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作品名:続・不可思議情報の私的考察 作者:ツジセイゴウ

第42回   42
国民的人気の時代ドラマ「忠臣蔵」も、現代風に解釈するととてもおかしなことになる。まず、忠臣蔵の話を知らない人のために、そのあらすじを振り返っておこう。
幕府から朝廷の使節の接待饗応役を仰せつかった赤穂藩主浅野匠の守、指導役の高家筆頭吉良上野介に対する賄賂を渋ったため、上野介より執拗な嫌がらせを受け、それに腹を立てた匠の守は殿中で上野介に切りつけ怪我を負わせてしまう。怒った幕府は、匠の守を切腹させ赤穂藩を取りつぶす一方で、上野介にはお構いなしの沙汰を下す。これを不服とする赤穂浪士たちが、主君の仇討ちと称して吉良邸に押し入り上野介を殺害し、最後は切腹して果てるというものである。
これを現代風に訳すと以下のようになる。新入社員の浅野君は、上司である吉良部長に対するゴマすりを渋ったため、部長から執拗なパワハラを受け、それに腹を立てた浅野君は会社で部長を殴ってしまう。会社の人事部は、パワハラの件をよく調査しないまま浅野君を解雇し、ショックを受けた浅野君は自殺してしまう。浅野君の家族はパワハラがあったと会社に対し訴えを起こすが棄却され、これを不服として吉良部長の家に押し込み部長を殺害し、そして最後は自らも自殺した。
かなり悲劇的な話であるが、さてこの話を聞いて皆さんはどう思われるであろうか。パワハラをした部長が悪い、あるいはそんなことぐらいで部長を殴った浅野君が悪い、公平な判断を下さなかった会社が悪い、いや何よりもそんな理由で殺人事件を起こした浅野君の家族が一番悪い…。
これを刑法で解釈すると、事の発端はどうあれ、悪い順番に、殺人罪⇒傷害罪⇒パワハラ罪(具体的罪名は侮辱罪あるいは名誉棄損罪等になる)ということになる。仮に部長の行為がパワハラと認定されても、殺人や傷害の方が罪は重く、せいぜい情状酌量により減刑がどこまで認められるかという類の話になる。
では浅野君はどうすべきだったのか。部長からパワハラを受けていると人事部に相談すべきだったのか。でも、人事部はおそらく新入社員の愚痴だと判断してまともに取り合わないであろう。そもそもパワーハラスメントなる言葉ができたのもつい最近のことであり、筆者が就職した時代には上司にいじめられても、それも修行の一環くらいに考えられていた。ましてや、江戸時代にはパワハラなる言葉すらなかったから、匠の守はまさに泣き寝入りするしかなかったであろう。
では、そんな会社は早々に辞めてしまうというのはどうか。でも浅野君は100社も就職面接を受けてようやく内定をもらったところであり、ここで辞めては行く当てがなかったのかもしれない。接待饗応役も辞退すれば藩が取りつぶされることになるので、匠の守もきっと同じように逃げ場のない状態だったに違いない。
では、見方を変えて、パワハラを理由に刃傷沙汰に及んだ匠の守の行為は正当防衛になるであろうか。正当防衛が成立するためには、まず「急迫不正の侵害」がなくてはならない。急迫不正とは、例えば暴漢に襲われて殺されそうになったとか、かなり切迫した状況を想定しており、常日頃ネチネチといじめられたというのでは「急迫不正」には当たらない。よって正当防衛は成立しない。
残念ながら、現代おいてもパワハラ問題は、まだまだ被害者不利の状況に変わりはない。ストーカーやイジメも同根であり、被害者の心理としては、相談してもどうせまともに取り合ってもらえない、相談すればますます自分に不利な状況が生じる、という恐怖感から我慢してしまうケースがほとんどである。
結局、会社で部長を殴った浅野君(あるいは殿中で吉良上野介を切った浅野匠の守)が悪い、さらには部長を逆恨みして殺してしまった浅野君の家族(あるいは大石内蔵助以下47名の赤穂浪士)はもっと悪いという結論になってしまう。赤穂市民の皆様、大変失礼しました。


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