て余した連中が放課後に群れ集って、他愛のない雑談をのんべんだらりと交わして時間を消費することを、主な活動内容としている。
 つまるところ、部活動の名を借りた暇人たちの集会≠ニいうわけだ。
 もちろん、正式な創部の申請などしているはずもなく、教師たちはおろか生徒たちにすら、その存在は知られていない。
 退屈という不純な動機で結びつき、互いを暇潰しの道具≠ュらいにしか捉えていない。その程度の関係でしかない僕たちを、さも志を共にした同志がごとく仲間≠ニ評するのは如何なものだろうか? たまたま駅で肩のぶつかった異性を運命の人≠セと妄信するようなものである。
「……おまえの妄想を晴らすために鐘は鳴るのかもな」
「何? かね? 三成くん、お金に困ってるの?」
「いや、なんでもない」
 誤魔化すように手をひらつかせてやると、鳴子は特に言及するでもなく「そう」の一言であっさりと興味をなくしてくれた。
「とにかく、殿山くんのところに行きましょうよ。よくよく考えてみれば、彼の力も必要だし」
 どんな場面で? と僕が口を挟む前に、鳴子の唇が機嫌の良さそうに動く。
「今回の件は殿山くんも詳しいの」
「今回の件って……さっき言ってた七不思議が塗り替えられる≠チてやつか?」
「そう。私と殿山くんなら、絶対に彼のほうが、三成くんに分かりやすく説明できると思う。ほら、私って舌足らずなところがあるでしょ?」
「なるほど」
 僕は短く顎を引いた。
 それは、鳴子の言い分に正当性を感じたからではない。
 小説でいうところの世界観の解説や時代背景なんかを面倒な部分を、すべて殿山に押しつけてしまおうという、鳴子の黒い腹積もりに舌を巻いたのだ。まったくもって強かだ。中学校で凡庸に過ごすことなどやめて、詐欺師にでもなるべきじゃないだろうか。
 しかし、確かに煩わしい雑事は殿山に丸投げするに限る。
 その点で意見の一致している僕たちは、テレパシーで会話をするような気分で、じっと見つめ合った。互いに超能力なんて持たないはずなのに、嫌味っぽい薄ら笑いを同時に浮かぶ。
「殿山くん、きっと迷惑がるでしょうね」
「ああ、ものすごく嫌がるだろうな」
 またも示し合わせたかのように、くくく、と押し殺すような笑いが重なる。
 僕たちは踵を返し、二人並んで二年B組を後にした。

 図書室はこの階の、もっとも北側にある。
 走れば三十秒ほどで着くのだが、僕も鳴子も率先して廊下を走る趣味を持たなかった。ゆったりとした靴音を廊下に響かせる。このペースだと、到着までに三分はかかるだろう。
「七不思議といえば……」
 図書室までの間を埋めるために、僕はぼんやりと呟いた。
 鳴子が首を傾ける。小ぶりの頭は、ちょうど僕の肩あたりに位置していた。
 背丈が一般的な女子中学生よりも低い鳴子は、横幅もほっそりと頼りなく、一定のペースで前へと進む両脚など、僕の腕くらいの太さしかない。
 儚げにくびれた腰と、ぺたんとへこんだ腹部なんかは、同世代の女子たちにとって喉から手が出るほど羨ましいパーツなのだろう。その代償なのか、胸元の膨らみは目立たない。
「うちの七不思議には華がない」
「はな?」
 鳴子はきょとんと目を見開き、不思議そうに自分の鼻頭を人差し指で突いてみせる。
 気の利かない冗談だ、と僕は笑い飛ばそうとしたが、はたと鳴子の黒目が真剣そのものだと気付き、慌てて平静を取り繕った。
「字が違うって。華道とか華麗とかのほう」
「ああ、カレイとかヒラメのほうね? いいよね、カレイ。なんか愛嬌があって」
「…………」
 よりいっそう深刻化した勘違いを前に、僕に取れる最善の手段とは、心の中で白旗を揚げることに他ならない。無視を決め込み、話を進めてしまう。
「普通、七不思議って言ったら、トイレの何とかさんとか、歩く人体模型とかを思い浮かべるだろ?」
「人体模型じゃなくて骨格標本のパターンもあるけど」
「どっちでもいい。そうゆう日本全国で共有できる、怪談の王道みたいなやつが、うちの七不思議には入っていない。それが邪道というか、捻くれているというか、味気ないというか……」
「いいじゃない。味気なくても、まだ廃れていないんだから」
 この外田野中学校では、今や耳にするのも懐かしい学校の七不思議≠ネるものが、細々ながらも現在進行形で語り継がれている。おそらく、穴の開いた靴下を、伝統文化か何かと思い違いして丁重に保全し続けた結果なのだろう。十数年前に起きた怪談ブームの残り香が、校舎にじっとりと染み入ってしまっているのだ。
 まったくもって時代遅れも甚だしい。
 しかし、この外田野中学校七不思議こそが、僕たち怪奇倶楽部を繋ぐ共通点だった。
 奇抜な個性を宿すメンバーたちは、それぞれ容姿も生活習慣もまったく異なるものの、この七不思議に関しては全員が一定の関心を寄せている。だから暇人倶楽部≠ナはなく怪談倶楽部≠ニ名乗っているわけだ。
「それにさ、うちの学校の場合は、王道とかそれ以前の問題でしょ?」
 言葉とは裏腹にまったく気にしていないような調子の鳴子に、僕は「ああ」と呻くように同意せざるをえない。
「そうだな。根本からしておかしいんだ」
「〈卒業写真さん〉以外はね」
 ふわりと弾む声は、身内の自慢でもしているようだった。
〈卒業写真さん〉とは、毎年、卒業写真に誰も見覚えのない女子生徒が映り込んでいるという外田野中学校七不思議のひとつで、鳴子が肩入れしている怪談でもある。
 僕も負けじと、自分のお気に入りを擁護する。
「〈惨殺風紀委員〉だって格好いいだろ。最終下校時刻を過ぎても、まだ校内に居残っている教職員以外の者を日本刀で斬り捨てるなんて、ダークヒーロー然としてるじゃないか」
「でも、『今すぐ学校から出ていけ』って宣告に『はい』って答えさえすれば、見逃してもらえちゃうんでしょ? 実際に下校しなくても」
 随分と騙されやすいダークヒーローだね、と鳴子がにやりと笑む。
「人を信じて裏切られる、それもダークヒーロー道だ」
「絶対に違うと思う」
 思うように騙されてくれない鳴子を受け流し、でもさ、と僕は話題を切り替える。
「他の怪談はてんで駄目だよな」
 本人たちのいないところで、彼らのお気に入りをこっそりと貶す。悪事と呼ぶにはあまりにも幼稚な行為だが、これがなかなかに小気味よく、砂粒ほどの後ろめたさも歪んだ優越感によって吹き飛ばされる。
 この捻くれ加減においても、僕と鳴子は共鳴していた。
「たしかに」
 嬉々として顎を引く仕草には、秘密の悪戯を共有する快感がありありと浮かんでいる。
「殿山くんの好きな〈図書室の詩人〉は微妙だよね。図書室ひとり本を読んでいると、時折、耳元で奇妙な詩を囁く声が聞こえてくる──だなんて」
「怪談というより、変質者の目撃情報だよな」
「あと、九尾くんが絶賛してる、校庭の隅にある外田野池にいるっていう〈喋る人面鯉〉なんかも、ただの珍獣目撃情報だね。害がないなら大して怖くないもの」
「それなら、綾南が熱を上げてる、外田野池の〈喋る人面亀〉にも同じことが言える」
「じゃあ、大舞さん一押しの〈喋る人面桜〉もだね」
「ついでに、笠置が最高だと評している〈喋る人面岩〉も同レベルだ」
 矢継ぎ早に言い終えてから、僕たちはふっーと長く息をつき、
「……七不思議の四つが喋る人面何とか≠チて、やっぱり根本的におかしいよな」
「うん。やっぱり王道とか以前の問題だね」
 顔を見合わせて、クスクスと密やかに笑い合う。
 だが、鳴子の眉尻は悲しげに垂れていた。微かに震える睫から、まるで自分で自分を馬鹿にするような、自虐めいた寂寥感が漂っている。
 それらの感情を、鳴子は声に出した。
「……だから、旧・七不思議になっちゃうんだよね」
 ぽつり、と。一滴の雨粒が若葉に落ちたかのような声色だった。
 表情を翳らせた鳴子の横顔を見据え、僕はすかさず言及する。
「旧? なんだよ、旧・七不思議って。外田野中学の七不思議はひとつだけだろ?」
「…………」
 鳴子は唇を噤んだまま、やはりどこか弱々しく微笑むだけだ。まるで自分の顔こそが返答だというように、寂しげな諦念にまみれた瞳を、チラリとこちらに寄越してくる。
 焦れた僕は、質問を重ねようと口を開く。
 だが、
「あ」
 はっとして、問いかけを呑み込む。
 タイムリミットだ。僕たちの脚は、図書室に辿り着いてしまっていた。


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